(3)
そしていよいよ・・・
学園祭当日の朝を迎えた。
みんな前日から準備で大忙し。
お姉ちゃんなんて緊張と興奮で、夜に微熱出して寝込んでしまって、皆を心配させた。
お姉ちゃん~~。
お願いだから、二十歳過ぎてから知恵熱なんか出さないで~~。
でもお姉ちゃんの体調も、朝にはすっかり元通り。元気に調理作業を始めた。
ほっと一安心。
エプロンをびしっと装着し、あたしはヤル気満々!
腰に手を当て仁王立ちで教室内をぐるっと見渡した。
テーブルとイスのセッティング完了。
ナプキンの用意も完璧。
黒板は、イラストの得意な友達に、カラフルなチョークで可愛~く描き込んでもらった。
準備万端! やるぞお~~!!
今日の働きによって、お店の命運が変わるかもしれないんだ!
失敗は許されない。絶対にね!
勝つのよ!
このミッションを必ずや成功に導くのよ!!
うおぉぉ~~~っ!!
・・・って使命感と意欲に燃えまくってるあたしの襟を、ぐぃっとつかむ手が現れた。
「・・・また! ちょっと大地!」
「はいはい、座ってもらいましょうかー」
気の抜けた声を出す大地に、あたしはイスに座らされた。
「もう、何よ!」
「お前、すっげー顔怖ぇよ」
「なんだと―――!?」
「客商売だぞ? 試合前のプロレスラーみたいな顔すんのはやめてくれ」
そう言いながら大地は、机の上に大きな四角いバッグをどすんと置いた。
「なにこれ?」
「オレのメイクボックス」
「はい?」
大地がボックスのフタを開けた。
・・・・・おぉっ!!
フタと同時にトレーもカパリと大きく開いた。これってプロ仕様のメイクボックスじゃん!
ボックスの中は、カラフルな化粧品やメイク道具で一杯だった。
すごい種類! しかもみんなしっかり使い込まれてる。
豪華な花束を見ているみたいで、心が一気に華やぐ。
「オレの将来の夢さ」
「え?」
「メイクアップアーティストになるのが、オレの夢なんだよ」
夢?
メイクアップアーティスト? 大地が?
大地がボックスの中から、ボトルやブラシを取り出し始めた。
それをテーブルの上に並べて置いていく。
「母親の影響だろうな。たぶん」
あぁ、化粧品会社に勤めていたっていう・・・。
そういえば、大地がお姉ちゃんと出会った場所はメイクのセミナーだった。
そっか・・・。大地、真剣にメイクの仕事に就きたいって思ってるんだ。
そのための努力も、もうすでに始めてるんだ。
へえぇぇ・・・知らなかったなぁ。
少し尊敬しちゃうかも。
あたしなんて、将来どうするかなんてまだ全然考えてもいないのに。
ちゃんと先の事を考えてるんだ。ふ―――ん・・・。
「全部自分の小遣いで揃えてるからさ、年中金欠で大変だよ」
「だよね。良い化粧品って高いし」
「10日間昼飯アンパン一個でガマンして、化粧品買ったんだ」
「ふーん・・・」
「ファンデーション抱きしめて大喜びしてる時に、一瞬我に返って、ちょっと笑った」
ファンデーション購入して狂喜してる男子高校生・・・。
ちょっとどころじゃなく笑えるかも。でも・・・
「ね、大地」
「んー?」
「あんたってさ、いつも『オレ様はエライ』って言うけど・・・」
「なんだよ?」
「それ、今なら同意しちゃうかも」
「・・・なに言ってんだ」
照れたように笑う大地。その笑顔を見たら、なんだかあたしまで嬉しくなった。
「よし! お礼に七海にメイクしてやろう!」
「えっ?」
「今日は一番良い顔で接客してもらわないとな」
大地はボトルから化粧水を出し、手に広げる。そして両手であたしの頬を包み込んだ。
・・・どきん!
手の平に顔を包まれた瞬間、あたしの心臓が大きく跳ね上がった。
「大丈夫。オレにまかせろ」
大地の手の温もりを感じる。指の動き全てに、あたしの神経が過敏に集中する。
顔に血が集まるのが分かる。体温が上がって、うっすらと汗がにじんだ。
心臓は相変わらず、どきどき大きく波打っている。
あたしは・・・うろたえた。




