友と秘密と
あの夜の出来事から、数週間。
ミリアリスとサーナは、より親しい友人としての関係を築いていた。
サーナは聖域へと帰る時、必ず次に会うための約束を告げていく。
そしてその約束をミリアリスが了承すると、嬉しそうな微笑みを浮かべて帰っていくのだ。
本来なら家族へ紹介し、屋敷の正門から招くのが一般的ながらも、サーナは聖域で暮らす者。
ミリアリスはその存在の特別さを察し、それをサーナに求めることも、あえて自分から家族にサーナのことを話すこともなかった。
もしいつか家族がサーナの存在を知っても、きっと叱りもせずに受け入れてくれる。
ミリアリスの家族は、ミリアリスがそう思えるくらい、器の大きな人達だと、ミリアリスは知っていた。
『サーナ、聞いてもいいかしら?
どうして、サーナはいつも地から浮いたままなのでしょう?』
そしてその日も、お昼を過ぎた頃、サーナは現れた。
その日はたまたま、中庭のアメリリアの園にある四阿で、ミリアリスは遅い昼食を取っていた。
そして、侍女がテーブルの上に保温がされたティーセットを置いて去った後、それを待っていたように現れたサーナを、ミリアリスはもてなそうとした。
そして、その時に気づいたのだ。
「ああ、えっと…今更なんだけどね。私、初めてミリィと会った日、勝手に敷地にお邪魔してしまったから…今考えると、不法侵入かなーって。だから、今までずっとこのままなの…」
『まあ、そうだったのですか。
なら、ご心配はいりません。この中庭は、私がお父様から頂いたものなのです。
ですから、私がサーナを受け入れている時点で、不法侵入にはなりません。』
「え、そうなの…?」
『はい。だから楽になさって下さい、サーナ。
一緒にお茶会をしましょう?』
ミリアリスの言葉に、ほっとしたような表情をして、今まで浮いたままだったサーナの足が地についた時、またサーナとの距離が近くなったようで、ミリアリスも表情を綻ばせる。
そうして、2人だけのお茶会をしながら、色々な話をしていると、不意にサーナの手が淡い黄色をしたアメリリアの花に伸ばされた。
「それにしても、キレイ…。アメリアの花が、こんな大輪の花になるなんて…」
本来のアメリアの花は、小ぶりな大きさの花。
でも、ミリアリスによって品種改良され、アメリリアと名付けられた花は、とても大きな花を咲かせる。
サーナの顔よりも大きな花を。
『アメリリアの花は、この季節にしか咲かないのです。
暖かな季節が好きで、季節の変わり目には花を散らしてしまうのです。
ですから私は、『新たな季節を告げる花』と呼んでいます。』
「私にも育てられるかな?」
『ええ、きっと大丈夫です。
またお帰りの際に、種をお譲りしますね。』
「うん、ありがとうミリィ。」
サーナと親しくなる内に知った、自分との共通点に、ミリアリスは喜び、サーナに花の種を譲っていた。
そしてそのお礼に、サーナはミリアリスに花を育てる上でのアドバイスを授けてくれる。
この数週間で、ミリアリスは新たな知識を得ることが出来て、サーナという人を知れば知るほど、その親しみは増していった。
「……誰か来たみたい。」
するとその時、ぽつりとサーナが声を漏らし、すっと立ち上がる。
そのどこか警戒する雰囲気と、微かに強張る表情に、ミリアリスもまた立ち上がると、サーナが気づいた気配を感じ取ろうとする。
そしてその声を聞き取った時、ミリアリスはほっと息を漏らして、紙に文字を綴ると、サーナを安心させるように微笑んだ。
『大丈夫です、サーナ。
お兄様がいらしたみたい。』
「ミリィのお兄さん…?」
『きっと当主補佐の執務の休憩に来られたのだと思います。
サーナさえよろしければ、お兄様に紹介してもいいかしら?』
「…大丈夫、なの?」
『はい、大丈夫です。
お兄様は、とっても優しくて理解のある人ですから。』
ミリアリスの言葉と表情に、サーナがどこか硬い表情を浮かべながらも、こくりと頷くと、ミリアリスはサーナの手に、自分の手を優しく繋いで、ベルを鳴らす。
すると暫くして、姿を現した兄アルベルトは、妹と共にいる女性に驚き、その表情に強い警戒を浮かべるが、ふと何かに気づくとはっとした様子で、その表情を変える。
そんな兄の初めて見る百面相に、ミリアリスは驚いて思わず兄に駆け寄っていた。
『お兄様、どうかなさいました?』
「…っ…」
『お兄様…?』
駆け寄ってきたミリアリスを抱き留めながら、それでも言葉を発しなかったアルベルトは、けれど暫くすると深い息をはいて、ミリアリスの顔を覗き込む。
その表情は、どこか硬さはあれど、ミリアリスがよく知る兄のものだった。
「…大丈夫だよ、ミリィ。突然のお客様に驚いてしまってね。ミリィのお客様の前で、粗相をしてしまった。お詫びも兼ねて、ご挨拶させて貰ってもいいかな?」
兄の言葉に頷き、ミリアリスがサーナを振り返れば、サーナは四阿の中に佇んだまま、2人を見つめていた。
その表情には、不愉快さなどなく、ただ穏やかにミリアリス達を見つめていた。
『サーナ、お兄様がご挨拶をさせて頂きたいそうです。
構いませんか?』
「勿論、私もご挨拶させて貰ってもいい?」
その言葉に頷けば、そんなミリアリス達のやり取りを見守っていたアルベルトは、穏やかな微笑みで2人に近づき、紳士的な態度でサーナに話しかけた。
「妹のお客様に、先程はとんだご無礼を。ミリアリスの兄、アルベルト・ドードリンと申します。ようこそ、当家に。」
「こちらこそご挨拶もせずに、失礼しました。サーナと申します。」
「サーナ様…と申されるのですね。どうか私のことはアルベルト、と。」
「では、アルベルトさん。ミリィとは仲良くさせて貰っています。今日もお茶会に招いて貰いました。」
「そうでしたか。そのような場に、突然現れまして申し訳ないことをしました。お許し下さい。」
「いいえ、気にしないで下さい。」
2人の会話を傍で聞きながら、ミリアリスはほっとした表情を浮かべて、2人を見つめていた。
そんな妹に、アルベルトは申し訳なさそうな表情で言葉をかけた。
「…ミリィ、サーナ様とのお茶会に僕もお邪魔したいのだけど、新しいティーセットを持ってきて貰えないかな?」
「…?」
「ご無礼をしたお詫びをさせて頂きたいんだ。少しの間、ホストを変わって貰えないかい?」
兄の提案に瞳を瞬かせて、ミリアリスがサーナを見つめれば、サーナもそれを受け入れるように頷いている。
そんな2人の空気を察したミリアリスは、こくりと頷くと邸へと向かっていく。
その背を見送り、気配を感じなくなった頃、アルベルトはサーナと向き合った。
そして片膝をつき、深く深く頭を垂れた。
「――大変なご無礼を致しました、殿下。罰は如何様にもお受け致します。」
「どうか頭を上げてください、アルベルトさん。あなたは私の求めに気づいて、そうしてくれただけです。なんの罪にもなりません。」
「しかし、殿下にご無礼な態度を…!真名も名乗らず、膝もつかずに…」
「それを求めたのは私です。アルベルトさんは気づいてくれた。…ミリィに知られないように。だから、頭を上げてください。」
サーナの言葉に恐る恐る顔を上げたアルベルトは、察していた求めを肯定したサーナに、言葉を漏らした。
「では妹は、やはり殿下と知らずに…?」
「気づかれなかったので、そのままにしています。ミリィが知っているのは、私が聖域で暮らす、魔術に特別な才能を持った人ということだけです。最初は、聖獣に間違えられました。」
「まさか…!世俗に疎くとも、殿下の存在は知っているものと…」
「ホントに知らなかったみたいです。私の護人達も、それを確認していますから。」
「申し訳ございません…当家の教育不足にございます。」
深く頭を下げたアルベルトに、サーナは首を振り、またその頭を上げさせると、穏やかな微笑みを向けた。
「私には、それが嬉しかったんです。だから、ミリィと友達になりたいと思ったんです。」
「妹と、友人に…?」
「ミリィは、私の大切な友達です。たった1人の…この世界で初めて出来た友達なんです。」
「殿下…」
サーナの言葉に、アルベルトは漸くサーナが自分に何を求めていたのか、それに気づいた。
大切な友達を失いたくない…それは、サーナが持つ龍王の半身として、そして王としての孤独。
当たり前の関係を築ける自分達にはない、それにアルベルトは漸く思い当たり、アルベルトは初めて、臣下としてではなく、ミリアリスの兄として、サーナに語りかけることが出来た。
「…ミリィと、幾久しく親しくして戴ければ、光栄に存じます。どうか、兄としてお願い致します。」
兄としての言葉と表情に、サーナもまた柔らかく微笑み、頷いたのだった。
アルベルト兄さん、再登場の回でした。
そして、あれが本来なら普通の反応なのです。
なつなちゃんはそれだけ特別で、そしてミリィちゃんはそれだけ規格外。
いい意味で鈍感お嬢様です。
アルベルト兄さんは頭がいいので、なつなちゃんの求めにすぐに気づいた模様。
感情の切り替えがうまいので、ミリィちゃんには気づかれないでしょう。
さあ、次回はどうなりますやらー。