(5)
「・・・・・」
「・・・・・」
「・・・・・」
沈黙。
さっき閉店の張り紙を見た時は、とっさに大声が出たけれど。
今回は、もう、衝撃デカすぎて。
突き抜けてしまって逆に落ち着いてしまった。
どう対処すればいいか判断がつかないって事もあるけど。
全員、まず何をしゃべればいいのか、何をすればいいのか、まったく理解不能。
「えっと・・・」
まず花梨ちゃんが口火を切った。手紙を指差して首を傾げる。
「・・・駆け落ち?」
大地があたしと花梨ちゃんを交互に見る。固まった表情で。
大地も突き抜けてしまったのか、妙に落ち着いて見える。
「・・・確かに駆け落ちって書いてあるな」
「一海さんとあんたのお兄さんが? 駆け落ちを?」
「そう書いてあるな」
「しちゃったの? 決行しちゃったって事? 駆け落ちを?」
「そうらしいな」
あたしはその会話を聞きながら、のろのろと頭を回転させる。
えぇっと・・・駆け落ち。駆け落ちね? あれ? ちょっと、ねぇ・・・
「駆け落ちって、なんだっけ?」
あたしの質問に、ふたりが注目する。
「七海ちゃん、駆け落ちは駆け落ちでしょう」
「それって小旅行って意味だったっけ??」
「おいしっかりしろ。現実逃避すんなよ七海」
ふたりに言われて、もう一度頭を働かせる。駆け落ち。それは・・・
親に結婚を反対された男女が、手を取り合って逃避行するっていう事柄よね。
やっぱりそれで正しいのよね?
じゃあ・・・
・・・・・
ええええ――――っ!!!?
「お姉ちゃん、柿崎さんと一緒に家出しちゃったのおっ!!?」
手紙を引っ掴んで食い入るように読んだ。
書いてある! 確かに駆け落ちって書いてある!
その事実にあたしはようやく本気を出して慌て始めた。
「どうしよう! お姉ちゃんがいなくなっちゃった!」
「ああ、そうだな」
「どこに行ったの!?」
「オレだって分からねえよ」
「分からないって、それじゃどうすんのよ!?」
ああぁぁぁ・・・
本当にどうしよう! あのお姉ちゃんが家出しちゃった!
しかも駆け落ちなんて思い切った行動するなんて! いくら結婚を反対されたからってそんなあ!
とてもこれが現実の事とは思えない。
夢見てるわけじゃないよね? 集団催眠とか。
恋をすると、脳内にドーパミンが大量放出されるって聞いた事があるけど。
・・・恐るべしドーパミン!
ひたすらオタオタするあたしの横で、大地が深い深い溜め息をついた。
「兄貴、やたら暗い、思い詰めた顔してたもんなぁ・・・」
「就活してんのかと予想したけど、外れたわねぇ」
「そういう、ポジティブな方向に向かうタイプじゃねえんだよ。ウチの兄貴は」
「ある意味ポジィティブよ。前後の見境の無さは七海ちゃんといい勝負ね」
「ちょっと花梨ちゃん! なに冷静に状況分析してんのよ!」
駆け落ちだよ!? 駆け落ち!! 小旅行に行ってるわけじゃないんだからね!?
そこんとこ分かってるの!? ちゃんと現実見えてる!?
「あたしだって心配してるわよ、これでも。なんせあの一海さんだもの」
花梨ちゃんのその言葉に、あたしの不安と焦燥感はさらに倍増した。
そうなんだよ! なにせあのお姉ちゃんなんだよ!
自宅と病院と、近所のスーパー以外の世界をほとんど知らないお姉ちゃん。
そのお姉ちゃんが、いきなり社会に放り出されてしまった!
体調だって、すぐ崩すのに! しかも今、お腹の中に赤ちゃんがいて・・・
それが身体にどんな影響を及ぼすのか分からないのに!
手紙に何度も書かれている謝罪の言葉。
『七海、ごめんね、ゆるしてね』
お姉ちゃんの顔が浮かぶ。そういえば何度もそう言ってあたしに謝っていた。
あの謝罪はこういう事だったの? もうすでに駆け落ちする事を密かに決めていたの?
・・・・・お姉ちゃんのバカ!!
こんなに心配させて!! 謝っても許してあげないから!!
「しかも一緒に行動してるのがウチの兄貴ときたもんだ」
大地が呻くような声を出す。
「あんたのお兄さんも現実適応能力は低そうね」
「ああ。自慢じゃないけど低い」
「感情と義憤で突っ走ったわけか。ホント七海ちゃんといい勝負」
「ろくに金も持ってないはずなのにな・・・」
「ちゃんと生きていけるの? 今日から」
「・・・断言も安心もできない」
ぜ・・・前言撤回!
今すぐ許すから、帰ってきてお姉ちゃん―!!
そもそもあたしが余計な事して追い詰めちゃったんだもん。許すも許さないもないから!
「そこまで心配しなくても大丈夫よ、七海ちゃん」
この中で一番冷静な花梨ちゃんが、そう言って肩をすくめる。
「生きてけないと分かった時点で、すぐ帰ってくるでしょ。そこまでふたりはバカじゃないわよ」
「バカじゃないけど方向オンチだよ!? 帰って来れる!?」
「兄貴がいるんだからその点は大丈夫だろ」
「ドーパミンの分泌も3年以内で切れるらしいしね」
「3年も帰って来なかったらどうすんの!?」
「だからその前に帰ってくるってば。・・・ただ」
花梨ちゃんが難しい顔で腕を組んだ。
「不安要素は、一海さんの体調よねぇ・・・」




