(12)
「お母さんが不幸だの、自分が不幸の原因だの・・・」
「父さんは後悔なんか一度もした事はない!」
「お母さんだってそうよ!」
「大地、父さんは情け無いよ。そんな風にお前に思われていたとは・・・」
「お母さんも情け無い。お母さんの気持ちは伝わってると思ってたのに・・・」
・・・・・。
例によって、息ピッタリのマシンガントーク。
この会話から察するに、話ってひょっとして・・・
今、ここであたしと大地が話してた事? あれを? 全部? 聞いてた?
・・・。
子どものケンカより低俗だの。
みっともないだの恥ずかしいだの。
あんまり迷惑かけないで欲しいだの。
大人なんて、しょせんあんな程度だの・・・。
あれを、全部??
すぐ向こうに座ってるお姉ちゃん達を見た。
お姉ちゃんも柿崎さんも、苦笑いしながらこっちを向いて頷いてる。
・・・・・・・。
聞かれたっ!!
やっばい!ど――しよ――っ!!
なによ! やっぱりムッツリ黙りこんでたんじゃん!
そんで自分達は何もしゃべらずに、こっちの話だけ聞いてたの!?
盗み聞きか!? 趣味悪い!!
そもそも、ふすまの防音性能なんて高いわけないじゃんか!
誰よそんな常識ハズレな事言ったの! ・・・あ、あたしだ。
「七海、ちょっと座りなさい」
「大地も座れ」
お母さん達が目の前にヒザを正して座り込む。
座りなさいって、元々こっちは座ってたんですけど。
・・・ちっ、また正座か。
あたしと大地はしぶしぶ座り直して正座した。
お母さん達は背筋をシャンと伸ばしてあたし達を真っ直ぐ見ている。
そして強い口調で、はっきりと言い切った。
「七海、お母さんは不幸じゃないし、この人生を後悔もしてません」
「大地、父さんも同じだ。自分を不幸とも思ってないし後悔もしてないぞ」
お母さん・・・おじさん。
あたしは、両目をしっかり開けてお母さんを見た。大地も黙っておじさんを見ている。
お母さんとおじさんは、代わる代わる自分の思いを口にする。
「そりゃあね、死んでしまったお父さんを恨んだ事はあったわ」
「母さんが生きていてくれさえすれば・・・そう何度も思ったよ」
「でもね、それと後悔は別なのよ」
「そうだ。逝ってしまったからといって、母さんと結婚しなきゃ良かったなどと思った事はない」
「ええ。一度もね」
お母さんは、どこか遠い所を見るような目をした。
おじさんも懐かしい物を思い出すような目をする。
「生きていてくれさえすればって言葉の意味はね・・・」
「それぐらい自分にとって大切な、かけがえの無い存在だって事なんだよ」
「ええ。お父さんは本当に大切な存在なのよ」
「父さんにとっても、それはずっと変わらない。永遠に」
「なのに、結婚した事を後悔するわけないでしょう?」
「後悔なんてしてないし、これから先も絶対にしないぞ」
「今でも・・・お父さんはあたしの大事な夫よ」
「母さんは、父さんの大切な妻だ」
穏やかで、でも強い意志の篭もった声。
あたしから決して視線を逸らさない真っ直ぐな瞳。
堂々と、はっきりと言い切る自信を持った態度。
・・・嘘じゃない。嘘なんか言ってない。
本当だ。
お母さんは、そしておじさんは・・・
お父さん達と結婚した事を決して後悔なんかしてないんだ。
今までも。そしてこれからも。
「・・・愛してる?」
あたしは、お母さんに聞いてみる。聞きたくて聞けなかった言葉を。
「お父さんのこと、今でも愛してる? 結婚できて幸せだった?」
お母さんはポッと顔を赤らめ、手で頬を押さえる。
「やだこの子ったら。なに恥ずかしい事を言ってるの?」
「いいじゃん。愛は恥ずかしい事じゃないでしょ?」
「・・・そうね。恥ずかしい事じゃないわね」
お母さんは晴れやかな笑顔で答えてくれた。ヒザの上にきちんと両手を置き、背筋を伸ばして。
「愛してるし、結婚できて幸せだったわ。その気持ちは今も全然変わらない。そして・・・」
その笑顔は、あたしに向けられて・・・
「一海と七海の事も、もちろん愛してる。産んで幸せよ」
胸張って・・・そう答えてくれた。
お母さんっ。
「大地、父さんだってもちろんお前を愛してるぞっ」
「親父・・・」
「拓海も大地も、父さんは本当に心から・・・」
「やめてくれ。恥ずかしいから」
「愛は恥ずかしい事じゃないだろうっ」
「恥ずかしい事じゃなくても気色は悪いんだよ! 明らかに!」
大地は、まったくこれだから恥を知らない男やもめは・・・ってブツブツ文句をたれる。
でも本当は嬉しく思ってるんだ。分かる。声とか、雰囲気とか、さっきよりもすごく柔らかくなってるから。
へへ・・・良かったね。嬉しいよね。ほっとしたよね。
あたしも、ちゃんと答えてもらえて良かったあ!
こんな事なら怖がってないで、さっさと聞けば良かったな。
お母さんも、まさかあたしがそんな事考えてるなんて夢にも思ってなかったみたいだし。




