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繋がりの唄―chanson―  作者: さくら彩音
〜第1章〜
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甘え

「なに?」


 スィエル町に向かって高原を歩いていたとき、ユートが短剣を渡してきた。

「持っとけ。これもマナを流せる。弓は遠距離武器だ。近くに寄ってこられた時はこいつがあった方がいいだろ。まあ護身用みたいなもんだ」

「なるほど。ありがとう!」


 少し前には、こんな風に武器を持って旅に出るなんて、夢にも思わなかった。人生何があるかわからないものだ。


「ねえ、スィエル町に行くには一日ちょっとかかるって言ってたけど、高原をずっと歩くの?」

「いや、しばらくしたら小さな森を通る。森を抜ければ道があって、そしたら町まですぐだ。時間的に、森で野宿になるかもな」

「え! 森で!?」

「なんだ? 別に食料はあるし、湖もある森だ。問題ないだろう?」

「んーまあ、そうなんだけど……」


 ――そういうことじゃなくて……現代っ子には森で野宿とかハードル高いのよね……


 百合菜は心が折れそうだった。

「仕方ない! 負けるなわたし!」

 ユートは不思議そうな顔をして百合菜を見た。



 陽もだんだんと落ちてきた頃、魔獣にも遭遇する事なく高原を抜け森に入った二人は、予定通り野宿をするための湖に到着した。


「わー! 水が綺麗! ふふっ……冷たくて気持ちいい!」

 両手に水をすくって顔を洗う。その心地よくひんやりとした冷たさは、旅の疲れを癒すには充分だった。


「ついでにあっちの影で風呂がわりに水浴びでもしてこい。俺は火をおこしてる」

「え!? ……わかった。覗かないでよ?」

「アホか。誰がそんなガキみたいな貧相な身体を覗くかよ」

「ひっどーい! 失礼しちゃうわ本当!」

 本当の事だろ、と言いながらユートは木の枝を集め始めていた。相変わらず憎たらしい奴だ。百合菜はそう思いながら水浴びの支度をする。


「おい、武器は持っていけよ。あと遠くへは行くな。何かあったら叫べ」

「はーい」


 ――こういうところイリスさんみたいだな。


 百合菜はそう思いつつ水浴びに向かった。





 足を水に浸け、チャプチャプと両足をバタつかせる。冷たすぎず、これなら身体にかけても平気かもしれないと、百合菜は少しずつ身体に水をかけていった。

 最初は冷たさが(こた)えたものの、慣れると平気になってきた。


 水浴びを終え、タオルで身体を拭いていたとき、近くの草むらにふと気配を感じる。


「……なに? ユート……なわけないよね、まさか」


 近くに置いた弓を手に取る。しかしその後は全く気配がない。

 今この瞬間、一人でいるということを今更自覚した百合菜を不安が襲う。

「……早く帰ろう」

 高鳴る心臓を抑え、急いでユートの元へ帰った。




「おう、飯出来てるぞ」

「あ、ありがとう」

 焚かれた火は冷えた身体にちょうど良く、先ほどの恐怖心を落ち着かせてくれた。


「……どうした?」

「え? いや、なにもないよ? ご飯ありがと。お腹空いてたんだー! 頂きます!」

 食事を口に運ぶ。

 そのとき、獣の鳴き声のような声が聞こえてきた。二人はとっさに音の方向へと顔を向ける。


「きゃ!」


 それは猪のような、大きな獣だった。口からはよだれを垂らし、目は血走っている。見るからに危険だ。さっきの気配はこいつだったのか。百合菜は思った。


「チィ……囲まれてんな」

 ユートに言われ辺りを見ると、もう三、四匹同じ獣がいた。

「やるしかねぇな」

 そう言うとユートは獣たちに斬りかかる。一気に二匹仕留めた。剣さばきは凄まじく、流れるように三匹目、四匹目を切りつける。


「おい! ボケっとしてんな!」


 気づくと最初に現れた一番大きい獣は百合菜に向かって来ていた。

 慌てて弓を構える。マナを流し、狙いを定めて矢を射るが、手が震える。うまく当たらない。


 ――そんな! 練習のときは出来たのに!


 目の前に獣が迫っていた。頭が真っ白になる。ダメだ。

 百合菜は目をつむった――




 鈍い音がした。

 目を開ける。

 目の前は赤く、染まっていた。


「ユー……ト?」


 焼ける匂いがする。獣が燃える匂いだ。ユートの火のマナで、切りつけられた獣は燃えていた。

 しかし、赤色はそれだけではなかった。

 ユートの左腕からは血が流れている。かなりの怪我を負ったようだった。

「ったく……お前は本当に……おい、怪我はねーかよ」

「け、怪我ならユートが! 腕! 早く止血! 止血しないと!」


 ――わたしを庇って……!


 自分のせいだ。自分のせいでユートが怪我をした。百合菜はどうしようもない気持ちに駆られた。

「大した事ねーよ……。これくらい」

 ユートは傷を押さえながら言う。

「嘘! これで止血するから!」

 百合菜はハンカチを取り出してユートの腕に巻いた。よく見ると傷はそんなに深くなさそうだ。血もこれで止まるだろう。百合菜は少しだけホッとした。


「……ごめんなさい。わたしの所為で。練習では出来たのに……手が震えて……。ごめん……ごめんなさい」

 涙が止まらない。先ほどの恐怖心と相まって、涙はとめどなく流れる。

「別に……怒ってねーよ。だいたい、実践と練習は違うんだ。当たり前だ。動けなくても。これはお前の所為っていうより、俺の不注意だ。……だから、もう泣くな、バカ」

「……うん」


 疲れたから寝ると言い、ユートは横になった。




 ユートは優しい。自分は甘えていた。ユートがいればなんとかなると、心のどこかで思っていた。自分の旅なのに、ユートに怪我を負わせてしまった。まだ旅は始まったばかりなのに、これではダメだ。守ってもらうばかりじゃいけない。



 百合菜は震える両手を、かたく握りしめた。


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