第29話 イルの実力
ついに熱い戦いです。
誰かの裏切りの可能性を知った翌日。俺たちはそのことを特に誰にも言わずにいた。理由は簡単。
誰が敵か分からなかったからである。今の状況でこの事実を伝えた相手が裏切った側だった場合まずいことになる。イルとリレスが危険に晒される可能性があるのだ。なので取り合えずこの情報は俺とジュラの胸にしまっておくことにしたのだ。それに今日はイルの試合の日だったし。
そんなわけで今俺たちは学大の会場にいる。
「イルさんは基本能力を向上させたんですよね」
「まあな。まあ武器には少し手を加えたが」
正確には鍛冶屋がだが。
「手をですか。」
「ああ。見てのお楽しみだ。ヒントはイルは猫獣人だってことだな」
獣人と括られているが元になった魔獣によってその特徴はまったく異なる。熊獣人だったら力が強いし、猫獣人だったら身のこなしが軽い。アメリカ人と日本人の差ではなく、狼と猿の違いなのだ。どちらが強いという話ではなく。
「始め!!」
この数日間でもう何回聞いたかわからない審判の掛け声が聞こえた。
イルの対戦相手は猫獣人の男だった。武器はダガーだ。イルのほうはクローである。二人とも超接近戦型。
「両方とも超接近戦型ですか。これが吉とでるか凶とでるか。」
ジュラはそう言っているがどう出るのか俺はもう知っている。
試合開始直後二人とも相手に突っ込んで行く。
先手を取ったのは相手のほうだった。相手はダガーをイルの胴の辺りで横に一線。
イルはこの避けにくい攻撃を足からのスライディングでかわす。そしてそのまま相手に突っ込む。
相手はイルのスライディングをジャンプしてかわした。
しかしイルはこれを予測していたのかスライディングしていた足を立てるとスライディングの勢いを殺さずに上体を持ち上げる。そしてジャンプして空中にあった相手の太ももを斬りつけた。
しかし体重が乗ってない一撃だったためか傷は浅い。
そのままばく転の要領で相手から離れるイル。
今までの試合にない獣人同士のアクロバティックな戦闘に観客席が沸く。
取り合えず俺は安心していた。イルがしっかりと動けているからだ。
「ここ空いてる?」
突如としてそんなことを聞いてきたのはこないだのイケメン君である。
イケメン君が空いているか聞いた席は今は外しているがリレスの席である。なので俺が断ろうとすると、
「そこは他の人の席なので私がどきますよ」
ジュラが俺が答える数瞬前に答えた。
「いや、わざわざどいてもらうのは済まないよ」
こいつ性格までいいのか、と俺が思っていると、
「いえいいですよ。私はエドさんの膝に座りますから。」
「おい!勝手に決めるな」
ジュラのお尻の柔らかさを堪能するのも一興だがこんな衆人観衆の中でやるには周りの目が痛過ぎる。
「冗談ですよ」
ジュラはそう言ったが俺は知っている。経験則で知っている。ジュラがこういうことを言う時は大抵ろくでもないことを考えているときである。
「ここに座ってください」
結局ジュラはそう言って自分は俺とは逆方向に一個ずれた。
「ありがとう」
イケメン君はそれにちゃんと礼言って座った。そうさっきまでジュラのお尻があった席にである。
俺がイケメン許すまじ!!と明らかに理不尽な思いを抱いている、
「今戦っているのはエドのパーティーメンバーだよね?」
その質問にいきなり呼び捨てかよと思うが、こんなイケメンにこんなフレンドリーに接しられたら女子はあっさり好きになってしまうのかもしれない。
「ああそうだよ。・・・」
そこで俺が不自然に言葉を詰まらせた理由を察したらしく、
「僕の名前はセナだよ」
こいつイケメンで性格よくておまけに気まで利くのかよ。と思った。
試合に目を向けると丁度相手がイルに突っ込んでいくところだった。
今度は相手は斜め上からダガーを振り下ろす。それをイルはクローで受ける。
しかし相手はイルがクローで止めたとほぼ同時にダガーを手放した。
上からの力がなくなったことによりイルの体勢が不安定になる。
相手はダガーを離すと同時にしゃがんで不安定な体勢のイルの足を払う。
これに見事に引っかかったイルは空中に体が浮く。次いで空中で一回転してより重い頭のほうから地面に落下した。
イルの頭に向かって相手は蹴りを放つ。これが当たったらイルは気絶して負けになるだろう。
しかしイルは両腕を地面に向けて伸ばすと腕立て伏せの要領で体を持ち上げた。
これにより相手の蹴りは一瞬前までイルの頭があった場所、つまりイルの両腕の間を通り過ぎた。
イルは相手が次の行動をとる前に丁度自分の両腕の間にある相手の足を両腕のクローで斬りつけた。
しかしまたしても傷は浅い。
その後も両方とも相手に決定打が与えられないまま数分が過ぎた。このままいけば先に体力が尽きるのはイルのほうだろう。大勢がそう予想した。しかし・・・
更に数分後明らかに消耗しているのはイルではなく相手のほうだった。今ではイルの攻撃を明らかに避けきれなくなってきていて全身切り傷で血まみれである。これには大勢が首を捻った。
そんな中セナがこんなことを言った。
「あの武器はもしかして・・・」
「知っているのか雷電」
「僕の名前はセナなんだけど。」
「いや悪い」
伝わらなかったことを残念に思いながら続きを促す。
「もしかしてあの武器ブラッドマンティスの素材を使ってる?」
「ああそうだ。流石にわかるか。」
ブラッドマンティスとはカマキリを大きくしたようなモンスターである。こいつは鎌にある厄介な状態異常を持っている。それは出血である。
状態異常出血はその名のとおり血が止まらなくなるのだ。専用の薬を使えば直ぐに治るのだが持っていないと大変である。血が止まらないので時間が経てば経つほど力が出なくなり動きが鈍くなるのだ。丁度今の相手の選手のように。地味だがじわじわと聞いてくる。それが出血である。
「けれどブラッドマンティスの鎌を加工するのは難しいんじゃなかったけ?」
俺はよく知ってるなと思いながら懲りずに、
「ジェバンニが一晩でやってくれました」
と言った。
「ジェバンニ、というのがあの武器を作った鍛冶屋の名前?。今度紹介してくれるとうれしい。」
案の定セナに伝わらなかったし、変に勘違いさせてしまった。
「いや鍛冶屋の名前はジェバンニじゃない。紹介するのはいいけど捻くれた人だから注文を受けてくれないかもしれないぞ」
「いや紹介してくれるだけどありがたいよ。」
それから少しして試合は終了した。結果は相手の降参負け。イルの勝利である。
久しぶりの真面目な戦闘描写。どうでしたか?
感想まってます




