(4)
「心配ない。大丈夫だから」
あたしの緊張を肌で感じたのか、大地がそう言った。
ううん、心配してるわけじゃないの。そうじゃなくてただ・・・。
ただ、あたしは・・・。
優しく頬を滑る大地の手の平。
太くて長い指先は、意外なほど滑らかに動く。
しっとりと潤った肌の上に、軽やかに踊るフェイスブラシ。極薄のパウダーが均一に塗られる。
淡い淡い、桜色のチークが頬骨に。
そして明るいブラウンのアイライン。
ビューラーでクルンと上げたまつ毛に、透明なマスカラ。
ピンクの色つきリップクリーム。
唇の真ん中に、ちょっとだけグロスを重ねて。
どきどきする胸を抱えながら、あたしは徐々に魔法のような指に魅了されていった。
「よし、終わったぞ・・・どうだ?」
大地が鏡をテーブルに置いた。
あたしは開かれた卓上ミラーを覗き込む。
「うわあ・・・」
すごいっ。
すごくナチュラルで、一見スッピンにしか見えないのに・・・。
肌のキメや透明感、綺麗度が全然違う!
目もパッチリしてて、いつもより大きく感じる!
唇も、すごく血色良くて健康的!
なんていうか、全体的にイキイキしてキラキラして・・・
可愛い!って印象!
うわあ、うわあ、うわあぁぁ~~!
あたしは自然に顔がほころぶのを止められない。
嬉しい! すごく嬉しい!
「どうだ?」
「すごい! 大地ありがとう!!」
「気に入ったか?」
「うん! すっごく!!」
あたしのはしゃいだ感謝の声を聞いて、大地もあたしに負けないぐらい笑顔になった。
「本当にメイクってすごいね! あたしが可愛く変身しちゃったよ!」
鏡に張り付くようにしているあたしに大地は笑う。
そしてこう言った。
「メイクはさ、単なる手助けだよ」
「ん? なにが?」
「元々有るものを引き出してるに過ぎないんだ」
「ん??」
「つまり今のお前が可愛く見えるって事は・・・」
大地は屈んで、微笑みながらあたしと視線を合わせた。
「元々、お前が可愛いって事なんだよ」
バックン・・・!!
おさまっていた心臓が、また大きく鼓動を打った。
顔に血液が、ガアァっと一気に集まる。皮膚がジリジリ痛みを感じるほどだ。
可愛い?
あたしのこと可愛いって、そう言ったの・・・?
見られてる。
こんな真っ赤に染まった顔を、あたし、大地に見られてる。
どうしよう、どうしよう。
恥ずかしい。隠れてしまいたいくらいに恥ずかしい!
でもそれと同時に・・・
とても嬉しい! 嬉しくて嬉しくてたまらない!!
心臓のドキドキも止まらないよ!
あぁ、あたし、あたし・・・。
「すみませーん。ここってもう入っていいですかぁ?」
ハッと振り向くと、教室の入り口に生徒が数人立っていた。
「あ、あ・・・い、いらっしゃいませえ!」
あたしは裏返った声を出しながら、急いで立ち上がった。
大地がメイクボックスを素早く片付ける。
やったあ! お客さんだ! お客さん第一号だ! よーし来た来た来たあぁ!
気持ちを瞬時に切り替えて、あたしは接客モードへチェンジした。
席に着いたお客さんのオーダーをとってると、次のお客さんも入ってきた。
「いらっしゃいませ」
そっちは大地が対応する。
よおぉぉしぃ! 来い来い来いぃ!!
心の中でガッツポーズしながら客寄せの祈祷をし続ける。
あたしのその祈祷に効果があったのかどうか知らないけど・・・
それから、怒涛のお客さんラッシュが始まった!!
もう、忙しいの忙しくないのって・・・マジで気が狂うかと思うくらい忙しい!!
商売大繁盛!
あたしの祈祷って、まねき猫50匹分くらいの効果があるんじゃない?
あたしと大地と柿崎さん、三人がかりでフル稼働。
食器を片付け、テーブルを拭き、お客さんを席に誘導。
にっこり笑顔でオーダーを聞いて、形相変えて調理場まで突っ走る!
調理場ではお姉ちゃんが孤軍奮闘。
目を回しながら働いている。
半ベソかいてるその様子を見るに見かねて、花梨ちゃんが援軍に来てくれたほどだ。




