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それは、今から十年前のこと。

まだ幼い少女だったあたしは・・・

自分の不注意で川に落ちてしまったの。


不幸にも、その川は深くて足が届かなかった。


あたしは必死に、もがいた。

死にたくないっ! なんとか助かりたいっ!って・・・


でも急流に流されて、幼いあたしは成すすべもなく・・・


「すとっぷ」

あたしの話を遮って花梨ちゃんが片手を上げた。


「なに?花梨ちゃん」

「その話は事実と違う」

「・・・どこが?」

「七海ちゃんが落ちたのは、正確に言うと『川』じゃない」

「・・・・・」

「落ちたのは、あそこでしょ?」

「・・・・・」

「三丁目の駄菓子屋の向かいの、ドブ川・・・」

「か、『川』には違いないでしょ?! 『川』にはっ!!」


もうっ! いいじゃん別にー!

細かい事にあんまりこだわると、立派な大人になれないんだよっ!!


「七海ちゃんの話っぷりじゃ、千と千〇の神隠しみたいな、清流に飲み込まれた不運な少女みたいじゃん」

「似たようなもんじゃん!」

「違うでしょ?」

「・・・・・」

「違うでしょ?」


・・・はい。

ちょっと違うんです。実は。


三丁目の駄菓子屋でねー、クジが当たったのよ。それも三回連続で!

その快挙に浮かれてスキップしながらの帰り道、足がもつれて落っこちたの。

脇のドブ川に。


「七海ちゃんって、スキップへたくそだったもんね」

「うん・・・。正統派スキップが、どーしてもできなくて」


自己流変形スキップしてて、落ちたの。

脇のドブ川に。


「七海ちゃんさぁ、思い込みで事実をねじ曲げる悪いクセがあるよねぇ」

「と、とにかく! あたしはその時成すすべもなく・・・!」


急流に流され、浮き上がる事もできない。

水の勢いは恐ろしいまでに強く・・・

あたしの体は、まるで頼りない木の葉のようにグルグルと・・・


「だーかーらー」

花梨ちゃんが、また片手をあげてストップの要求をした。


「あの流れの悪い澱んだドブ川で、そんな事になるわけないじゃん」

「流されたのっ! グルグルしたのっ! 体がっ!」

「それ、パニックで頭がグルグルしてたんだってば。落下地点でバシャバシャしてただけだって。絶対」

「体験した本人が言ってるんだから間違いないの! 花梨ちゃん、体験した事ないくせに!」

「そりゃないわよ。ドブ川で溺れた体験なんか」


うぐぐぅぅ・・・!

「そ、そしたらその時! あたしの命の危機に・・・」


救い主が現れたの。

あたしの事を引っ張り上げて、助けてくれた少年。


『しっかり! もう大丈夫だからね!』


あの透き通るような清涼な声。今も、忘れられずに耳に残ってる。

泣きながら見上げた目に映ったものは・・・


真っ青な、夏の空。


どちらかといえば、色白な肌。


日に照らされた、少しだけ茶色な髪の色。


彼の心みたいな、真っ白なシャツ。


綺麗な、優しそうな目。心配そうにあたしを見つめてた。少し年上のお兄さん・・・。


それは、運命の瞬間なの。

それから十年もの長い間続く、あたしの初恋の始まった瞬間だから。

一途に、一途に想い続けるあたしの運命の恋の始まり・・・。



『怖かったね。かわいそうに・・・』


優しい声。泣き続けるあたしを慰めてくれる声。

そして彼はあたしの涙が止まるまで、ギュッと抱きしめていてくれた。


今でも覚えてる。

『あぁ、王子様だ』って、なんの疑問もなく思った瞬間のこと。

心に焼きつくって、まさにあの瞬間のことなんだよ・・・。

あたしの心を奪った王子さま・・・。


「で、七海ちゃんはその真っ白いシャツに、ヘドロだらけの体でガッシリ抱きついたわけだ」

「・・・・・」

「家帰ってから大変だったろーなー。王子様。シャツ捨てたよね。きっと」


花梨ちゃんが、薄目であたしを見ながら言う。


「シャツ一枚ダメにしちゃったねぇ」

「そ、そんな事、気にするような彼じゃないもんっ!きっと!」

「王子様は気にしないかもしれないけど、母親はヒステリー起こしたかもね」

「か、彼はね、ずうっとあたしを抱きしめてくれていたんだからっ!」

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