(12)
物置小屋裏の秘密のスペース。
その安息の場で、あたしは堰を切ったように話した。
ダムの決壊みたいに、どどーっと言葉と感情があふれ出す。
花梨ちゃんはあたしの感情の放流を黙って受け入れてくれた。
時折、うーんうーんと唸り声のような声で、納得したようにうなづきながら。
「花梨ちゃん、あたし自分が情けなさ過ぎるよ」
「うーん・・・」
「あたしには、柿崎さんって永遠の王子様がいるのに」
「うーん・・・」
「しかも実の姉から、その柿崎さんを奪い取ろうとしていた真っ最中だってのに」
「うぅーん・・・」
なのに、なのに別の人に恋しちゃった。あっさりと心変わりしちゃったんだ。
なんて不実。不誠実。
移り気女。浮気女。尻軽女。最低女。
それらの全てがあたしに当てはまる。ほんっとに、あたしって・・・。
「こうなる事が分かってたから、あたし反対したんだけどねぇ」
花梨ちゃんの、あーあ、しょーもないって声。
あたしは両腕で抱え込んでたヒザ頭から、押し付けてた両目を離した。
「分かってた・・・?」
「うん」
「あたしが大地を好きなる事を知ってたの?」
「いや、さすがに七海ちゃんがそんな悪趣味だとは知らなかったけど」
花梨ちゃんは「けっ、あんな男のドコが・・・」て呟いてあたしをチラリと見た。
・・・ホントに大地のこと毛嫌いしてんだね・・・。
あの出会いじゃしかたないけど。
「七海ちゃんが、本当の恋をした時に苦しむだろうとは思ってた」
「本当の、恋って・・・?」
あたしは柿崎さんに、もうすでに本当に恋してたよ?
10年もの間、忘れられないぐらい真剣な本当の恋を。
「うーん、七海ちゃん気付いてなかったもんね」
「なにを?」
「自分が、恋に恋してる状態だった事」
恋に、恋・・・?
なに、それ??
目をパチパチさせてるあたしを見つめながら、花梨ちゃんはゆっくり話し出す。
七海ちゃんてさ・・・
10年の時間をかけて、自分の理想の王子様を作り上げてたんだよ。
ほんの一時しか会わなかった相手を、「きっとこんな人だ。きっとこうに違いない!」って思い込んで。
出会った時が幼くて衝撃的だった分、その呪縛から逃れられなかったんだね。
でも当然、それは本物の柿崎さんじゃない。
七海ちゃんの王子様ではあっても、それは決して柿崎さん本人じゃない。
会う事すら叶わなかった人間の本質なんて、分かりようがないじゃない。
そんな、どんな人間かも分からない相手に、本当の恋ができると思う?
それは憧れだよ。
七海ちゃんは、理想の王子様に憧れたんだ。
しかも、奇跡的に再会まで果たして。
しかもしかも、自分の姉が恋敵なんて悲劇的な設定になっちゃって。
ある意味、確かに運命的よね。
だから強烈過ぎて、判断がつかなかったんだ。憧れを運命の恋だと思い込んじゃった。
で、お得意の突っ走りが始まっちゃった。
でも、いつか現実に気がつく時が来る。
やみくもに突っ走った先で、呆然と立ちすくむ時が来る。
その時に残るのは・・・
自分の姉を傷つけたという、事実だけ。
あの大地ってヤツなら、それでも自分自身を納得させる事もできそうだけど。
七海ちゃんはそういうタイプじゃないもの。苦しんで、悩んで、自分を責め続ける。
きっとそうなるだろうと思ってた。
そんな事態、あたしはとても納得できなかったし。
だから応援はできない、やめろってハッキリ断言したの。
「それでも七海ちゃんは、突っ走る道を選んだけどね」
「花梨ちゃん・・・」
「本人が選んだ以上、あたしにはどうしようもできなかったから」
「・・・・・」
「まぁ、最後には味方になろうと思ってたけどね」
あたしは呆然としてしまって、軽い混乱状態だった。
あたしの柿崎さんに対する気持ちが、恋じゃなかった?
この10年にも及ぶ熱い感情が? 恋じゃなくて、憧れだったの??
そんな・・・
そんなバカな。
あたしはますます混乱する。
どういう事なんだろう? それってどういう意味なんだろう?
そもそも恋と憧れって違うの?
「恋と憧れって同じじゃないの?」
「似て非なる物よ」
「どんな風に??」
「ハマチとブリみたいなもんかな?」
「ハマチとブリって、なに???」
「出世魚」
「・・・花梨ちゃん、全然分かんないだけど」
「こーゆーのは理屈じゃないの。心で理解するもんだから」




