(3)
扉を開けると、そこは・・・
ごく普通のカフェだった。
「けっこう普通ね」
花梨ちゃんがあたしの後ろから、キョロキョロしながら中を覗き込んでる。
玄関を入ると、すぐお店が広がってる。
もちろん個人宅だからそんなに広くも大きくもないけど。
小さめの4人掛けのテーブルが・・・5席?6席? それくらい。
「とりあえず、本当にカフェではあるみたい」
だね。よかった。
ま、あんまりにも普通なのがちょっと残念だけどさ。
もーちょっと意外性を期待してたんだけど。
木製の手作り感が満載のテーブルとイス。
洗いざらしのような、デニムっぽいクロス生地。
無造作にコップに刺さった、背の低い小さなお花。
窓辺におかれている観葉植物やアルミ製のジョウロ。
なんていうか、カントリー?
山小屋??
素朴というか、素っ気無いとゆーか・・・。
「いい雰囲気。気に入ったかも」
花梨ちゃんがちょっと機嫌良さそうにつぶやいた。
「えー? ちょっと殺風景じゃない?」
「あたしはこれくらいがいい」
「可愛さが足りないよー」
「可愛すぎると落ち着かない。わざとらしさが透けて見えて、逆にイラつくの」
あぁ、そうね。花梨ちゃんの性格ならきっとそうだろうなぁ。
あちこちを見渡しながら、適当な席にふたりで座った。
「ふーっ。とりあえず、一息ついた」
やっぱり屋根がある場所で、ちゃんとイスに座るってのは落ち着くね。
でも・・・
「・・・誰もいないね」
お客さんもいないし、お店の人もいない。ガラーンとして静まり返ってる。
今日ってお休みの日? でもドア開いてたしなぁ。
「そのうちオーダーとりに来るでしょ」
花梨ちゃんがアッサリと言い切った。
うん。そうだね。疲れてるから動きたくないし。待ってよう。
「あー、疲れた疲れた」
「誰のせいですかねぇ?」
「方向オンチの遺伝子を持った、ご先祖様のせいです」
花梨ちゃんのイヤミ攻撃をスルリとかわして、ウーンと伸びをする。
「昨日は寝不足だから、余計に疲れたー」
「七海ちゃん、また夜更かししたの?」
「違うよ。ちゃんと早く寝たもん」
「じゃあどうして寝不足?」
「夢みて興奮しちゃってさー」
「七海ちゃん、エロい・・・」
「なに想像してんのっ。違うよっ」
そんな想像する花梨ちゃんの方が、よっぽどエロでしょうがっ。
「隠さなくっていいって。親友じゃん」
「なにニヤニヤしてんのっ。違うって」
「じゃあ、どんな夢見て興奮・・・」
そこまで言って、とたんに花梨ちゃんが『あっマズイ!』って顔をした。
うふふ。そーよ。
そーなの! そのとーりっ!
「また王子様の夢をみちゃったのー!!」
「あ~、始まったよ。七海ちゃんの『運命の王子様』が」
花梨ちゃんが嫌そうな顔をした。
「そんな心底嫌そうな顔しないでよ」
「だって心底嫌だもん」
「ひどっ!」
「十年間も同じ話を聞かされたら、普通は嫌になるって」
だって運命の出会いは十年前にさかのぼるんだもん!
十年分の、熱い切ない想いがあるんだよ! めいっぱいに!
「で、その熱くて切ないヤツを、今日もあたしはめいっぱい聞かされるわけ?」
「うん! ぜひぜひ聞いて!」
「嫌だぁ~~っ」
「嫌でも話すよ、あたしは!」
「選択の余地ないじゃん!」
だってさー、恋愛話って楽しいじゃん。
ひとりで胸にしまってるより、話して互いに盛り上がらなきゃ!
それが女子同士のルールとマナーってもんでしょ?
という事で、さあ!
今日も熱く、めいっぱい、行くよ――!!
「そもそもね、あれは十年前の夏の日のこと。川に落ちて溺れかけたあたしを助けてくれた、王子様。その人があたしの初恋の彼なの」
あたしはうっとりと目を閉じて、あの日の出会いを話し始めた・・・。