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(2)

ぼんやりテクテク歩いてカフェを目指す。さすがに今回は迷子にはならなかった。

衝撃もカフェの場所も、どうやら一発で骨身に染みついちゃったみたい。

毎回こうなら迷子にならずに済むんだけど。

・・・毎回こんなじゃ、身が持たないか。


お店が道の向こうに見えてきた。あの中に柿崎さんとお姉ちゃんがいる。

仲良く一緒に。


そう思うとつい、気持ちが沈んで足取りが重くなる。


だめだめ、こんなんじゃ。ホラホラ元気出して行こうっ!

なんの! 人間、慣れれば首を絞められるのだって平気になるっていうし!

失恋の痛みなんてすぐに楽になるさ! 女は失った恋の数だけ美しくなるのよ!

よく分かんないけどたぶん!


自分で自分を叱咤激励して、大きく息を吸った。

にぃっと口角を上げて笑顔を作り出す。

そのまま笑顔を顔に貼り付けて、玄関の取っ手に手を伸ばす。


・・・・・あれ?


あたしは笑顔の状態のまま首をかしげた。開かないじゃん。カギ閉まってるよ。

おかしいな? いらっしゃいませの看板はちゃんと出てるのに。

柿崎さーん、お姉ちゃーん、いないの?

せっかく迷子にならずに到着したのに。


あたしは裏に回ってみた。たぶんこっち側に窓が・・・

あぁ、あったあった。

あたしの目線ギリギリの高さに窓がある。あたしは軽く爪先立ちして覗き込んだ。


おーい、お姉ちゃ・・・


・・・

・・・・・

・・・・・・・


固まった。

息が止まった。

呼吸ができないのに、心臓が破裂しそうに動機を打つ。


ふたりが

柿崎さんとお姉ちゃんが


・・・キスしてるのが見えた。


激しいキス。

むさぼる様にお互いを求め合うキス。

唇から漏れる荒い呼吸まで、窓ガラスを通して聞こえてきそうな。

あたしの存在に気付きもせず、夢中でキスを交わしている。


自分の顔から血の気が引く音が聞こえる。

ザアァァ・・・って、耳の奥から不快な雑音が響く。


キス、してる。お姉ちゃんが柿崎さんと。

あんな・・・あんな激しい・・・

あんな・・・


心臓が激しい鼓動を打ち続ける。今にも胸骨から飛び出してしまいそう。

頭の中は真っ白だ。真っ白なのに・・・


目の前の光景は強烈で鮮烈。

何度も、何度も、何度も、ふたつの唇が重なり合って・・・。

情熱的に絡み合う舌が覗く。


目に痛いほどの勢いで飛び込んでくる。情け容赦なく。

頭を思いっきり鈍器で殴りつけられるような衝撃。


抱きしめ合うふたり。バラ色に染まるお姉ちゃんの頬。

うっとりと目を閉じ、恋人の唇と至福を味わっている表情。

満ち足りた幸せそのものの表情。


見ちゃだめだ。ここから離れなきゃ。

見ちゃいけない。見たら、これ以上見たら・・・・・

あたし、壊れてしまう。


鼓動の激しさと

呼吸の苦しさと

あまりの嫉妬の激しさに・・・壊れてしまう。


なのに・・・


あたしの足は一歩も動かない。

縫い付けられたようにそのままで。両目は麻痺したように見開かれたままだ。

見たく無いのに。

こんな光景見たく無いのに。

閉じる事もできない両目に、これでもかと飛び込んでくる。


唇を離してうっとりと見つめ合うふたり。濡れて光る唇。

お姉ちゃんを愛しげに見つめる柿崎さんの表情。

その指が・・・


お姉ちゃんのブラウスのボタンに伸びた。

ひとつ、またひとつボタンが外されて、柿崎さんの手が下に下りていく。


抵抗ひとつせず、甘い瞳で柿崎さんを見ているお姉ちゃん。

今まで見た事も無い表情。

完全にそれは『愛を手に入れた女』の顔だった。


するりと肩からブラウスが滑り落ち、白い肌と白い下着があらわになった。

胸の谷間に顔をうずめるように、柿崎さんはお姉ちゃんを抱きしめる。


そして・・・ふたりはテーブルの上に倒れこんだ。


向こうを向いているお姉ちゃん。

その表情は伺えない。

でも、耳も頬も真っ赤に染まって・・・。

柿崎さんの指と唇が肌を滑るたび、白いノドがひくりと動く。


やがて・・・

柿崎さんの手がスカートの中に・・・


向こうをむいたままのお姉ちゃんが・・・

震える指を伸ばし、手探りで窓のブラインドを閉めた。

あたしにはそれは、ふたりの世界からの完璧な拒絶に感じられた。


あたしは・・・あたしは・・・


ガクガク震える足を引きずって、懸命にその場から離れた。

息を殺し

胸を押さえ

涙を流して

必死に、必死に・・・


その場から逃げ出した・・・。

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