(10)
「いやあ、まいったよなあ」
突然大地が口を開いた。
「まさか、こんなウワサが立つとは思わなかったよなあ」
「・・・・・」
あたしは返事もできず、うな垂れたまま。
「よりによって、お前とオレだぜ? お前とオレ」
「・・・・・」
「こりゃもう、笑うしかないだろ」
「・・・・・」
キュッと、あたしは唇を噛んだ。
『よりによって』
『笑うしかない』
・・・こっちのセリフなんだよ。それは。
その言葉があたしにとって、どれほどの意味を持つか、大地は知らない。
そして、それを大地に伝えるわけにはいかないんだ。
「おい~、なにもそんな不機嫌そうな態度とる事ねえだろ?」
「・・・・・」
「別にオレがウワサ流したわけじゃねえんだし」
ずっと下を向いたまま、無言で歩き続けるあたしを見て大地は怒ってると思ってるらしい。
それでいい。
そのままカン違いしたままでいて。
あたしの本当の気持ちに、気付かないで・・・。
「とにかくあれだな。オレ、当分店には行かねえから」
「・・・っ!?」
思わず顔を上げて大地を見た。
「しばらくおとなしくしてないと、またチクられる」
「・・・・・」
「親呼び出しはマズイだろ。やっぱ」
こめかみを指先でぽりぽり掻きながら、大地は渋い顔をしている。
「本当にいい迷惑だな。こんなウワサは」
大地・・・。
大地が、お店に来なくなっちゃう。
大地に会えなくなる。
大地に・・・会えない・・・。
「一海さんに・・・しばらく会えないな」
寂しそうな声で、大地がぽつりとこぼした。
あたしの胸がぎゅううっと押し潰される。
息が苦しい。こんなにも切ない。
・・・泣きたい。
でもどうにもできない。泣くわけにもいかない。
痛みも苦しみも悲しみも、全部受け入れるしかないんだ。
・・・・・どうやって?
「念のため、今から別行動しようぜ。オレは教室片付けるからお前は調理室を頼む」
じゃあまた、そのうちな。
吹っ切るようにそう言って、大地は片手を上げて走り出した。
あたしはその背中をその場で見送る。
こっちを振り向きもしない、大地の背中を。
大地の心の中は今、お姉ちゃんの事で一杯。
お姉ちゃんに会えない寂しさと切なさで一杯。
あたしの方を振り向く気持ちなんて、カケラも無い。
無いんだ・・・。
大地は廊下を曲がって姿が見えなくなるまで、ついに一度もこっちを振り向かなかった。
手すら振らない。
その現実に、あたしは放心したように立ち尽くしたまま。
泣きたいの。泣きたいのに・・・
情けなさ過ぎて、涙も浮かばなかった・・・。




