(2)
ジャリ・・・
不意に、足音が聞こえた気がした。
・・・気のせい?
ジャリ、ジャリ・・・
・・・・・気のせいじゃない。
地面の小石を踏む音。誰かが近づいて来てるんだ。
いやだ。誰かな? 今まで誰もここへ来たことなかったのに。
こんなゴミ箱同然の物置になんの用があるの?
ジャリ、ジャリ・・・
・・・・・。
いいや、べつに。
小屋に用があるんなら小屋に入るでしょ。裏のあたしには気付かないだろうし。
そう思ってあたしは、ヒザに顔をつけて、また涙を流した。
声を殺して。
誰だか知らないけどさ、用が済んだらさっさと帰ってよね。
あたし、思いっきり泣くんだから。ここはそのための場所なんだから。
ここで泣いとかなきゃ、家に帰ってからが辛いんだから。
さっさといなくなって。
早くここから消えてよ。
両目から涙がぽろぽろ流れる。スカートの生地がそれを吸い込む。
あーあ・・・
・・・つらい、なぁー・・・。
「おい、お前」
突然声を掛けられてあたしは心底驚いた。
驚きのあまり、すんごい反射スピードで顔を上げる。
「おわっ!?」
目の前の制服姿の男子が声を上げる。知らない顔。・・・誰?
向こうも驚いたようで、一歩後ろに足を引いた。
「ビックリしたー。驚かすなよ」
「・・・・・」
「ミーアキャットみたいだな、お前」
「・・・・・」
誰? 以前に会ったっけ??
ううん。こんな男子しらない・・・。
知らない相手に突然に話しかけられてあたしは沈黙する。
だって驚いたのは、むしろこっちだし。
ミーアキャットと言われても、なんて答えりゃいいのよ。いったい。
「しかも、なんだよその顔。どうしたよ」
「あ・・・」
そういやあたし、モロ泣き顔だ。
やだ。初めて会った相手に・・・。顔中、涙だらけじゃん。
急に恥ずかしくなって急いで下を向いた。
か、顔、上げられない・・・。
「気にすんなって。泣く事なんか別に恥ずかしい事じゃねえだろ?」
その男子が明るい声でそう言った。
そんなこと言われても・・・。
男の子に泣き顔見られるの、恥ずかしいよ・・・。
「オレ横向いてるからさ。拭けよ、鼻水」
「鼻水じゃなくって涙でしょっ!! そこはっ!!」
さっきよりすごい反射スピードで顔を上げて、激しく突っ込んでしまった・・・。
は、鼻水って・・・!
普通、その単語でてくる!? 女の子に対して!
なに考えてんの!? こいつ!!
「だって事実、鼻水出てるだろ」
「じ、事実、出てはいるけど・・・! 『涙を拭けよ』でしょ、そこはっ!」
「女だったら涙より鼻水の方が気になるだろ?」
「それは確かに・・・ていうか、鼻水鼻水うるさいっ!!」
まったくもう!
さり気なく横を向いて、手で涙を拭いた。
さらに、さり気なく鼻水も・・・。
「おいハンカチで拭けよ、ハンカチで」
「う、うるさいっ!」
「持ってないのかよ。しかたねーなー。ほら」
「いらないっ、あんたのハンカチなんかっ!」
見知らぬ他人のハンカチなんか、借りられるか!
・・・・・。
そーだよ! 見知らぬ他人なんだよ! こいつ!
なれなれしく話しかけないで!
「あんた、だれっ?」
「なんだよ、同じ学年だろ」
「はぁ?」
同じ学年?? こいつが?
じぃぃーっと見つめて確認する。
真っ黒い髪。
少しだけ日焼けした肌。
真っ直ぐな、ちょっとだけキツそうな視線。
キュッと結ばれた唇。
いたっけ? こんな人。
う―――ん・・・。頭のデータの中には該当者なしだ。やっぱり知らない。
まぁ、同じ学年を全員覚えてるわけじゃないし。
でもこの人、あたしのこと知ってるんだよね?
会ったっけ??




