(6)
そうなんだよ。お姉ちゃんの体が一番心配なんだよ。
なにかあってからじゃ遅いのに。
今、どんな状況なのかどこに居るかも分からない。
お姉ちゃんになにかあったら・・・
もう不安で心配でたまらない!
あたしに魔法が使えたら、今すぐ問答無用でふたりを引き戻すのに!
「仮に今、無事に戻って来たとしても状況は悪いな」
「バカな事しちゃったものねぇ。親の信用ガタ落ちね」
「ただでさえ悪い状況がもう、救いようが無いな」
「駆け落ちなんてしなきゃ、まだ望みはあったのにねぇ」
・・・・・そうだった。
もしふたりが戻ってきても、問題が好転する可能性は無いに等しい。
そしたらお腹の赤ちゃんは? やっぱり、処置・・・?
ど、どうしよう。
いっそ元気で無事にどこかで3年過ごしてもらった方が良いんだろうか?
「その時はその時よ。今それを考えてもしかたないでしょ」
「だな。今は連絡が来るのを待つしかない」
「それか、明日にも泣きながら帰って来るのをね」
「・・・お前、なんか怒ってねえか?」
「怒ってるわよ。心配させる一海さんにも、考え無しに一海さんを連れ出した、あんたのお兄さんにもね」
うん。まったく花梨ちゃんに同感。あたしもすごく心配してるしすごく怒っている。
あたしのせいって引け目もあるし・・・。
お姉ちゃんが今、どんな気持ちでいるのかを思うと不安でならない。
お姉ちゃん、どうか無事でいて。
いろいろ不安を抱えているだろうけれど、とにかく無事でいて。
そして連絡して欲しい。できれば元気な顔で帰ってきて欲しい。
状況、最悪だけど・・・
あたし味方になるよ! 応援するから一緒に考えようよ!
だからお願いお姉ちゃん。どうかどうか無事でいて・・・・・。
あたしは心の中で、何度も何度もそう祈り続けた。
その後、自宅に帰ってお母さんの帰宅を待った。
駆け落ちを報告するなりお母さんは驚きのあまり息を詰まらせていた。
あたし以上にオロオロして、ひたすら慌てふためき、仕舞いには
「七海! なんですぐに教えなかったの!?」
ってあたしに八つ当たりしてきた。
おまけにすぐにも警察に届けようとするし。
内心「一海があの男に誘拐された!」とか騒ぎ出したらどうしよう、って心配してたんだけど。
さすがにその心配は無用だったみたい。
警察に届けるのは、あたしが止めた。
一応、立派な社会人が一日帰って来なかったくらいで、警察が相手にしてくれるかどうか分からないし。
明日、頭を冷やして帰って来るかもしれない。
もしそうなったら、警察沙汰の騒ぎになっていたら色々とまずいだろう。
2~3日の間くらい様子を見た方が良い。
そう説明したら、お母さんは渋々納得していた。
・・・全部花梨ちゃんからの受け売りなんだけどね。
あたしは、その頃にはだいぶ落ち着きを取り戻していた。
落ち込みは激しかったけど。
自分の部屋へ行くと、落ち込みはさらに加速する。
いつもいつも必ずこの場所に居たお姉ちゃんがいない。静か過ぎる物足りない空間。
それが今の非常事態を明らかに物語っていた。
静けさが重い・・・。すごく重苦しいよお姉ちゃん。
不意にスマホが振動した。
あ・・・・・
「もしもし・・・」
『七海か? オレだよ大地。そっちの状況は?』
大地だ・・・。
重苦しい気持ちの時に声が聞けて、あたしの胸が軽くなる。
「うん。いま落ち着いたとこ」
『警察沙汰になってねえか?』
「大丈夫。花梨ちゃんの入れ知恵が有効だったよ」
『そうか、安心したよ』
「そっちの状況は? おじさんの様子、どう?」
『表面上は平気そうな顔してるぜ。内心は動揺しまくりなのがバレバレだけどな』
大地の明るい笑い声が聞こえてくる。つられてあたしも微笑んだ。
「ヤケドの具合はどう?」
『平気平気。一応薬は塗ってるけどな。背中とか塗りにくい所、オレが塗ってやってるんだ』
「そうなんだ?」
『親父の生ケツなんか触ったの、初めてだよ。気っ色悪ぃのなんのってもう!』
つい声を出して笑ってしまう。さっきまであんなに落ち込んでたのに。
大地も元気に笑った。
『あんま落ち込むなよ? 心配なのは分かるけど』
「うん・・・」
『大丈夫。ちゃんとなるようになるからさ』
「うん・・・」
『落ち込むだけ損だぜ? 深く考えすぎるなよ?』
「うん・・・」
『七海ひとりの問題じゃないんだ。抱え込みすぎるなよ?』
「うん・・・」
うん・・・うん・・・
頷くたびに、心が軽くなって温かくなる。安心感を与えてくれる言葉と声。
大地、あたしを心配して電話してくれたんだ。わざわざ。
自分だって平気じゃないだろうに。
・・・嬉しい。
喜びと切なさで胸が一杯になる。
「大地・・・」
『ん?』
「ありがとう」




