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お父さんと結婚なんかしなきゃ良かった。そう思ってる?

あたし達のことなんか、産まなきゃ良かった。そう思ってる?

そのせいで、自分は不幸になったと思ってる?


そう聞いてみたい。

でも聞けない。怖くて。

それがずっと引っかかってるの。


考えないようにね、してるんだ。

もしも・・・って考えると、色んな事が全て悲しく染まってしまうから。

自分の根底が全部、儚く崩れちゃいそうで。それが怖くて。


でも、澱のように心の奥に沈んで、あたしの気持ちをチクチク突付くの。

『お母さんは不幸なのかもしれない』

その考えが、いつも頭のどこかであたしを責める。


見過ごすことのできない疑問。

でも・・・口に出せない疑問。


「見過ごせないのに口にも出せなくて・・・。辛いんだ」

「その疑問、オレも考えてた」

「え?」

「オレもまったく同じ事、親父に対して思ってるんだ」

「大地・・・」

「辛いよなあ」


大地は畳にダランと足を投げ出して座り、天井を眺めてる。

あたしもマネして天井を見上げた。

自然な木目が、流れる川面のように見える。

緩やかな木の年輪が、あたし達の言葉を聞いてくれる。

なんとなく、テルおばあちゃんの顔に刻まれたシワを思い出した。


「親父さ、母さんが病気になってから苦労したんだ。ほんとに」

「うん。想像つく」

「だから、今回の親父の気持ちも分かるんだ。正しいかどうかは別にして」

「あたしもお母さんの気持ち、分かる」


泣いてたのを見た事ある。

お父さんの位牌の前で、ひっそりと声を殺して。

貯金通帳とか、請求書とか、膝の上に乗っかってた。

大変だったんだと思う。心底思う。


だから、あれほどまでに頑固に反対してる。それほどお母さんは苦労したって事だ。

それほど・・・不幸だったのかもしれない。

後悔してるのかもしれない。自分の人生を。


「お父さんと結婚した事・・・」

「母さんと結婚した事・・・」

「あたし達を産んだ事・・・」

「オレ達がいた事・・・」

「その全部を、後悔してるのかもしれないんだよね・・・」


お父さんとの思い出も。

お姉ちゃんとあたしの誕生と存在も。今までの歴史の全部。

お母さんは否定してるのかもしれない。


お母さんが、お姉ちゃんの結婚を拒絶するたびに・・・

あたしは、自分の存在を拒絶されてる気がするんだ。


『そんな道を選んじゃダメ。不幸になるよ?』


その言葉の裏に、どうしてもあたしは感じ取ってしまうの。

あたしはお母さんの不幸の原因のひとつだって。


お母さん。


もしタイムスリップできたらどうする?


お父さんにプロボーズされた時に。お姉ちゃんやあたしを妊娠した時に。

その時の自分自身に、いったい何て言葉をかけるの?


「それを考えると怖いよね」

「自信が持てないよな」

「うん。自信が無い」


この現状じゃあ、とても自信なんか持てない。お母さんは選んでくれないかもしれない。

お父さんを・・・

お姉ちゃんを・・・

あたしを・・・



―― スパ―――――ンッ!!! ――



突然、すぐ後ろのふすまがえらい勢いで全開になった。

滑ったふすまが壁に激突し、威勢の良い音をたてる。

あたしは驚いて、思わず悲鳴を上げて大地の腕にしがみ付いた。


な・・・

なんて建て付けの良いふすまなのっ!?


・・・じゃなくて!


なにっ!? いったい誰よっ!?


振り向いて見上げた視線の先に・・・


「お、お母さんっ!?」

「親父っ!?」


お母さんとおじさんが、せっぱ詰まった真剣な表情で立っていた。

あ、やっぱり居たじゃん梅の間に。って事をチラリと考えながら、その表情に息を呑む。


なに? この半分怒ってるかのような顔つきは?

ひょっとして話し合いがうまくいかなかった?

そんな心配をするあたしに向かって、お母さんは声を張り上げた。


「何を考えてるの!? この子は!」

「大地、話は全部聞いたぞっ」


・・・・・はい?


話は聞いたって・・・なんの話を??


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