第56話 過去の戒め
遅くなり申し訳ありません
魔界大公ロキ、この男を見たときの第一印象は『コイツはヤバイ』だ。服装は道化師、顔にも道化師のようなペイントがされているが気配が尋常じゃない。確実にリュクシオンよりは強いだろう。知らず知らずのうちに体が戦闘状態に入る。
「まあそう殺気を立てないでください。別にワタクシは無闇に争いに来たわけではありません」
俺の殺気に気付いたのか戦意がないことを証明するかのように両手を挙げる。それでも油断はできない。下手したらこいつは一瞬で俺たちを殺せるかもしれない相手なのだ。
「じゃあ何しに来たんだ?」
こいつに本当に戦う気がないなら戦わないに越したことはない。俺の第一目標は全員無事に帰ることだ。少しくらい臆病なのが調度いい。
「ですから最初に申し上げましたとおりです。エリオ・エド様あなたが何故そこまでさっきの男をリレス様とイル様に殺させようとしていたかの理由を説明しようと思いまして。まあ、そちらのジュラ様は知っているようですが」
さらりと俺たちの名前を言ったところを見るに下調べはついているということだろう。まさか本当に説明に来たわけではないだろうが。
「ああ、別に聞きたくないなら聞かなくても結構ですよ。ワタクシが勝手に話すだけですから」
「結局話すのか」
「ええ。ですがワタクシが話している間勝手な行動は慎んで頂きたい。さっきも申し上げましたとおりワタクシは無用な血は流したくないのです」
口ではそう言いながらも必要があれば躊躇なく殺すということはなんとなく分かる。
他のみんなもロキが言っていることがハッタリではないと理解したのか動こうとする奴はいなかった。それに満足したのかロキは一度咳払いをすると話を始めた。
「そうあれはまさに快晴という他ないような天気の日でした。エリオ・エド、エウロス・ジュラ、ビナパリア・コリン、この三人でいつものように冒険者ギルドで依頼を受けようとしていました」
ロキのそのセリフであの日のことを否応なく思い出す。
最近俺とジュラそしてコリンの三人が有名になってきた。まあ俺たち三人はまだまだ若い。にも関わらずCランクなのだ。有名にならないほうがおかしいだろう。俺たちが三人でパーティーを組んでることも有名になった理由の一つだろうが。
「眠い」
開口一番そういったのは何を隠そう俺だ。
「夜更かしでもしたのか?」
そうたずねて来たのはコリン。
「いやそういうわけじゃないんだけど。それより今日が何の日か知ってるか?」
「なんの日かか?なんかイベントでもあったけか?」
わからないのかコリンが悩みだす。
「私たちが初めて会った日・・・の三日前です」
見事を正解を言い当てたのはジュラだ。
「三日前って・・・もうそんなになるのか」
コリンがしみじみと言う。俺たちとコリンが初めてあったのは確かDランクに上がりたてのときだ。以来ずっとパーティーを組んでいる。
「まあそれはどうでもいいんだけど」
「いいのかよ!」
打てば響くような突込みをコリンが入れてくる。
「コリン。お前がいるお陰で俺は安心してボケられる」
「いい顔でなに言ってんだよ!!」
「エドさんそろそろ本題に入ってください」
ジュラからストップの声が入る。出来ればもっと遊んでいたかったんだがここは自重する。
「今日は賞金首冒険者の捕縛が目的の以来だ」
「賞金首冒険者ねぇ」
コリンが何か言いたそうに呟く。俺はみなまで言うなと頷いた。
「確かに酷いネーミングセンスだ」
「いや、別にそこを指摘したかったわけじゃないんだけど」
「それで相手はどんな人なんですか?」
ジュラの当然の疑問に頷く。まったくコリンももっと真面目な質問をすればいいのに。
「なんか凄い抗議したくなったんだけど」
「相手の名前はドルガ。ランクはC。それも結構なベテランだ。使う武器はなんでも」
「なんでも?」
コリンが疑問を挟む。
「ああ。通称百器のドルガ。いくつもの武器を携帯していて状況に応じて使い分けるそうだ。槍、弓、剣、爪なんでもござれだ」
「よくそんなに持ち歩けますね」
「なんでもレアスキルのアイテムボックスを持っているらしい」
レアスキルというのはその名のとおりレアなスキルだ。アイテムボックスは規模にもよるが大体百人に一人持っている。
「ということは本当に百個持っている可能性もあるわけだ」
「ああ。そこんところ要注意な。武器を弾いたり、射程外にいる時に油断するなよ。武器を替えて対応してくるだろうから」
「わかった」
「はい」
「じゃあ作戦会議を続けるぞ」
作戦会議後、俺たちはドルガが潜伏しているらしい双子丘に来ていた。名前の由来はまったく同じ形、まったく同じ大きさの丘が二つ並んでいるからだ。まわりには高い草はなく精々腰ぐらいまでだ。
「本当にここにくるのか?」
「はい。私が信用している情報屋によると毎日ここで修行をしているらしいです」
言われてみればところどころ踏み固められたりしているが。
「でも賞金首になってるやつがこんなところで修行なんてしてるかな?」
コリンの質問はもっともなものだ。
「その情報屋に聞くまでどこにいるのか見当もつかなかったんですよ。ドルガさんも相当気をつけているんでしょう。私的には一体どうやって情報屋がここのことを知ったのかが気になりますね」
そういうもんなのか。残念ながら俺はそういった情報収集は苦手だ。この三人の中ではジュラの役目だからな。
「とか話してる間に来たみたいだぞ」
俺の空間把握に反応があった。まだドルガかどうかはわからないが可能性は高いだろう。数秒後俺たちの前に一人の男が現れた。かなりの大男だ。体は分厚い筋肉の鎧で覆われている。まさに鎧の巨人である。
「人相書きと一致します。間違いなくドルガです」
おお、本当に現れたぞ。正直半信半疑だったんだが。
「それでどうする?」
「作戦なら決まってるだろうがコリン。正々堂々、恥ずかしくないように・・・不意打ちだ」
「だと思ったよ」
相手は俺たちに気付いていないようだ。この状況でわざわざ真正面から行く必要はないだろう。
「とりあえずジュラ《認識不可》を鋼糸と併用してあいつに使ってみてくれ。気付かれる前に拘束できたら一件落着、出来なかったら注意をジュラが引きつけておいて俺とコリンで同時に後ろから襲いかかるぞ」
「了解」
ジュラはその場に待機俺とコリンはそれぞれ左右に移動して三人でドルガを中心とした三角形を描く。
俺とコリンが位置について合図を送った数秒後、ドルガが何かに気付いたかのような素振りを見せた。
「ヌン!」
気合一閃ドルガがアイテムボックスから取り出した槍を振るうとジュラの鋼糸が切れたのが見えた。ジュラの《認識不可レコンゼロ》は相手との実力差がある程度あると見破られる傾向がある。だからこれはあまり嬉しくない知らせだ。
鋼糸の出所が分かったのかドルガがジュラのもとに槍を振りかざしながら向かう。草の陰からジュラが出てくる。そしてドルガがジュラに向かって槍を振り下ろす。
「解除!」
ジュラが陣を発動させた。陣から眩い光が出る。その光が目に直撃したドルガは目を押さえる。その間にジュラはその場を離れ俺とコリンが時間差をつけて襲い掛かる。
「ハア!!」
最初にコリンが、その数瞬後に俺が攻撃する。目は見えておらず完璧に成功すると思った奇襲だがドルガはどういった方法でかコリンが攻撃してくるの気付きコリンの剣の軌道に槍を置いて防ぐ。
「そこだ!!」
コリンが防がれたのを見た俺は振り返ったドルガの更に後ろに回りこみ如意棒を振りかぶる、がそれはフェイク。本命はドルガの横に氷魔法で作っておいたツララ。
「ッ!」
さっきジュラが陣で見えなくしたはずの片目でドルガが俺を見てくる。どうやら魔力を集中させて片目だけ先に回復させたようだ。しかしそれでもまだ問題ない。たとえ目が見えていてツララのことを知っていたとしても俺の如意棒かツララのどちらしかドルガは防げない。
しかし俺の予想は甘かった。ドルガは見事に如意棒もツララも防いだ。それも百器の名にふさわしい方法でだ。いつの間に替えたのか右手に剣を左手には幅広の大剣を持って如意棒とツララの両方を防いだのだ。更にドルガは畳み掛けるかのように左手に持った大剣を俺に向かって切り上げる。
俺は如意棒で攻撃したばかりなので動くことができない。しかし大剣が俺の体に当たる直前体が後ろに引っ張られる。ジュラが鋼糸を俺に付けて引っ張ってくれたのだ。
「サンキュ」
「いえ。それより気をつけてください。まだ手札を隠しもっています」
ジュラの言うとおりドルガはまだまだ手札を隠し持っているだろう。それに生半可な攻撃では臨機応変な武器交換で対処されてしまう。
どうすればいいかと悩んでいると近くにきたコリンが提案をした。
「今俺が使えるなかで一番強力な舞《連》を使ってみたいんだが」
ふむ、《連》か。
「《連》であいつは倒せそうか?」
「うまく決まれば倒せると思う。ただまだうまく調整ができないから二人にフォローしてもらいたい」
「わかった、やってみよう。ジュラはコリンに鋼糸を付けていつでも引っ張れるようにしておいてくれ」
「了解しました」
「行くぜ」
コリンとドルガが向かえ合う。コリンは剣を交差すると何かを溜めるかのように腰を低くする。その体に徐々に魔力が纏わりついていく。そしてその魔力がある程度の濃度を持つとコリンは動き出した。
「双剣舞《連》!!」
コリンは今までとは段違いの速さで動き出した。あまりの速さにドルガもちゃんと目で追えていない。しかしかろうじて武器で防いでいるのが度々なる金属音でわかる。防いではいるが押されているのは完全にドルガのほう。それをドルガも悟ったのかジャンプでコリンから逃げようとする。
「させるか!」
俺はドルガが逃げれないように真上に氷の壁を作る。ドルガは一瞬の何分の一切るかどうか迷う素振りを見せたが切るという動作をしている間に逆にコリンに切られると判断したのか諦めて防御をする。そしてコリンの猛攻が左薙ぎで一瞬止んだ隙にコリンの左側に回り込む。コリンは左薙ぎをしたばかりなので正しい判断だろう。しかしその方向なら問題はない。
「シッ!!」
左薙ぎを行ったコリンは慣性を利用してそのままその場で一回転、右の剣でドルガを切りつける。この攻撃を受けてしまうドルガ。 その後は一方的だ。回転切りで怯んだドルガにどんどんコリンが切りつけていきドルガはそれを避けれずに当たる。
「ふう」
数秒後《連》が終了した。ドルガは全身血だらけだ。深い傷はないだろうから命に別状はないだろう。
「相変わらずその《連》って技は凄いな」
さっきコリンがやった《連》というのはあらかじめ動きを決めておいてその動きをまったくそのままトレースするというものだ。動きは魔力に覚えさせておき発動させるときは魔力を身に纏い全てを魔力にゆだねる。感覚としては勝手に動く鎧の中に入ったのが近いらしい。俺的解釈ではソードスキルだ。長所としては非常に速く攻撃ができること。決めておいた動きをトレースするだけなので通常の倍以上速く動くことができる。欠点は避けられたりしても攻撃を途中でやめることができないので非常に大きな隙ができることだ。コリンはその弱点を『連』の動きをコリン並みに熟知している仲間に援護してもらうことで補っている。つまり俺とジュラだ。コリン曰く熟練者の使う『連』は相手がどんな行動をとったとしても必ず当たるように出来ているらしい。
「さてドルガを縛るとするか」
「では私は血の臭いに誘われて魔物がこないか見張っておきますね」
俺は自分のバッグの中に入っているはずのロープを探す、しかし見つからない。なのでコリンのを借りることにした。
「コリンお前のバッグの中にあるロープを貸してくれ。俺のは見つからなくて」
「わかったよ」
この直後のことを俺は一生忘れない。
コリンがロープを取り出すために離れたところにある自分のバッグまで歩いていきしゃがみ込む。次の瞬間、コリンの背中に何か棒状のものが生えていた。
「え?」
最初それがなんなのか理解できなかった。次いで棒が刺さった場所から大量の血液が溢れ出す。俺がドルガの方をみるとドルガはクロスボウでコリンの背中を狙っていた。いや正確には狙って打ち終わったのか。
「コリン!!!」
叫んでコリンのもとに駆け出す。
「どうしたんですか!?」
俺が非常に大きな声を出したからだろうジュラが急いで駆けつけてきた。そして現場を見ると一瞬で状況を理解したのだろう。押し黙る。そして立ち上がろうとしていたドルガに向かって底冷えがする声で、
「すいませんが少し・・・動かずにいろ」
と言った。言うだけでなく、鋼糸で縛ってもいるようだ。
「おい、コリンコリンコリン!」
気が動転してしまいうまく考えがまとまらない。
「エドさん落ち着いて!《不死鳥》の《治癒炎》を使ってみてください!!」
「あ、ああ」
言われたとおり《治癒炎》を使う。しかしまるで傷が治らない。
「なんでだよ!不死鳥の炎はあらゆる怪我を治すんじゃないのか!!」
魔力が足りないのか!?俺は死ぬんじゃないかと言うほど魔力を注ぎ込む。しかし結果は変わらず傷は治らない。
「クソが!!」
そんな俺の手に誰かの手が重ねられる。
「コリン・・・」
「もう・・・やめろ。・・・なんとなくわかるんだ。俺は死ぬ」
「馬鹿野郎!なにつまらないギャグ言ってんだ!!お前は死なせない!」
さらに《治癒炎》に魔力を注ぎ込む。魔力の使いすぎのせいか段々視界がぼやけてきた。
「いいんだエド。今は・・・お前が治してくれてるお陰でかろうじて会話できるが・・・そう長く持ちそうにない」
俺が治してるから会話ができるなら俺は治し続ける。たとえ自分の命が尽きようとも。億が一の、兆が一の奇跡を信じる。
「俺のせいだ。俺があんなところで油断しなければ・・・」
俺は心のどこかでこの世界を甘く見ていた。この世界では命は非常に簡単に失われていく。それでも自分に近い人は死なないに違いないなんてどこかで思っていた。
「エド・・・自分を責めるな。俺がここで死ぬのは俺の責任だ」
「何度も言わせるな!お前は死なない!絶対に死なせないって言ってるだろうが!」
わからない、一体どうすればいい?どうすればコリンは助かる?
「エド俺と最後に約束してくれないか?」
「ああ、してやるよ!最後と言わずいくらでもな!だからお前はもう黙れ!少しでも助かる確率を上げろ!」
しかし俺の言葉を無視してコリンは話し続ける。
「まずさっきも言ったとおり俺が死んでも自分を責めるな。俺は誰のせいでもない俺のせいで死ぬ」
おそらく今コリンは残りの力全てを振り絞って喋っているだろう。そうまでして伝えたい何かがある。俺にはそれを聞く義務がある。だから治療をしながら必死で耳を傾ける。
「二つ目だ。今のことを後悔していて償いたいと思っているなら今後大切な仲間を作ることを恐れるな。大切な仲間が出来たならそれをお前が守れ。何があってもだ。それが俺に対する贖罪だ。間違っても自分は周りの人間を不幸にするから誰とも関わらないなんて真似をするな。お前に関わるとそいつの運命が変わると思うなんて酷い傲慢だろう。お前はそんな大層な運命も力も持ってない。お前はただの俺の仲間で悪友のエドだ。それを忘れるな」
「ああ守るよ。だからお前も俺との約束を守れ!死ぬその瞬間まで生きたいと願え!」
コリンは頷くと今度はジュラに目を向けた。
「安心しろ。告白なんてしないから」
「...それはよかったです。死ぬ直前の思い出が失恋だなんて悲しすぎますから」
ジュラの発言にコリンが力なく笑う。
「お前はエドを支えてやってくれ。エドがプレッシャーに圧し潰されそうになった時にそばにいて支えてやってくれ。なんなら体で誘惑してもいいぞ」
「随分余裕があるみたいですね。こんな時に下ネタなんて」
「はは、そうでもないがな。もう意識が保てなくなってきた。最後に...一緒に居てくれたのが...お前らでよかった」
その言葉を最後にコリンは何も喋らなくなった、永遠に。コリンが死んだあとも俺は《治癒炎》を掛け続けていた。そんな俺の肩にジュラが手を置いて首をふる。
「やめてください。これ以上はエドさんが死んでしまいます」
俺は力なくコリンの体から手をどかす。もし、俺があのときコリンにロープを取りに行かせなかったらコリンは死なずにすんだだろう。だけど今はそれよりも、
「俺の憎しみと怒りはここに置いていくことにするよ。...ドルガお前の死体と一緒にな」
いつの間にかドルガの顔を掴んでいた。そのまま力を込めていく。ドルガの顔からミシミシという音が聞こえる。
「や、やめてくれ!」
ドルガが必死で命乞いをする。勿論許す気はない。むしろ一秒でも早くこいつを殺さないと怒りと憎しみで体がどうにかなりそうだ。
「じゃあな」
直後ドルガの頭が破裂する。返り血が俺につく。俺はそのままの状態でジュラに振り返ると一言、
「帰ろう」
そう言った。
「その後お二人はコリン様のご遺体を持って街まで帰りました。あとはご想像のとおりです」
ほとんどこいつが言っていることで事実と合致する。何故こいつがここまであの事を知っているのかは知らないが...
「それで、わざわざそれを説明しにきたのか?ご苦労なことだな」
「いえいえ。実は私の主がエド様に興味を持っていまして」
「興味だと?」
何故か非常に嫌な予感がする。
「ええ。それで少し実験をしに来ました」
非常に残念ながら俺の予感は当たっていた。
感想待ってます




