(5)
「頑固者でもなかったら、駆け落ちなんてせんがね」
「・・・確かに」
「一海ちゃんはね、ちゃんと自分の意思を主張できるさ」
「そう、かな?」
「ああ、それにね・・・」
テルおばあちゃんは、小さな柔和な目でハッキリ言い切った。
「誰かに代弁してもらわなきゃ口にも出せないような意思など、叶えられるはずもないんだよ」
それを聞いてあたしの胸はギュッと痛んだ。
別にあたしを責めている言葉じゃないんだけれど。
何か、大事な事から目を逸らすなと言われてる気がして。
「その程度の意思なら、いっそここで摘まれた方が良い。それぐらい重い問題だからねえ」
「・・・・・」
「自分の力で立てるのが大人さ。そうなるように導くのが家族さ」
「・・・・・」
「他人にはできない事さ。親兄弟がやらなきゃ、誰が果たせる役目かね」
「・・・はい」
「死ぬまで一海ちゃんをおんぶや抱っこできるわけじゃないからねえ」
「はい」
そうだ。そんなわけにはいかない。
手取り足取り、死ぬまで一生世話を焼き続けるわけにはいかない。
そんな事してたら、明らかに変だもの。
お姉ちゃんはもう大人なんだ。
人間は、時間と共に大人になっていく。嫌でもその領分に入っていく。
家族だから助けるのが当然だと思っていた。
ううん、今でも助け合うべきだって考えに変わりは無いけれど。
近すぎたから、その方法を見失ってしまっていたかもしれない。
おんぶや抱っこをするんじゃなくて。
歩くお姉ちゃんの前や後ろから「頑張れ、ちゃんと側で見てるよ」って声をかけるべきなのかな?
もう、そうしなきゃならない時なのかな? だって・・・
お姉ちゃんの隣には、もう柿崎さんがいる。
あたしじゃなくてお姉ちゃんが選んだ柿崎さんが・・・。
正直、それはちょっと寂しい。
ううん。ちょっとどころじゃなく、かなり、ものすごく寂しい。
幼かったあたし達。
弱々しく頼り無げな、お姉ちゃんの微笑み。
寄り添い合って共に生きてきた時間。
それは切なく大切な、かけがえの無い宝物。
なのに・・・
「もう必要ないよ、さようなら」
その言葉を最後に、スルリと手元から抜け落ちて行ってしまう感覚。
でも・・・耐えなければならない。
耐えなければ大人になれない。テルおばあちゃんはそう言った。
あたしも大人になるから。
「歯軋りしながら・・・耐えるべきなんですね?」
「そうだねえ」
「・・・はい」
「大丈夫、大丈夫だよ。七海ちゃんの気持ちは伝わってるさ。なんったって・・・」
テルおばあちゃんが、あたしの手を握って言った。
「あんた達は家族なんだからねえ」
温かいテルおばあちゃんの手。
シワだらけで小さくて、節くれだった指。年輪を重ねた温もりと重み。
手の平から、何かが伝わってくる。
心の中に、しんしんと降り積もるように満たされていく。
「さあ、それじゃあそろそろ「梅の間」に向かいますかねえ?」
テルおばあちゃんがお母さん達に話しかけた。
お母さんとおじさんは俯いて、じっと黙り込んでいた。
寂しげで、悲しそうな・・・どこか辛そうな目をして。
ひょっとしたらテルおばあちゃんは・・・
さっきの話を、お母さん達にこそ聞かせたかったんだろうか。
ふと、そんな気がした。




