運命のイタズラ(1)
『忘れよう』
と、心に固く決意はしたものの・・・。
実際はそう簡単にはいかなかった。
「無理もないと思うよ」
花梨ちゃんが隣で、そう慰めてくれた。
「うん・・・」
今日もまた放課後、二人で秘密の場所に来てしまった。
校舎裏の物置小屋。
今は使わなくなったガラクタばかりを放り込んでいる物置。
その小屋の裏と、隣の家との隙間の小さなスペース。見つかりにくいスペースがあって。
ふたり並んで、ぺたんと地面に座り込んでいる。
ここがあたしと花梨ちゃんの秘密の場所だった。
「一海さん、遠慮ないんでしょ?」
そう同情気味に聞かれてあたしは溜め息をつく。
そうなんだ・・・。
あたしにバレてしまった後、お姉ちゃんはすっかり安心したらしくて。
今まで溜まってた分を一気に放出し始めた。
柿崎さんとのこれまでの日々。
大切な思い出とか。デートの詳細とか。
柿崎さんの言葉、しぐさ、行動、思考にいたるまで。
次から次へと、とめどなく、限度なく、あたしに語ってくる。
柿崎さんを忘れようにも、こうも毎日、新鮮な情報が入ってくるんじゃ・・・。
お姉ちゃんのためにも削除しようとしてんのに。
その本人が上書きしてくるんだもんなー。
「うっとうしいからヤメてって言えば?」
「応援するって言った手前、それは難しい」
それに、別にうっとうしいってわけでも・・・少しあるけど。
「幸せ絶好調だからね。一海さん」
「うん・・・」
「すごい勢いで幸せタレ流し状態でしょ?」
「レバーの壊れた水洗便所状態・・・」
「めちゃくちゃ迷惑な存在ねぇ」
「いや、迷惑っていうかさ・・・」
「絶頂期には、人間つつしみを忘れちゃいけないのね。ようく分かった」
いや、別にさ。
お姉ちゃんがつつしまなきゃなんない理由は、ないんだけどさ。
でも傷口は自然治癒するまで放っておくに限ると思うんだけど。
これじゃ毎日、かさぶたを剥がされたその場所に、新しく傷をつけられてるようなもんで。
けっこう毎日、悲しい血を流していたりする。
治すも忘れるも進みようがない。
しかも、これがまた辛いことに・・・悲しいからって、泣きたくても泣けないんだ。
まさかお姉ちゃんの前でワンワン泣くわけにいかない。
一緒の家だし一緒の部屋だし。夜中に鼻をすするのにだって、バレないか気を使う。
だからって学校で気の済むまで泣けるかって言うと・・・。
「学校って公的な場だからねぇ」
「教室でみんなの前で、うっかり泣き出した後のこと想像すると・・・」
「寒気がするわね」
「キツイんだよ、ほんと・・・」
泣きたいときに泣けたらいいのに。そしたら楽になるのに・・・。
だから、ここで泣いてるんだ。
休み時間とか放課後とか、時間がある時に。
ここって人が全然来ないから、安心して泣けるんだ・・・。
泣いてるあたしの隣には、花梨ちゃんがいてくれる。
花梨ちゃん、いつもありがとうね。でも・・・
「花梨ちゃん、今日は大丈夫だよ」
「いい。いる」
「だってここんとこ毎日、部活サボらせてる」
「気にしなくていいから」
「この前、運営委員会もサボらせちゃったし」
「ちょうどサボリたかったの」
「あたしだいぶ元気になったし、大丈夫」
「・・・・・」
「部活に行って。大丈夫だから」
あたしは笑った。
花梨ちゃんは黙ってあたしを見つめて・・・やっと腰を上げた。
「泣き終わったら体育館に来て。一緒に帰ろ」
そう言って花梨ちゃんは、ゆっくり歩いていった。
それを見送り、あたしは大きく息をつく。
ふぅ・・・。
いつもいつも迷惑かけるわけにいかないもんなー。
大丈夫。だいじょうぶ。
泣くくらい、別にひとりでもできるもんね。
顔を上げて空を見上げた。
雲が、ほとんど動かずに同じ場所にとどまってる。
雲。
柿崎さんと初めて会った日。
背中越しのあの雲の白さを、まだ覚えている。
ハッキリと鮮明に・・・。
あー・・・まぶしいなー。空がすごくまぶしい。
まぶしくって・・・
涙が・・・
出てくる・・・。




