(8)
そこでおとなしく身を引かないと、親呼び出し。
わりと事態がデカイ事になってしまう。
だから大抵は別れた振りして、ほとぼりが冷めた頃にまた付き合ったりするけど。
冷却期間の間に、ホントに冷めたり浮気したり。
愛の終わりになるケースも多々ある。
それをおもしろがって、チクるんだ。
・・・引っかかったよ。チクられたんだ。あたし達。
お店の手伝いに行くために、ずっと一緒に下校してたし。
出張カフェの件で、さらに最近はずっと一緒だったから。
勘ぐった連中がわざとウワサを流したんだ。
あたしは内心で舌打ちした。
ちっ。まったく誰よ、こんな事したの! 性格悪いっつーか、心が貧しい人間よね!
そんなに人の恋愛や幸せを邪魔したいの!?
・・・・・。
べ、別にあたしと大地は付き合ってるわけでもなんでもないんだけどさ!
ただ、カン違いでこんな事されたら迷惑なのよっ。
「どうなの? 桜井さん」
先生が探るような目で聞いてきた。
「どうって・・・」
「付き合ってるの?」
「いや、それは・・・」
「あなた達、この前印刷室にこもっていたわよね? ふたりきりで」
「あ・・・」
あたしは口をパカッと開けて、顔を赤くした。
や、やだ先生ってば。
あたしと大地が、印刷室でそーゆー行為に及んでいたんじゃないかって疑ってるの?
や、やだやだもうっ!
あたし達、そんな恥ずかしい行為なんて・・・。
・・・・・。
や、やだやだやだっ!!
思わず想像しちゃったじゃないの!
あたしは、チラリと隣の大地を盗み見た。真面目な顔して先生たちに向かい合ってる。
制服に包まれた、体格の良い男っぽい体つき。
・・・この腕にあたしが包み込まれて・・・。
胸が、どきんと鳴った。
ますます顔が赤くなり、もじもじしてしまう。あたしは慌てて大地から視線を逸らした。
「それにね、桜井さん」
「は、はい・・・?」
動揺を悟られないよう、必死に平静を取り繕う。
先生は頬に手を当て、小首を傾げて質問を続けた。
「こんな話も聞いたんだけれど」
「どんな話ですか?」
「桜井さんが廊下のど真ん中で、『あたしは柿崎君が好き!』って告白してたって」
「・・・・・」
「たくさんの生徒から証言が得られたんだけれど」
あ・・・・・!
ああぁ・・・!
あの、書類記入してた時の絶叫の事っ!?
いやあれは、柿崎「君」じゃなくて「さん」だったでしょ!?
微妙に違うから!
あれ、あたしが大地に告白したって風に受け取られたわけ!?
あたしの顔は、さらにカアァ!っと赤く染まった。
「それに対して柿崎君も、『あぁ分かっている』って深く頷いて、ふたりは見つめ合っていた・・・とか」
ななななんなのそれぇ!?
その、ものっすごい脚色はなに!? どこのロマンチストがそんな恥ずかしい事を・・・!
あたしは口をパクパクさせて、真っ赤な顔でロコツに動揺する。
だってそんな、その状況はちょっと・・・。
あたしが、あたしが大地に告白して?
大地が『分かってる』って?
そんで、ふたりで見つめ合っ・・・
は・・・恥ずかしいいぃぃ―――!!!
もう顔も上げられない。
あたしの顔、真っ赤っ赤になっちゃってる。
心臓はドキドキして、額の辺りに汗が浮かんでる。
この動揺の仕方ってマズイよね? あたし完全に認めちゃってるよね?
そんな! 違うのよ先生!違うの!
そーゆー事じゃなくって・・・!
「違います。そういう事じゃありません」
ものすごく落ち着いた声が聞こえた。あたしは気抜けしながら隣の大地を見る。
こっちの動揺の度合いに比べて、大地は顔色ひとつ変えてない。
冷静そのものの表情だった。
「オレが桜井と一緒にいるのは、兄貴の店の事情があるからです。恋愛感情からじゃないっすよ。全然」
頭にのぼっていた血がスッと音を立てて引いた。
指先までドキドキしていた鼓動が一気に鳴り止む。
そう・・・
そうだよ。その通りだよ。
恋愛感情なんかじゃないんだよ。全然。
大地の言う通り・・・。
言う通りなんだけど・・・。
興奮した感情に満たされてた体に、別な感情が入り込んでくる。
冷たくて、静かで。
・・・寂しさにも似た感情が。




