運命の始まり(1)
「七海ちゃん・・・」
あたしの大親友の花梨ちゃんが、話しかけてきた。
き、聞こえないフリ。ここは、ひとまず聞こえないフリでいこう。
あたしは返事をせずに独り言を呟いた。
「えーっと、確かこの角をまがってぇ・・・」
「七海ちゃん」
めげずに、また花梨ちゃんが話しかけてくる。
・・・ちっ。聞こえないフリが通用しないか。
さすがに15センチ隣の人間の声が聞こえないってのは、無理があるしなぁ。
「七海ちゃんっ」
ま、負けないっ。無視っ。ムシっ。
ただいま不具合が生じております。しばらく時間をおいてから、再びアクセスしてくださいっ。
「おいこらぁっ! 桜井七海―っっ!!」
「は、はい―――っ!!」
花梨ちゃんのドスの効いた怒鳴り声に、とっさに直立不動の姿勢で返事をしてしまった・・・。
完敗・・・。
うぅ、花梨ちゃん怖い~~・・・。
「七海ちゃん! さっきからなに無視してんのよ!」
「え? き、聞こえなかったなぁ」
「15センチ隣でかっ?!」
「花梨ちゃんの声、聞き取れない周波数だったんじゃない?」
「周波数って電動歯ブラシか! あたしの声はっ!」
「最近、年のせいで耳が遠くて・・・」
「あんたがそうなら、あたしもそうよっ! おなじ高校生じゃんっ!」
「は、はい。そーでした」
「苦しい言い訳してないで、素直に謝んなさいっ!『ごめんなさい。迷子になりました』って!」
「ご、ごめんなさい~。迷子になりましたぁ・・・」
たいむあっぷ。の、ぎぶあっぷ。
あたしはついに自分の過ちを認めて全面降伏した。
「だって花梨ちゃん、新しいバッグが欲しいって言ってたから。いいお店見つけたんだよ。あたし」
あたしはしょぼくれながら花梨ちゃんに言い訳し始めた。
道路沿いの花壇に、ふたり並んで腰を下ろす。
あー、歩き疲れた・・・。足がジンジンのパンパンだぁ。
「それは嬉しいんだけどね。店の場所くらい、ちゃんと確認してよ」
「確認したんだよ。一回、自分で店まで行ったし」
「一回くらいじゃ足りないでしょ? 七海ちゃん、すっごい方向オンチなくせに」
「だってウチ、お母さんもお姉ちゃんも方向オンチなんだもん。遺伝だよ」
そう。方向オンチは我が家の家系。
ちなみに親戚にも方向音痴がいっぱい生まれてる。もう、遺伝っていうより呪いに近いレベルで。
「自覚してんなら巻き込まないでよ。頼むから」
「自信あったんだけどな。おかしいなー。どこで間違ったんだろ??」
「方向音痴の自信なんてね、目隠しして針に糸を通すのと一緒。ムチャの代名詞」
「ひど・・・」
「ひどくない。そのうち、いつかどこかで星空を眺めながら野宿する事態になっちゃうからね」
花梨ちゃんは、あたしを見ながらしみじみと深い溜め息をついた。
「それはそーとねぇ花梨ちゃん、ここってどこかな?」
「それをあたしに聞くかっ!?」
「怒鳴んないでよー。わかんないんだから仕方ないじゃん」
「あたしスマホ持ってこなかったから地図見れないよ」
「あたしも忘れた・・・」
「高校生がふたり揃って迷子だよ。情けない・・・」
「ごめんなさい~~・・・。」
「まぁ、七海ちゃんに巻き込まれて被害にあうのは慣れてるけど。生まれた時から」
そう言って花梨ちゃんはちょっと笑った。
そうなんだ。あたしと花梨ちゃんは幼なじみ。
生まれた病院も一緒。
生まれた日も一緒。
病室も一緒。
紙おむつのブランドも一緒で、粉ミルクのメーカーも一緒。
哺乳瓶の回し飲みをした仲だ。
へその緒よりも固い絆で結ばれた、生まれた時からのお付き合い。
だからお互いのボロもほころびも、イヤっていうほど知り尽くしてる。
・・・ある意味、自分の親より油断のならない存在だったりする。