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「山神さん・・・」

「はい、なんですかね?」

部屋から出る間際に、お母さんがポツリと言葉を発した。


「私、ずっと以前に主人を亡くしたんです」

「私は、妻を亡くしました」

おじさんも、小さな声で話し出す。


「はい。一海ちゃん達から聞きましたよ」

「小さな子ども二人を遺されて、途方に暮れて・・・」

「お金も無くて、女手ひとつで・・・」

「仕事と家事と子育てと、気が狂いそうに大変で・・・」

「一海は体が弱いし、七海は突飛な事ばかりするしで・・・」

「拓海はお人好しが過ぎるわ、大地はいきなり化粧品に執着し始めるわで・・・」


ちょ、ちょっとお母さん。

突飛な事ばかりって、なによそれっ。

あたし、結構自分なりに頑張ってたつもりなんですけどっ?

周りの人達だって評価してくれてたし。


大地も憮然とした表情でムッと唇を曲げてる。

大地が化粧品に執着したのは将来の夢のためなのに。

亡くなったお母さんの仕事を引き継ぐ、立派な志だ。それなのに・・・


なんだか、なぁ・・・ガッカリ。

親のくせに分かんないのかな? そんな事も。


・・・って考えて、ふと思った。

あたしも分かっていなかったな、お姉ちゃんの事。


家族だからって全てが分かるわけじゃない。近すぎて見えない事もある。

・・・実感だ。

それは別に悪い事じゃなくて、しかたのない、当然の事なのかもしれない。

だからこその家族なのかもしれない。


「一海は体が弱くて、心配で心配で・・・」

「拓海のこれからの人生が、気がかりで気がかりで・・・」

「だから・・・」


だから。

反対したんだ。

出産も結婚も。


息子が、娘が、心配で心配で大切で大切で・・・。

どうしようもなくて・・・反対するより他に、なかった。


わかる。家族だからわかる。

近すぎて見えないもの、近いからこそ分かるもの。

お母さんとおじさんの願い。

お姉ちゃんと柿崎さんの意思。

あたしと大地の望み。


誰しもが精一杯に抱える大事な想い。全てを受け入れて、皆が幸せになる道はあるんだろうか。

こんなにも、お互いを想っているだけなのに。

それが分かっているのに・・・


あたしには何もできない。何かをする力が無い。

それは本当に歯軋りするほどに、辛い・・・。


「家族ってのも人生もねえ、大事なようで、重荷なもんですわ。思い通りにゃならないし。何のひとつも叶えられんしねえ」


テルおばあちゃんが、穏やかな声で話してくれる。

「あたしみたいに家族を亡くした者には、なおさら難しい話ですよ」

慰めるような・・・癒すような声で。

昔語りをしてくれる・・・



あたしの父親も、男兄弟も、旦那も。

ぜーんぶ戦争に持っていかれましたわ。


万歳三唱して、旗振って、おめでとうってお祝いして。

殺されるのを承知で、そうやって戦争に送り出しました。


ひとりも生きて帰りませんでしたわ。


骨すら戻って来やしない。

小さな箱ん中に、名前の書いた紙切れ一枚。

お国のために死んで、おめでとうさんです。

役所の人に、そう言われましたわ。


母親は、あたしの目の前で爆撃でやられて。

姉達は、姪子甥子もろとも防空壕の屋根が崩れて生き埋めになりました。


生き残ったあたしはひとりぼっち。

乳飲み子を抱えてましてねえ。


でも乳が出んのですわ。

食べ物が無くてね。

腹が減って腹が減って腹が減って・・・。乳なんかまあ、出るはずがない。


死に物狂いで食べ物をかき集めようとしたけど、イモすらろくに手に入らず。

子どもは日に日に痩せ細り

どんどん弱っていって・・・


ある日、三回吐いて・・・


死にました。腕の中で。


なんにもできんかったですわ。

なーんにも、何ひとつ。

どんなに願っても想っても、なにひとつ叶えられんかったですわ。


歯軋りして、ただ耐えるより他になかったです。

いつか・・・いつか必ず、と。


いったい何が必ずなのか、それがいつの事なのか。

分かりもせんのに、ただそう願ってましたわ。


それなのに、と言うべきか。

だからこそ、と言うべきか。

今、あたしはこうして生きておりますがね。


いつか必ずと願った事が、果たして叶えられたかどうか。

いまだ答えは出とりませんが。


失ったものは二度と手に入らない。

だから家族を亡くしたあたしに、家族の事は、正直よう分からんです。


こんな学も無い年寄りが知ってる事と言ったら

何よりも大切な命や人間達も

消える時にはあっけないほど、儚く消え去るもんだという事ですわ。


でもね、生きてるからこそ苦しむ。

生きてるからこそ消えるもんなんですわ。

だから、ねえ・・・



「生きてるからこそ、失う前に話し合いもできますから。なんなら何泊かしていきんさい」

「・・・・・」

「拓海君も一海ちゃんも、うちの大事な従業員です。なんぼでも力になりますからねえ」


お母さんとおじさんは、深く深く腰を折り、ずっと頭を下げていた。


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