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「それではこれで失礼します」

柿崎さんの声が聞こえてハッと我に返った。

お姉ちゃんと柿崎さんが、揃ってお巡りさんに頭を下げている。


「七海、もう大丈夫。帰れるわよ」


お姉ちゃんが笑顔で振り向いた。

あたしは息を呑み、反射的に下を向いてしまった。心臓がズキン!と痛んで、すごく苦しい。

申し訳なくて、自分が恥ずかしくて恥ずかしくて。

顔なんて・・・

とてもお姉ちゃんと顔なんて合わせられない・・・。


下を向いて沈黙したままのあたしを、周囲がこぞって慰め始めた。


「七海ちゃん、もう心配しないで」

「まあ今回の件は、悪意や問題のあるケースじゃ無いから」

「ほら七海、おとがめナシだってよ」

「七海は昔から一生懸命な性格だったからな」

「そうよ。七海はお店の為にと思ってやってくれたんだから」


びくん・・・

お姉ちゃんの言葉にあたしの心が震えた。怯えるように。


お店の為に。

・・・嘘っぱちだ。


お姉ちゃんの為に。

・・・嘘っぱちだ。


そんなのみーんな嘘っぱちだ。

あたしの嘘や偽善が、次々とあたし自身の目の前に突きつけられる。


「なんたって七海は、あたしの自慢の妹なんだから」


お姉ちゃん・・・・・。


お姉ちゃんのその言葉に、みんな揃って笑顔でうなづく。

あたしは・・・堪えきれずに、涙をこぼした。



何度もお巡りさんに頭を下げて、交番を後にした。みんなで夜の駅前を店に向かって歩く。

流れる車のライト、横断歩道の信号の音。色とりどりの明るいネオンが夜の街を照らす。


道行く人の楽しげな会話。

どこの店がセールだの、おススメなスポットがどうの。

クラスメイトがどうしただの、親戚のお祝い事がどうしただの。


平凡で幸せそうな会話。それを聞くのが辛い。

正々堂々、大切な相手と笑顔で会話できる人達が羨ましい。

自分と比較すると、ますます現状が情けなく思えてきて。自分がミジメに思えてきて。

・・・キツイ。


ひと言もしゃべらず、ひたすら歩く。

自分の靴の先が交互に運ばれるのを、じっと見つめながら。


「大地、七海ちゃんを家まで送ってくれるか?」

「兄貴は?」

「店に戻るよ。お客さん来るかもしれないし」

「あたしも戻るわ。キッチン放り出して来ちゃったし」

「分かった。七海はオレがちゃんと送るから」


あたしは三人の会話を黙って聞いていた。身の置き所の無い、片身の狭い気持ちで。

お姉ちゃんにも柿崎さんにも、申し訳ない気持ちで一杯で。


「七海ちゃん、また明日ね」

「七海、また後でね」


曇りひとつ無い優しい笑顔。

にこやかに手を振って、ふたりはお店に向かって並んで去って行く。

あたしは、切ない痛みを感じながらそれを見送った。


「・・・・・」

「さーてと、オレ達も行くか」

「・・・うん」


お姉ちゃんと柿崎さんの姿が見えなくなって、少し気分が軽くなった。

帰ろう。疲れちゃった。家に帰りたい。その家には、すぐにお姉ちゃんも帰ってくるけれど・・・。

今はもう、とにかく帰りたい。


家の方向へ向かって歩き出したあたしに、大地が声をかけた。


「おい、どこ行くんだよ」

「え?」

どこって・・・。家だけど?

「そっちじゃねえよ」

「えっ??」


あたしは目をパチパチさせて大地を見た。

こっちじゃないって・・・。

こっちだよ? あたしの自宅は。

いくらあたしが方向オンチでも、さすがに駅から自宅の道のりぐらいは覚えて・・・。


・・・・・。


待て! いや待てホントに!? ほんとにこっちで正解だっけ!?

夜道だから、方向感覚狂ってるかも!?

ありえる! なんったって遺伝子呪縛レベルの方向オンチだし!


慌てて周囲をキョロキョロするあたしを見て、大地が溜め息をついた。

「お前、そこまで自分の方向感覚に自信もてねーのか?」

「え? え? だって・・・」

「安心しろ。お前の方向感覚は正しいよ」

「・・・・・?」


正しいって・・・。

だって、こっちじゃないってあんたが今・・・。


大地があたしの襟の後ろをギュッとつかんだ。

「さーて。ちょっと夜のお散歩とシャレ込みますかあ」

「え? え? え?」

「いーからいーから」


言うなり大地が、襟をつかんだまま歩き出す。

あたしは襟を引っ張られながら、ジタバタ引きずられる。


「ちょ、ちょっと大地!?」

「いーからいーから」

「ちょ、どこ行くのよ!?」

「いーからいーから」

「とにかく襟をはなしてよ!」

「いーからいーから」

「よくないってば全然!」


え――――――っ???


少女の襟を引っ張る少年。少年に引っ張られていく少女。

あぁ、通行人の視線が痛い。

あたしは目をパチパチさせたまま、問答無用で大地に連行されてしまった。


ど、どこ行くの!? どこに連れて行くつもりなの!?

こんな夜遅くに。


まさか・・


イケナイ場所にあたしを連れ込もうってんじゃ・・・!!


しまった油断しすぎた! そうよ、大地も男なんだって忘れてた!

あたし達も一応「男」と「女」なんだ!

ヤバイ! ど、どうやってこの危機を回避しようか・・・!


「さぁ着いたぞ」

「げっ!?」


もう着いちゃったの!?

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