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お姉ちゃんと柿崎さんも同じ。

怖気づいて諦めるより、飛び込んで戦う事を選ぶ。

だって、ふたりはそんな親たちに育てられたんだから。


お母さんとおじさんは・・・背中で、その言葉を聞いていた。

その表情は、今までの明るいそれとは打って変わって・・・

何か、辛い事に耐えるような顔をしていた。


悲しむような、苦しむような

耐え難い想い。

なにか、そう・・・

何かに歯軋りして耐えているような。

そんな表情だった。


お姉ちゃんと柿崎さんへの、断ち難い何かに・・・。


苦労するかもしれない娘。

大変な思いをするかもしれない息子。

わき目も振らずに、髪振り乱して、必死で守り続けてきた我が子達。


その泣き顔を見る事になるかもしれない。

でもそれを・・・


指をくわえて黙って見ているより他に・・・ないのだろう。

守り続けた子ども達は、もう大人になってしまった。

だから、歯軋りしながら手放すほかに無いのだろう。


それが・・・自分の役目なのだろう・・・。


お母さん・・・。お母さんの胸に湧き上がる感情、良く理解できるよ。

あたしも同じ気持ちだから。

あたしも守ってきたから。

ずっとずっとお姉ちゃんを守り続けてきたから。


渦巻く悲しみと辛さが良く分かる。

分かるよ。分かるから。

あたしがちゃんと分かってるから、だから・・・


一緒に・・・手放そうよ。

そして後でこっそり泣こう。


今度はさ、遺影の前で一人で泣かなくていいから。あたしも一緒だから。

だから・・・だから・・・


そう心の中で語りかけながら、あたしはもうすでに鼻をすすっていた。

大地がそっとハンカチを差し出してくれる。

大地・・・。


大地の目は優しくて、でもやっぱりどこか悲しそうだった。

何かに耐えているような目。大地にも、手放さなければならない想いがある。

それは・・・とても苦しいだろう。

とてもとても耐えがたく苦しいだろう・・・。


あたしと大地はお互いの感情を理解し合っていた。うん、あたし達・・・


同士だもんね。


お姉ちゃんも泣きながら背中を丸めて耐えている。

お姉ちゃんの胸にも、たまらない何かが込み上げてる。

それを柿崎さんが慰めて受け止めている。

しっかりと肩を抱いて・・・。


万感の思いでその光景を眺めているあたしの後ろで、静かに扉が開いた。


「さあ皆さん、お食事の用意ができましたよ。大女将からの気持ちです」

さっきの着物姿の女将さんが、お膳を運んできてくれた。


「え? 食事って、まあ・・・」

「いや、そこまで甘えるわけには・・・」

「まあそう言わんで。食べていきんさいよ」


ひたすら恐縮するお母さん達に、テルおばあちゃんが話しかける。


「ここらの山で取れたモンや、川で取れたモンです。これが美味いんですわ」

「はあ・・・」

「こういう時こそ、皆で美味いもんを食べるもんですよお」

「では、お言葉に甘えて」

「うんうん。ぜひそうしんさい」


お母さんが立ち上がりお膳を受け取りに行く。お姉ちゃんもお膳運びを手伝おうと立ち上がった。

そこへテルおばあちゃんが近づいて、コソッと耳打ちをする。


「話しはまとまったかねえ?」

「あ、はい。あの、なんとか・・・」

「そうかい。そりゃ良かった良かった」


にこにこ。シワの深い顔をほころばせてテルおばあちゃんが笑う。


うん。なんとか、だ。

ズバッと解決!ってわけではないけれど。

それでもなんとなく、やっと道筋が見えてきた気がする。

今までより、ずっと明るい道筋が。


「でもまだ少し時間がかかるかもしれないよ? それが親心ってもんだ」

「・・・はい」

「待っておやり。あんたらだって親になるんだからねえ」

「はいっ」


お姉ちゃんが返事と共に力強く頷く。柿崎さんも。

その様子を見て満足そうにテルおばあちゃんも頷いた。

そしてあたしと大地を見て、いたずらっぽい笑顔になる。


「おや、あんた達。なんでここに居るがね?」

「え?あ? いえあの、その・・・」

「あたしは、あそこで待ってろと言ったはずだがねえ?」

「えーっと、あ、あの、足が・・・」

「足が?」

「足が・・・痺れたもんで、その・・・」


・・・・・。


なんで足が痺れると、ここに来るのよ! 理屈にも何にもなってないじゃん!

ああもう、あたしのバカ!

テルおばあちゃん、言い付け破ってごめんなさい!!


ひたすら縮こまるあたしと大地を見て、テルおばあちゃんはカカカと愉快そうに笑う。

「ほんとに良い子達だねえ・・・」

そしてあたし達の頭を交互に、ぽんぽんと撫でた。


「良い子だ。よう頑張りんさったねえ」


腰を曲げ、両手を後ろに組み、えっちらおっちら。

テルおばあちゃんは皆に会釈をして、部屋からゆっくり出て行った。

その後ろ姿を見送りながら・・・


「ねぇ大地」

「ん?」

「なんだかさ、全部見透かされてるような気がする」

「ああ、オレもだよ」


テルおばあちゃんには全部分かってたんじゃないかな?

あたし達の行動も、お母さん達の心境の変化も。話し合いが、どんな展開になるのかも。


テルおばあちゃんにそう言っても

「そんな事ありゃせんがね」

そう言って笑って否定しそうだけれど。


不思議な人だなあ・・・。


そう思いながら、あたしは皆とお膳をいただいた。

みんな揃って食べたお膳は本当に本当に美味しかった。



食事をいただいた後、あたしとお母さん、大地とおじさんは帰る事になった。

お姉ちゃんと柿崎さんは2~3日残る事になった。

なんでも、ちょっとした団体さんの予約がこれから入ってるらしくて。

忙しくなるらしい。


「職場にご迷惑をかけてはいけない。最低限の務めと責任は果たしなさい」


お母さんとおじさんがそう言って、残る事を勧めた。


民宿を去る時、テルおばあちゃんが見送ってくれた。

何度も何度も頭を下げるあたし達に手を振り、いつまでも見送ってくれた。


『癒しの山神』


ああ・・・本当に、山の神様みたいな人だ。


そうあたしは思った。



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