(6)
「逃げ出したなんて大げさな。ちょっと後退しただけなんでしょ?」
「でもあたし、すごく傷ついたんですケド・・・」
王子様の事もだけど、あの時のお母さんの仕打ちも、あたし一生忘れないと思うっ。
「七海ちゃん、識別不能なくらいヘドロまみれだったんでしょ?」
「そうらしいけどさぁ」
「おばさんにしてみれば、ほとんどSF映画の世界だったろうなぁ」
そうみたい。
なんかもう、『これをいったい、どうしようか!』しか頭になかったって。
だからお礼を本人に言うのが精一杯で、名前を聞くどころじゃなかったって。
はあぁぁ・・・
お母さんがちゃんと対応していてくれたらなあ・・・。
あの後、バタバタとお母さんに病院に連れて行かれて。
胃洗浄とか、いろいろ処置されて。
でもやっぱりお腹こわしちゃったり熱出したりして。
なかなかに、あたし自身も大変だったんだけど・・・。
落ち着いてくるごとに彼の事が頭に浮かんで離れない。
名前も知らない王子様の事を、何度も何度も繰り返し思い出していた。
幼い胸を、きゅっと熱く締め付けながら。
どうしても彼に会いたくて、その後ずいぶん探した。
たぶん近所の中学生だろうと当たりをつけて。近くの中学に、放課後毎に通いつめた。
今日、会えなかった。
明日は会えるかも。
それとも別の学校に行ってみようか。
そしたら会えるかもしれない。
きっと・・・きっと明日こそ!
「ほとんどストーカーだったよね、七海ちゃんって危険人物」
「人を犯罪者みたいに言うなっ」
親友の切ない恋物語を、過去の未解決事件みたいに言わないでよ!
「あたしまで付き合わされて散々だったし」
「どうしても会いたかったの!」
「幼児がそこまで執着するのも、たいしたもんよね」
「だって運命の相手なんだもん」
ホゥ、と熱い溜め息をつくあたしに花梨ちゃんは冷静な態度。
「運命でもどーでもいいんだけどさ。何度も何度も繰り返し、同じ話はいい加減ヤメてよ」
「いいじゃんそれくらい。親友でしょ」
うんざりっぽい表情で花梨ちゃんが溜め息をついた。
だって、さー・・・。
やっぱり、特別なんだよ。どうしても忘れられないの。
いつも心の片隅に彼は存在してて。
あたしの恋心を独占し続けてきた。
儚い夢を、いまだに諦められない。
いつか、いつかどこかで彼と再会して、いつかきっと運命の恋がかなう夢を。
クラスの男の子や学校の先輩。
カッコイイ!って評判の、女子がさわぐ男の子たち。
そんな男の子たちと出会いながらも、あたしは同じ夢を見続ける。
ずっと・・・
彼を
彼だけを。
一生忘れない、忘れられない
でも、名前すら知らない
大切な大切な、彼だけを―――。
切なくて、儚くて
ちょっぴり悲しい・・・
あたしの恋・・・。