(9)
「告白だとか、見つめ合うとか。そんなのただのカン違いです。完全な誤解なんすよ」
淡々と話し続ける大地。まるっきり普通に、落ち着き払った声で。
動揺も、照れも、そんなのみじんも感じられない。
ただのカン違い。
完全な誤解。
大地の吐き出す言葉が、まるであたしに向けられているように感じられるのはなぜだろう?
その言葉ひとつひとつが、まるで突き刺すように胸に響くのはなぜなんだろう?
「オレにだって一応、好きな相手くらいはいます。でも断言します。それは桜井じゃない」
ズキンッ!
心臓が激しく痛んだ。
ザアァッと全身が一気に冷えた。体中に冷たくなってしまった血液が巡る。
・・・悲しい、の?
あたし、悲しんでる?
大地が好きな人は、あたしじゃないって言葉に悲しんでるの?
そんなこと・・・そんな事、最初から分かりきってる事じゃないの。
なのになんであたし・・・
「なのにこんなウワサになって。マジで迷惑っすよ」
あたしはヒザの上で、ギュッと両手を固く握りしめた。
そうやってなんとか耐えた。大地の言葉に。
襲ってくる悲しさと寂しさに。
苦しさと切なさに。
切ない。あたしは切ないんだ。
なぜ?
・・・それは、大地が好きな相手があたしじゃないから。
その事実が悲しくて寂しくて苦しいんだ。
どうして?
・・・それは・・・・・
あぁ・・・うん、そうなんだよ。
そうなんだ。認めよう。もう認めてしまおう。
それは・・・
― あたしが、大地に恋してるからだ ―
あたしは大地が好きなんだ。
大地と一緒の時間を過ごしているうちに、どんどん惹かれていった。
そして完全に恋してしまった。大地という人間に。
今までこんな事は無かった。
どんなに素敵なクラスメイトがいても、どんなにカッコイイ先輩がいても・・・
心惹かれる事なんか一度も無かった。
あたしには柿崎さんがいたから。
永遠の王子様が心の中に住み着いていたから。
たったひとりの人を思い続ける自分が誇りだったから。
自分でも認められなかった。認めたくなかったんだ。
でも・・・
大地は、そんなあたしの心の中に入り込んでしまった。
あたしは大地の事を好きになってしまったんだ。
どうしよう。なってしまった。
もう完全に好きになってしまっている。
最初のうちに諦めるとか、途中で気を紛らわせるとか、もうそんな段階を超えてしまっている。
認めたくなくて見ない振りしてたせいで、その時期を逃してしまった。
完全に、完璧に、大地が好き。
あたしのお姉ちゃんに恋してる大地が。
さんざん『柿崎さんがあたしの運命の人よ』って告白した大地が。
その恋を応援してくれてる大地が。
カン違いだって、誤解だって、迷惑だって言ってる大地が。
あたしは、好きなんだ・・・・。
「じゃあ今回の件は、根も葉もない、ただのウワサなんだな?」
「そうっすよ。ただのウワサですよ」
「桜井もそうなんだな?」
「・・・えっ?」
心の中の嵐に翻弄されているあたしに、急に先生が返答を求めてくる。
「お前は柿崎に対して、恋愛感情は無いんだな?」
「あ・・・・・」
突然に突きつけられる選択の余地の無い質問。あたしはうろたえ、視線を泳がせる。
隣の大地の視線を感じる。
先生たちは黙ってあたしを見ている。
この、この状況で・・・
「・・・はい。ありません・・・」
そう言うしか、ないじゃないの・・・。
あたしは俯いて、大地の目の前ではっきりとそう言い切った。
「よし、それならいいんだ。忙しいのに時間とらせて悪かったな」
「ふたりとも戻っていいわよ」
「はい」
明るい表情の先生達に会釈して、あたしは大地と一緒に進路指導室を出た。
そしてお互いに無言で廊下を歩き続ける。
・・・重い。体も、心も。
ここへ来る時に抱えていた感情とは、別の重苦しい感情が心を占めている。
隣の大地の存在が、辛い。
明るいヤツ。楽しいヤツ。頼れる同士、戦友。
なのに今までとはまったく違ってしまった、この存在感。
違ってしまったんだ。もう・・・。
あたしは大地の事が好きだから。
それが、とてつもなく悲しい。
悲しくて、自分でもこの感情をどうすればいいのか分からない。
分からないよ・・・。




