(8)
なんか・・・。なんだろこれ。なんか・・・。
なんか、胸がもやもやって・・・。
「一海、真っ白な肌が透き通るようだったよなぁ」
「・・・引きこもってばかりで、日光に当たらなかったからよ」
「ロングヘアーが似合ってたよなぁ」
「だから引きこもってばかりで、美容院にも滅多に行かなかったからよっ」
「華奢で、儚げで・・・」
「食が細くて吐いてばかりだったからよっっ」
もやもやする。イライラする。
なんなの? さっきからずっと・・・。
「病弱で何もできないところが、いかにも美少女の特権だったよなぁ」
「それはあたしが・・・!」
そうよ、それはあたしが。
お姉ちゃんの変わりに全部やってあげてたから。
だから、お姉ちゃんは何もしないでいられたんだよ。かわいそうなお姉ちゃんの為にって・・・。
・・・・・
かわいそう?
胸の中に、もやもやした嫌な物がどんどん膨れ上がる。夕立の前の雲みたいに。
そして心の中を薄暗く染めていく。なんだろう? この感情は。
「それ、オレも良く分かるっすよ!」
「お? 分かるか?」
「一海さんて、ほんっと魅力的ですよね!」
「若いのに見る目あるな、少年!」
男同士で盛り上がっている。それがまたすごく不愉快で。
あたしは胸の中の嫌な物の正体を見極められなくて、ますますイライラする。
「七海、お前チビのくせにいつも俺達に歯向かってたよなあ」
盛り上がってた優太郎が、あたしに話を振ってきた。
「一海と俺達の間に立ちはだかって『お姉ちゃんをイジメるな!』ってな」
「・・・・・」
「まるっきり正義の味方だったよなあ」
懐かしそうな声で、少しからかうように優太郎がそう言った。
そうだよ。
あたしはそんな自分を誇らしく思っていた。
病弱でかわいそうなお姉ちゃん。なにもできないお姉ちゃん。
変わりになんでもやってあげてるあたし。お姉ちゃんを守ってあげてるあたし。
あたしは弱い者を守る正義の味方!
だってお姉ちゃんは、あたしがいないと何もできないんだから!
あ・・・・・。
あたしは、自分の中のある感情に気付いて呆然とした。
優越感?
ねぇ、これっていわゆる優越感ってやつじゃない?
あたし・・・ずっとお姉ちゃんに対して優越感を抱いていた・・・?
その瞬間に、心の中のもやもやの正体にも気づいてしまった。
自分の心を薄暗くする、嫌な色をした雲の正体に。
ああ、そうか。そうなんだ。
だから、あたしはさっきからずっとイライラしてたんだ。
これは・・・
嫉妬だ。
なにさ、本当はあたしの方が偉いのにって。
お姉ちゃんなんか、あたしがいなきゃ何にもできないんだよって。
何であたしよりもお姉ちゃんがチヤホヤされるの?って。
持ち上げられるべきは、このあたしよ!って。
もう・・・もうずっと
ずっとずっとあたしは・・・
『お姉ちゃんなんか』
『お姉ちゃんなんて全然』
『本当はお姉ちゃんなんて』
それが・・・それがあたしの本音だった。
うわ・・・
これって、あたしって・・・最っ低な女じゃない?
自分の中の知らなかった感情。いつの間にか育ってた、気付かなかった感情。
あたしは守ってるふりしながら・・・
無意識に優越感に浸って、お姉ちゃんを見下してたんだ。
お姉ちゃんは学校も休みがちで、友達もいなくて。しかも男の子にイジメられて、かわいそう。
・・・でもそれは違った。
みんなお姉ちゃんに恋して憧れていたんだ。
病弱で、何も出来なくてかわいそう。
・・・でもそれも違った。
それは欠点じゃなくて、逆に魅力だと思われてたんだ。
あたしが、かわいそうだと思ってた事は・・・全然そうじゃなかったんだ。
男の子みんなの憧れの姫。
大地だってお姉ちゃんに恋をした。
柿崎さんもお姉ちゃんを愛してる。
花梨ちゃんも結局お姉ちゃんの味方をした。
みんなみんな、みーんな・・・
あたしが「かわいそう」と思っていたお姉ちゃんを・・・。
化けの皮が剥がれた。あたしが思い込んでた、間違った感情の化けの皮が。
あたしは正義の味方でもなんでもなかった。
もちろんお姉ちゃんより偉くも格上でも上等でもない。
なにが・・・なにが正義の味方よ。親切ぶって優しい顔して、優位に立って人を見下す。
最低で・・・最悪。
思い知った。自分自身を。
こんな最低人間・・・
柿崎さんに選ばれる資格なんて当然あるわけ無い。




