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物置小屋裏の秘密のスペース。

その安息の場で、あたしは堰を切ったように話した。

ダムの決壊みたいに、どどーっと言葉と感情があふれ出す。


花梨ちゃんはあたしの感情の放流を黙って受け入れてくれた。

時折、うーんうーんと唸り声のような声で、納得したようにうなづきながら。


「花梨ちゃん、あたし自分が情けなさ過ぎるよ」

「うーん・・・」

「あたしには、柿崎さんって永遠の王子様がいるのに」

「うーん・・・」

「しかも実の姉から、その柿崎さんを奪い取ろうとしていた真っ最中だってのに」

「うぅーん・・・」


なのに、なのに別の人に恋しちゃった。あっさりと心変わりしちゃったんだ。

なんて不実。不誠実。

移り気女。浮気女。尻軽女。最低女。

それらの全てがあたしに当てはまる。ほんっとに、あたしって・・・。


「こうなる事が分かってたから、あたし反対したんだけどねぇ」


花梨ちゃんの、あーあ、しょーもないって声。

あたしは両腕で抱え込んでたヒザ頭から、押し付けてた両目を離した。


「分かってた・・・?」

「うん」

「あたしが大地を好きなる事を知ってたの?」

「いや、さすがに七海ちゃんがそんな悪趣味だとは知らなかったけど」


花梨ちゃんは「けっ、あんな男のドコが・・・」て呟いてあたしをチラリと見た。

・・・ホントに大地のこと毛嫌いしてんだね・・・。

あの出会いじゃしかたないけど。


「七海ちゃんが、本当の恋をした時に苦しむだろうとは思ってた」

「本当の、恋って・・・?」


あたしは柿崎さんに、もうすでに本当に恋してたよ?

10年もの間、忘れられないぐらい真剣な本当の恋を。


「うーん、七海ちゃん気付いてなかったもんね」

「なにを?」

「自分が、恋に恋してる状態だった事」


恋に、恋・・・?

なに、それ??

目をパチパチさせてるあたしを見つめながら、花梨ちゃんはゆっくり話し出す。



七海ちゃんてさ・・・

10年の時間をかけて、自分の理想の王子様を作り上げてたんだよ。


ほんの一時しか会わなかった相手を、「きっとこんな人だ。きっとこうに違いない!」って思い込んで。

出会った時が幼くて衝撃的だった分、その呪縛から逃れられなかったんだね。


でも当然、それは本物の柿崎さんじゃない。

七海ちゃんの王子様ではあっても、それは決して柿崎さん本人じゃない。


会う事すら叶わなかった人間の本質なんて、分かりようがないじゃない。

そんな、どんな人間かも分からない相手に、本当の恋ができると思う?


それは憧れだよ。


七海ちゃんは、理想の王子様に憧れたんだ。


しかも、奇跡的に再会まで果たして。

しかもしかも、自分の姉が恋敵なんて悲劇的な設定になっちゃって。

ある意味、確かに運命的よね。


だから強烈過ぎて、判断がつかなかったんだ。憧れを運命の恋だと思い込んじゃった。

で、お得意の突っ走りが始まっちゃった。


でも、いつか現実に気がつく時が来る。

やみくもに突っ走った先で、呆然と立ちすくむ時が来る。

その時に残るのは・・・


自分の姉を傷つけたという、事実だけ。


あの大地ってヤツなら、それでも自分自身を納得させる事もできそうだけど。

七海ちゃんはそういうタイプじゃないもの。苦しんで、悩んで、自分を責め続ける。


きっとそうなるだろうと思ってた。

そんな事態、あたしはとても納得できなかったし。

だから応援はできない、やめろってハッキリ断言したの。



「それでも七海ちゃんは、突っ走る道を選んだけどね」

「花梨ちゃん・・・」

「本人が選んだ以上、あたしにはどうしようもできなかったから」

「・・・・・」

「まぁ、最後には味方になろうと思ってたけどね」



あたしは呆然としてしまって、軽い混乱状態だった。

あたしの柿崎さんに対する気持ちが、恋じゃなかった?

この10年にも及ぶ熱い感情が? 恋じゃなくて、憧れだったの??

そんな・・・


そんなバカな。


あたしはますます混乱する。

どういう事なんだろう? それってどういう意味なんだろう?

そもそも恋と憧れって違うの? 


「恋と憧れって同じじゃないの?」

「似て非なる物よ」

「どんな風に??」

「ハマチとブリみたいなもんかな?」

「ハマチとブリって、なに???」

「出世魚」

「・・・花梨ちゃん、全然分かんないだけど」

「こーゆーのは理屈じゃないの。心で理解するもんだから」

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