(9)
「その手紙はどこ!? 手紙っ!!」
「ここにあるわよ。ほら」
花梨ちゃんが差し出した手紙を、ひったくるようにして奪い取る。
大地が頭をぶつけそうな勢いで覗き込んできた。
ガサガサと便箋を広げて、読んだその内容は・・・
花梨ちゃんへ
突然のお手紙、驚いたでしょう? ごめんなさい。
自宅の方は、きっと大騒ぎになっているでしょうね。
花梨ちゃんにも心配と迷惑をかけている事と思います。本当にごめんなさい。
私は今、拓海と一緒に生活しています。
体調の方も、いまのところ何の問題もありません。
周囲の人達も親切で、新参者の私達にとても優しくしてくださいます。
幸せです。
だからどうか心配しないで欲しい。
母と七海に、そう伝えてくれませんか?
本当は無事に出産するまで、連絡はしないつもりでした。
でもここでお世話になっている方が、家族に連絡だけは絶対にしろと仰るので・・・。
こういう形をとらせてもらいました。
花梨ちゃんの親切心に、どうか甘えさせて下さい。
拓海のお父さんと大地君にもよろしくお伝え下さい。重ね重ね、ご迷惑をお詫びしますと・・・。
どうか心配しないで下さい。
どうか探さないで下さい。
どうか、あたし達をそっとしておいて下さい。
自分の我が侭は充分承知しています。でもそのうえで、どうか、どうかお願いします。
お願いします。
手紙はそれで終わっていた。
連絡先も何も書いてなかった。
お姉ちゃん・・・。
ねえ、お姉ちゃん。あのね・・・なにを・・・・・
「いったい何を言ってんのよ! あんたは!!」
あたしは便箋に向かって大声を張り上げた。
・・・心配するな!?
しないわけないでしょう!?
・・・そっとしておいてくれ!?
できるわけないでしょう!?
これが逆の立場だったら、お姉ちゃんどうなのよ!?
微塵も心配しないわけ!? 言われた通りにほったらかしにしとくわけ!?
できるか! そんなんっ!!
便箋を握り締める手が、わなわなと震える。
溜めに溜め込んでいた様々な感情が、手紙を機に『ぶわ!』っと爆発した感じだ。
鬱屈した心配が、極限を通り越して怒りに変化してしまった。
そりゃね! あたしにだって今回の責任はあるよ!?
思い詰めたお姉ちゃんの気持ちも分かるよ!?
暴君すぎる親の意見の押し付けも良くないよ!?
でもねえ・・・
だからってこれはないでしょうが!
親切にしてくれる周囲の人達がいるから、幸せです!?
・・・なにそれ!?
あたし達は家族でしょうが! 血を分けた実の家族でしょう!?
見知らぬ他人のそばで幸せになるよりも・・・あたし達家族全員のそばで幸せになってよ!!
まだなんにもしてないじゃない!
努力といえるような努力を、なんにもしてないでしょ!?
それなのに、なんでさっさと駆け落ちなんかしちゃったの!?
「それよりも戦えばいいんだよ! 徹底的に!」
あたしは握りこぶしを握り締めて叫んだ。
そうだ! お母さんとおじさんペアに対して、徹底抗戦の構えを見せればいいんだ!
「許さない」っていくら言われたところで、動じなきゃいいだけじゃん!
産みたいんでしょ? 結婚したいんでしょ?
ならギリギリまで、極限まで、最終段階まで・・・戦って意思を貫き通せばいいんだ!
辛い事があるかもしれない。
苦しむ事もあるかもしれない。
もしかしたら・・・
「あの時、親の言うこと聞いときゃ良かった」って心底後悔する日が来るかもしれない。
それでもあたしは、もう一度言う。
お姉ちゃんは、お母さんのお人形じゃない。
それが自分で貫きたいと望む意思なら、貫き通せばいい。
その責任は、全部自分が負いますからって、胸張って宣言すればいいんだ!
ご迷惑がどーの、我が侭がどーのと、そんな非建設的なこと言ってるヒマがあったら・・・
こっち来て、勝つための戦略のひとつも練りゃいいでしょ!?
そうするべきなんだよお姉ちゃん!
鼻を膨らませて興奮してるあたしを、花梨ちゃんはおもしろそうに眺めている。
そして、うんうんと同意してくれた。
「そうねぇ。いくら親が反対したって、当人同士がハンコ押しちゃえばそれで決まりだもの」
「そうだな。法的には何の問題もないしな」
妙に晴れ晴れとした顔をした大地も同意してくれた。




