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そうだよ、そこが重要なとこなの!

シャツの一枚や二枚、気にするとこじゃないの! 物事は大局を見ないとダメでしょ!


「ドブに落っこちた少女を引っ張り上げて、ハイ、さよならってわけにいかないでしょ? 家まで送らなきゃ」

「そーだよっ。彼は家まで送ってくれたんだからっ」

「ガン泣きしてたら住所も聞き出せないしね。なだめるためには抱っこくらいするって」

「抱っこじゃない! 抱きしめられたのっ!」


そうなんだ。

抱きしめられたんだ。

生まれて初めて、男の子に。

そして彼は、泣き止んだあたしをおぶって家まで送ってくれた。


細身だけれど、すごく安心できた背中。指先や胸に伝わってくる、彼の体温。

ときめく胸に、とまどうあたしの心。

すごくすごくリアルに覚えている。強烈すぎる思い出。恋心。


彼も覚えていてくれるかしら。

ううん! 絶対覚えてくれているはず!

このあたしの事を・・・!


「そりゃ忘れられないでしょ。犬や猫ならともかく、ドブで子ども拾うなんて体験しないもの。普通」

「悪かったね・・・」

「で、王子様は家まで送ってくれたんだよね」

「うん」

「それでそのまま、サヨナラしたわけだ」

「・・・・・うん」


そうなの。それでサヨナラだったの。

ろくにお礼も言えなかった。名前も、聞けなかった。

『王子様』とか『彼』とかしか呼べないのは、名前を知らないから。

あたしは、自分の初恋の人の名前すら知らないの。


あの日以来

この十年間

忘れたことはないのに。

鮮明に夢を見続けているのに。

彼に恋し続けているのに・・・。


「普通、恩人の名前くらい聞くけどね」

「そーだよねっ!聞くよねっ?普通っ!」


お母さんが悪いんだよっ! そんな大事なこと聞き忘れるっ?! 

いい大人がさーっ!


「しかたないよ。おばさん、ものすごく驚いてたんでしょ?」

「それはそうなんだけどさー!」


実際お母さんの驚きようったら、たいしたもんだった。

今でも時々、思い出すたびに話すの。


『ある日、見知らぬ少年が見知らぬ物体を連れて現れた』って・・・。


黒なんだか緑なんだか、わけ分かんない色のドロドロに埋もれた物体。

その物体が我が子だと理解した瞬間、パニックに陥ったらしい。

どれくらいパニクッてたかっていうと・・・

泣いてしがみつこうと近づいてきた我が子を見て、悲鳴を上げて逃げ出したくらい・・・。


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