(2)
「ところで花梨ちゃん、ノド渇かない?」
「渇いた。これだけ歩いたんだもん」
「自販機ないかな? よし! ここはひとつ、あたしがおごろう!」
「当然でしょ? 迷子になった原因、七海ちゃんなんだから」
「あ、やだなー。人の善意を当然のように受ける、その態度」
「善意じゃなくて、これは賠償」
会話しながらキョロキョロ辺りを見渡す。えーっと、自販機じはんき・・・
・・・ん?
あたしの目に、あるものがとまった。
というよりも、向こうからあたしの目に飛び込んできたカンジ。
「花梨ちゃん、カフェがあるよーっ」
「カフェ? どこ?」
「ほら、あそこ」
花梨ちゃんが、あたしの指先を目で追ってキョロキョロする。
「ないじゃん」
「あそこだってば」
「どこよ? 普通の家しか・・・ あっ」
「ねー、あったでしょ?」
あたしは自慢そうに言った。実際ちょっと自慢な気分。
だって、あれってすっごく分かりにくいんだもん。
ごくごく普通の一軒家。
そのごく普通の玄関に、ちっちゃな看板がぶら下がってる。
『カフェ どりーむ』
その下の方に、これまたちっちゃく「いらっしゃいませ」の文字。
「花梨ちゃん。普通の家だし、すごく分かりにくいけどこれってカフェだよね?」
「まあそうでしょうねぇ。そう書いてあるんだし」
「珍しいねぇ」
「マスターの趣味なんでしょ。わざと隠れ家っぽくしてあるのよ。それか・・・」
「それか?」
「単純に、店を建てる金が無かったか」
花梨ちゃん、超現実的な見解・・・。
「ねぇ入る? 花梨ちゃん」
で、あたしも現実的な提案。ノドが渇いてて、近くにカフェがあるんだし。
でも・・・。
「なんか、入りにくい・・・」
花梨ちゃんが顔をしかめて言った。
うん、そーなんだよねー!
「いらっしゃいませ」って書いてるわりに、すっごく入りにくい雰囲気!
だってさ、まるっきり普通の家なんだよ。もろ、他人様のご自宅!
本当にカフェなのかな?
見知らぬ他者のテリトリーに、ウッカリ踏み込む不安感。
こりゃどうしても気後れして二の足を踏んじゃう。
でも・・・
「ね、入ろうよ花梨ちゃんっ」
あたしは花梨ちゃんの腕をつかんでグイっと引っ張った。
「えぇっ? 入るのぉっ?」
花梨ちゃんは結構イヤそう。腕を引っ張られても動こうとしない。
でもさでもさ、興味ない?! 中、どうなってんのかなーって!
どんなお店なんだろ? いったいどんな人がやってるのかな?
「変わり者よきっと。あたしヤダ」
あたしに腕を引っ張られて、じりじり移動しながら花梨ちゃんが抵抗する。
「中に入った途端、家の人が『は? カフェ? なにこの子達、バカじゃない?』みたいな冷たい対応したらどうすんのよっ」
「あるわけないじゃん。看板出てるんだから」
「でもリスクはある。あたしは危険をおかしたくない」
「花梨ちゃん、リスクを恐れていたら勝利は手に入らないよ」
イヤがる花梨ちゃんを強引に引っ張り続ける。
ついに玄関の手前まで来て、やっと花梨ちゃんの抵抗が止んだ。
「七海ちゃん、昔からオバケ屋敷とか見ると突っ込んで行ってたもんねぇ」
「うん! こーゆーの大好き!!」
先が予測できないワクワク感が大好きなの。お金払ってでも、突進して行ってしまう!
で、あとで思いっ切り後悔したりするんだけどね。
やれやれって顔をしながらも、花梨ちゃんが笑った。
「しかたない。じゃ、入ろうか」
わーい! やったーっ!!
なんだかんだ言って、結局はあたしに付き合ってくれるんだ。
昔から、いっつもそう。だから花梨ちゃんって大好きー!!
「やっぱり玄関チャイムって鳴らすべき?」
「必要ないんじゃない? お店なんだから」
「開けちゃっていいのかなー?」
「開けなきゃ入れないでしょ。七海ちゃんが開けてよね」
「うん!」
どきどき、ワクワク! わーっ、やっぱり緊張するーっ! こーゆー感覚、好きっ!!
「じゃ、開けるよーっ!」
あたしは、ごく普通の玄関の取っ手に手をかけガチャリと回す。
ゆっくりソロソロ・・・っと扉を引いた。
かしゃん、と看板が揺れて音をたてて
少し重い玄関の扉が、ゆっくりとあたしの目の前で開いていった・・・。