(13)
心で理解する・・・。
「七海ちゃんは、もう理解してるはずだけど?」
「え?」
「だって毎日王子様の隣にいながら、大地を好きになったんでしょ?」
「・・・・・」
そう言われると胸がズキンと痛む。自分の不実を責められているようで。
ううん。違う。責め「られてる」んじゃない。
自分が許せなくて、自分で自分を責めてるんだ。
あたしの恋する相手は大地で。
柿崎さんは、憧れの人。
それはまったく別物って事なんだろうか?
難しすぎてよく分からないよ。
ハマチとブリって言われても、両方おいしい魚ってぐらいの認識しか無いし。
ただ、本当の柿崎さんの事を知らなかったって事実は、理解できる。
実際、これから知ろうとしてたところだったし。
あたしの事も、これから知って欲しいと思ってた。
お互い知り合う前に・・・あたしは大地の事を知ってしまった。
そして惹かれて、恋をした?
「柿崎さんと一緒に過ごすうちに、もしかしたら本当の恋になってたかもしれないけれど・・・」
「・・・・・」
「そうなる前に、七海ちゃんの心が大地を選んでしまったんだよ」
「大地を、選んだ・・・」
「自分の恋する相手としてね」
大地・・・。
あたしが本当に恋する相手。
・・・じゃあ。
じゃあ、じゃあ。
「花梨ちゃん・・・」
「なに?」
「あたしのこの10年って、いったい何だったんだろ?」
ほんとに、なんだったのいったい?
柿崎さんを王子様と崇め続けて10年間だよ10年間。
まだ花梨ちゃんの言葉を全て理解できたわけじゃないけど。けど、それじゃあ・・・
こんなにも長期間、あたしは偽者を大事に抱え込んでたって事?
大切に大切に心の中で温めてたって事? 孵るはずのない卵を?
うわ・・・これは・・・
ショックだ。
あたし、今かなり衝撃なんだけど。
「家宝の掛け軸が、実は3千円くらいのコピー商品でしたってのと同じくらい、衝撃だよ」
「そういうのって、ある意味ただの自己陶酔だからねぇ」
「・・・・・」
「夢から覚めた時のギャップってデカイもんなのよね」
あぁ・・・ほんとにデカすぎ。
おかげで今までの歴史が、根底から崩れ去ってる。
他人には笑い話かもしんないけど、当の本人にはのっぴきならない状況だわ。
「あたしの10年は、まるきり無意味な10年間だったわけ?」
無精卵を抱き続けるメンドリよりバカじゃん。
バカ以外に表現のしようがないくらい、純粋にバカじゃん。
どうしよう、あたしってかなりバカだわ。
「バカとは思わないけどな。恋や憧れって誰しもそういう部分があると思うし」
「でもあたし今、痛烈に自分が悲しいよ・・・」
「誰に迷惑かけたわけじゃないし、幸せな10年だったなら、それはそれで価値があると思うよ」
「幸せでは・・・あった」
確かに。幸せだった。
夢見る時間は最高に幸せだったよ。
誰にも邪魔されない、決して崩れる事のない、完全な時。
完璧、パーフェクトな王子様。その人があたしの運命の相手・・・。
素晴らしい夢の時間。でもいつか夢は醒めるもの。
そしてあたしは、ついに目覚めてしまった。
目覚めたあたしの目の前には・・・
「一海さんに恋する、大地の姿があったと」
「・・・・・」
「七海ちゃんも、つくづく因果な性質だよね・・・」
花梨ちゃんの同情気味な声に、あたしはガクッと脱力する。
そーなのよ。そこなのよー。
完璧な夢の中でさえ、お姉ちゃんは壁となって立ちはだかって。
目覚めてさえも立ちはだかってる。
お姉ちゃんってなんなの? ラスボス?
「七海ちゃんにとって一海さんは、庇護すべき対象だったのにね」
「うん」
それが良いか悪いかはともかく、お姉ちゃんを可愛そうだと思ってた。
だから守ってあげなきゃって思ってた。
それが今じゃ、全然立ち位置が違っちゃってるというか。
羨望の対象だよ。
っていうより本音で言うと・・・嫉妬の対象。
ジリジリと焼けるようなこの不快な感情は、やっぱり嫉妬と呼ぶものだと思う。
「七海ちゃんが一海さんに嫉妬、かぁ・・・」
「まさかこんな日が来るとは思わなかった」
「人間って、明日どうなるか分かんないね」
うん。花梨ちゃんの言葉にまったく同感。
お姉ちゃんは、確かに虚弱で、間違いなく色々と不遇だった。
一般的に言うなら、変な例えかもしんないけど「負け組」って部類に入ってたのかもしれない。
それが今では、あたしのラスボス?
それなら完全な「勝ち組」だよね。
お姉ちゃんは前途洋々なのに、あたしはお先真っ暗だもの。




