(11)
お父さんと結婚なんかしなきゃ良かった。そう思ってる?
あたし達のことなんか、産まなきゃ良かった。そう思ってる?
そのせいで、自分は不幸になったと思ってる?
そう聞いてみたい。
でも聞けない。怖くて。
それがずっと引っかかってるの。
考えないようにね、してるんだ。
もしも・・・って考えると、色んな事が全て悲しく染まってしまうから。
自分の根底が全部、儚く崩れちゃいそうで。それが怖くて。
でも、澱のように心の奥に沈んで、あたしの気持ちをチクチク突付くの。
『お母さんは不幸なのかもしれない』
その考えが、いつも頭のどこかであたしを責める。
見過ごすことのできない疑問。
でも・・・口に出せない疑問。
「見過ごせないのに口にも出せなくて・・・。辛いんだ」
「その疑問、オレも考えてた」
「え?」
「オレもまったく同じ事、親父に対して思ってるんだ」
「大地・・・」
「辛いよなあ」
大地は畳にダランと足を投げ出して座り、天井を眺めてる。
あたしもマネして天井を見上げた。
自然な木目が、流れる川面のように見える。
緩やかな木の年輪が、あたし達の言葉を聞いてくれる。
なんとなく、テルおばあちゃんの顔に刻まれたシワを思い出した。
「親父さ、母さんが病気になってから苦労したんだ。ほんとに」
「うん。想像つく」
「だから、今回の親父の気持ちも分かるんだ。正しいかどうかは別にして」
「あたしもお母さんの気持ち、分かる」
泣いてたのを見た事ある。
お父さんの位牌の前で、ひっそりと声を殺して。
貯金通帳とか、請求書とか、膝の上に乗っかってた。
大変だったんだと思う。心底思う。
だから、あれほどまでに頑固に反対してる。それほどお母さんは苦労したって事だ。
それほど・・・不幸だったのかもしれない。
後悔してるのかもしれない。自分の人生を。
「お父さんと結婚した事・・・」
「母さんと結婚した事・・・」
「あたし達を産んだ事・・・」
「オレ達がいた事・・・」
「その全部を、後悔してるのかもしれないんだよね・・・」
お父さんとの思い出も。
お姉ちゃんとあたしの誕生と存在も。今までの歴史の全部。
お母さんは否定してるのかもしれない。
お母さんが、お姉ちゃんの結婚を拒絶するたびに・・・
あたしは、自分の存在を拒絶されてる気がするんだ。
『そんな道を選んじゃダメ。不幸になるよ?』
その言葉の裏に、どうしてもあたしは感じ取ってしまうの。
あたしはお母さんの不幸の原因のひとつだって。
お母さん。
もしタイムスリップできたらどうする?
お父さんにプロボーズされた時に。お姉ちゃんやあたしを妊娠した時に。
その時の自分自身に、いったい何て言葉をかけるの?
「それを考えると怖いよね」
「自信が持てないよな」
「うん。自信が無い」
この現状じゃあ、とても自信なんか持てない。お母さんは選んでくれないかもしれない。
お父さんを・・・
お姉ちゃんを・・・
あたしを・・・
―― スパ―――――ンッ!!! ――
突然、すぐ後ろのふすまがえらい勢いで全開になった。
滑ったふすまが壁に激突し、威勢の良い音をたてる。
あたしは驚いて、思わず悲鳴を上げて大地の腕にしがみ付いた。
な・・・
なんて建て付けの良いふすまなのっ!?
・・・じゃなくて!
なにっ!? いったい誰よっ!?
振り向いて見上げた視線の先に・・・
「お、お母さんっ!?」
「親父っ!?」
お母さんとおじさんが、せっぱ詰まった真剣な表情で立っていた。
あ、やっぱり居たじゃん梅の間に。って事をチラリと考えながら、その表情に息を呑む。
なに? この半分怒ってるかのような顔つきは?
ひょっとして話し合いがうまくいかなかった?
そんな心配をするあたしに向かって、お母さんは声を張り上げた。
「何を考えてるの!? この子は!」
「大地、話は全部聞いたぞっ」
・・・・・はい?
話は聞いたって・・・なんの話を??




