(9)
「それではこれで失礼します」
柿崎さんの声が聞こえてハッと我に返った。
お姉ちゃんと柿崎さんが、揃ってお巡りさんに頭を下げている。
「七海、もう大丈夫。帰れるわよ」
お姉ちゃんが笑顔で振り向いた。
あたしは息を呑み、反射的に下を向いてしまった。心臓がズキン!と痛んで、すごく苦しい。
申し訳なくて、自分が恥ずかしくて恥ずかしくて。
顔なんて・・・
とてもお姉ちゃんと顔なんて合わせられない・・・。
下を向いて沈黙したままのあたしを、周囲がこぞって慰め始めた。
「七海ちゃん、もう心配しないで」
「まあ今回の件は、悪意や問題のあるケースじゃ無いから」
「ほら七海、おとがめナシだってよ」
「七海は昔から一生懸命な性格だったからな」
「そうよ。七海はお店の為にと思ってやってくれたんだから」
びくん・・・
お姉ちゃんの言葉にあたしの心が震えた。怯えるように。
お店の為に。
・・・嘘っぱちだ。
お姉ちゃんの為に。
・・・嘘っぱちだ。
そんなのみーんな嘘っぱちだ。
あたしの嘘や偽善が、次々とあたし自身の目の前に突きつけられる。
「なんたって七海は、あたしの自慢の妹なんだから」
お姉ちゃん・・・・・。
お姉ちゃんのその言葉に、みんな揃って笑顔でうなづく。
あたしは・・・堪えきれずに、涙をこぼした。
何度もお巡りさんに頭を下げて、交番を後にした。みんなで夜の駅前を店に向かって歩く。
流れる車のライト、横断歩道の信号の音。色とりどりの明るいネオンが夜の街を照らす。
道行く人の楽しげな会話。
どこの店がセールだの、おススメなスポットがどうの。
クラスメイトがどうしただの、親戚のお祝い事がどうしただの。
平凡で幸せそうな会話。それを聞くのが辛い。
正々堂々、大切な相手と笑顔で会話できる人達が羨ましい。
自分と比較すると、ますます現状が情けなく思えてきて。自分がミジメに思えてきて。
・・・キツイ。
ひと言もしゃべらず、ひたすら歩く。
自分の靴の先が交互に運ばれるのを、じっと見つめながら。
「大地、七海ちゃんを家まで送ってくれるか?」
「兄貴は?」
「店に戻るよ。お客さん来るかもしれないし」
「あたしも戻るわ。キッチン放り出して来ちゃったし」
「分かった。七海はオレがちゃんと送るから」
あたしは三人の会話を黙って聞いていた。身の置き所の無い、片身の狭い気持ちで。
お姉ちゃんにも柿崎さんにも、申し訳ない気持ちで一杯で。
「七海ちゃん、また明日ね」
「七海、また後でね」
曇りひとつ無い優しい笑顔。
にこやかに手を振って、ふたりはお店に向かって並んで去って行く。
あたしは、切ない痛みを感じながらそれを見送った。
「・・・・・」
「さーてと、オレ達も行くか」
「・・・うん」
お姉ちゃんと柿崎さんの姿が見えなくなって、少し気分が軽くなった。
帰ろう。疲れちゃった。家に帰りたい。その家には、すぐにお姉ちゃんも帰ってくるけれど・・・。
今はもう、とにかく帰りたい。
家の方向へ向かって歩き出したあたしに、大地が声をかけた。
「おい、どこ行くんだよ」
「え?」
どこって・・・。家だけど?
「そっちじゃねえよ」
「えっ??」
あたしは目をパチパチさせて大地を見た。
こっちじゃないって・・・。
こっちだよ? あたしの自宅は。
いくらあたしが方向オンチでも、さすがに駅から自宅の道のりぐらいは覚えて・・・。
・・・・・。
待て! いや待てホントに!? ほんとにこっちで正解だっけ!?
夜道だから、方向感覚狂ってるかも!?
ありえる! なんったって遺伝子呪縛レベルの方向オンチだし!
慌てて周囲をキョロキョロするあたしを見て、大地が溜め息をついた。
「お前、そこまで自分の方向感覚に自信もてねーのか?」
「え? え? だって・・・」
「安心しろ。お前の方向感覚は正しいよ」
「・・・・・?」
正しいって・・・。
だって、こっちじゃないってあんたが今・・・。
大地があたしの襟の後ろをギュッとつかんだ。
「さーて。ちょっと夜のお散歩とシャレ込みますかあ」
「え? え? え?」
「いーからいーから」
言うなり大地が、襟をつかんだまま歩き出す。
あたしは襟を引っ張られながら、ジタバタ引きずられる。
「ちょ、ちょっと大地!?」
「いーからいーから」
「ちょ、どこ行くのよ!?」
「いーからいーから」
「とにかく襟をはなしてよ!」
「いーからいーから」
「よくないってば全然!」
え――――――っ???
少女の襟を引っ張る少年。少年に引っ張られていく少女。
あぁ、通行人の視線が痛い。
あたしは目をパチパチさせたまま、問答無用で大地に連行されてしまった。
ど、どこ行くの!? どこに連れて行くつもりなの!?
こんな夜遅くに。
まさか・・
イケナイ場所にあたしを連れ込もうってんじゃ・・・!!
しまった油断しすぎた! そうよ、大地も男なんだって忘れてた!
あたし達も一応「男」と「女」なんだ!
ヤバイ! ど、どうやってこの危機を回避しようか・・・!
「さぁ着いたぞ」
「げっ!?」
もう着いちゃったの!?




