(4)
とにかく、仕事も恋愛も結婚も、何もかも諦めてたお姉ちゃん。
当然オシャレにはまったく興味なし。必要最低限の、実務的な身だしなみだけ。
なんかもう、ペットボトルで自家栽培してるネギみたいに見えてきちゃって・・・。
あたしが無理やりセミナーにぶち込んだんだった。
お母さんも「試供品がタダでもらえるから、行って来なさい!」って後押ししてた。
・・・ん?
ちょっと待て。待ってちょうだい。
・・・・・。
「それってメイクのセミナーだよね?」
「ああ」
「あんた、バイトだったの?」
「いや、オレもセミナー受けたんだ」
「あんたが?」
「ああ」
「メイク、好きなの?」
「ああ」
「・・・・・」
ハッ・・・っ。
い、いけないっ! あたしったら、すごく失礼な事しちゃった!
「ご、ごめんなさい。そーゆー趣向の人と会うのって初めてだったから、つい・・・」
「・・・・・」
「気にしないで。どんな趣味でも好みでも個人の自由だもん」
「おい」
「自分に自信を持つべきよ。自分の世界を信じるべきだわ」
「ちょっと待て」
「色々あんたも大変な人生だろうけど、負けちゃダメよ。理解者はきっと現れるから」
「だから、ちょっと待てって」
「うちもお父さんいないんだけどさ、家族みんなで力を合わせて・・・」
「うちは母さんがいない」
・・・・・。
「・・・え??」
「オレがガキの頃に死んだ」
そうなの?
それは初耳。まだお姉ちゃんから聞いてなかった。
「母さんが勤めてた会社のセミナーだったんだ」
「そうなんだ・・・」
「オレの母さんの思い出って、化粧品がらみが多いんだ。会社には当時の知り合いもいるし」
「ふうん・・・」
「懐かしくてさ。参加したんだ」
その気持ち、わかる。
小さかったから思い出が少ないんだよね。
時間がたつと、その少ない思い出の記憶すらだんだん薄れてきて。
それが悲しくってさ。すごく。
大切なものがポロポロ抜け落ちて、取り返しがつかないみたいな。
それで、ちょっとでも思い出の香りがするものに反応しちゃうんだ。
香りを感じて安心したいんだよね。
あぁ、自分はまだ忘れてない、って・・・。
「そのセミナーで一海さんを見かけてさ。オレ、驚いたんだ」
「なにに?」
「母さんに似てたから」
「えっ? そうなのっ??」
「ああ、顔もそうだけど、雰囲気とか。そりゃ一海さんは母さんよりずっと若いけど。でもすごく似てて驚いた」
それは驚くだろうなー。
母親の思い出を探して参加したセミナーで、母親に似た人を見かけたら。
それにしても、知らなかった!
お姉ちゃんが、柿崎さんの亡くなったお母さんに似てるなんて!
それがそもそもの縁だったのかな・・・。
ふうん・・・。
そっか・・・。そうなんだ。
「ね、お母さんってひょっとして・・・」
「なんだよ」
「方向オンチだった?」
「はあ??」
「・・・い、いい。ゴメン忘れて」
いや、似てたっていうからさ。ひょっとして親戚かなー、とか思って。
もしそうなら、きっと強い方向オンチの遺伝子が・・・って考えたんだけど。
「で、セミナーで隣に座って話しかけたんだ」
「すっっごい警戒されたでしょ」
「防犯ブザーでも鳴らされそうな空気だった」
「だろーなー」
お姉ちゃん、初対面の人間は容赦なく拒絶するから。
ほとんど『たとえお菓子をくれても、ぜったい車には乗りません!』のノリ。
人を見たらドロボウと思えって言葉があるけど・・・
うちのお姉ちゃんは、人を見たらキャッチセールスか誘拐犯だと思ってるフシがある。
「警戒をとくために、学生証見せたんだ。そしたら妹と同じ学校だ!って」
「それで仲良くなったの?」
よっぽど心細かったんだろうなー。お姉ちゃんが、そんな事で他人と仲良くなるなんて。
ちょっと罪悪感。ごめんお姉ちゃん。
「セミナーが終わって、これでお別れってのが残念で。でも一海さん携帯持ってないって言うし」
「当時はね。今は持ってるけど」
「それで、なんとか今後も連絡を繋ぎたくて・・・」
「それでどうしたの?」
「カフェに連れてった」
・・・・・。
・・・・・え?
「なに? なんだって?」
「あのカフェに連れてったんだ。一海さんを、オレが」




