表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
15/100

(3)

忘れてしまいましたか? あたしは、覚えてます。

覚えてたんです。ずっとずっとずっと。

ずっと十年間、あなたに恋し続けていたんです。


「あの、あたし・・・」


言いたいけど

聞きたいけど・・・

言えない。聞けない。だってだって・・・


こんなに幸せそうな二人。

愛し合っている二人。

それに引き換え、あたしは・・・


『ドブに落ちてた女の子』


みっともなさすぎる。ミジメすぎる。

もし思い出してもらえても


『あぁ、あの時ドブに落ちてたの、君?』


そんな風に言われて、それだけで片付けられてしまったら・・・

ましてや『覚えていない』なんて言われたら・・・

最悪だ。立ち直れない。


たとえヘドロまみれの思い出でも

あたしにとっては、大切な思い出で初恋なんだもの。


そう考えたら、泣きそうになった。

大切な思い出、か・・・。

十年間も忘れられなかった恋、か・・・。


あんなに大切にしてきた思い出なのに。

愛し合う二人の前で、ものすごくちっぽけに見える。すごくミジメなものに見える。

あたし一人の思い込み。なんの意味も価値も無いもの。


あたし、こんなミジメったらしいものを十年も大切にしてきたんだ。

情けない。情けない。自分が情けなくって、たまらない・・・。

いったい何をしてたんだろう、あたしって。


じぃん、って鼻の奥が痺れるように痛む。

やばい、泣く。

泣いちゃダメだ。この場で泣き出しちゃったら・・・


「一海さんの部屋で見ちゃったんです。写真」


突然、今まで沈黙していた花梨ちゃんがしゃべり出した。

花梨ちゃん・・・?


「前に七海ちゃんの家に行った時、偶然ふたりで写真を見つけたんです」

「まあ、そうなの?」

「一海さんが男の人と、すごく幸せそうな笑顔で写ってる写真です」

「あ・・・あの隠してた写真?」

「はい。それで『絶対これは彼氏だ』って」

「まあ・・・」

「盗み見たから、言い出しにくくて。ふたりで黙ってたんです」

「そう。そうだったの」

「黙って写真見ちゃってごめんなさい」

「いいのよ。ちょっと恥ずかしいけど」


お姉ちゃんは笑ってあたし達を交互に見た。

きっとあたしが黙って俯いてるのを、反省してるんだと思ってるだろう。


「それじゃあたし達、これで帰ります」

花梨ちゃんが言うなり席を立つ。


「ほら七海ちゃん、行くよ」

「・・・・・」

「え? もう? もっとゆっくりしていってよ」

「そうよ、ふたりとも」

柿崎さんとお姉ちゃんが引き止める。


「すみません。あたし達これから予定があって」

「そうなの? 七海?」

「・・・・・」


あたしは、黙ってコクリとうなづいた。


「そう、それじゃ仕方ないわね」

「またおいでね。今度はゆっくり」

「はい。ありがとうございます」


花梨ちゃんが、あたしの腕をとって玄関まで引っ張る。あたしはノロノロとついていく。


「七海ちゃん、また来てね」


玄関のドアを開ける時、明るい柿崎さんの声が聞こえた。

あたしは、ぎこちなく振り返る。

できるだけ視線を二人と合わせないように・・・二人の並んだ笑顔を、見ないように・・・


ペコリと頭を下げて、静かにドアを閉めた。



「花梨ちゃん・・・」

「あー、マズったわねぇ」

「花梨ちゃん・・・」

「ここ、どこだか聞くの忘れちゃった」

「花梨ちゃん・・・」

「しかたない。恥を忍んで通行人に聞くか」

「花梨ちゃん・・・」

「なに?」


あたしの腕をつかんだままズンズン歩いてた花梨ちゃんが、やっと足を止めた。


「さっきの写真って・・・」

「ああ、あれ、口からでまかせ」

「・・・・・」

「たぶん写真を手近な所に隠して、コッソリ眺めてるだろうなってアタリをつけたの」

「・・・・・」

「一海さんも、たいがい読みやすい性格だからね」

「花梨ちゃん・・・」

「だから、なに?」

「ありがとう・・・」


あたしの感謝の言葉に、花梨ちゃんはなにも言わず・・・

また、あたしの腕をつかんで歩き出す。

あたしはやっとこさ、目に、こんもりと涙が浮かんできた。


家に帰りたくない。

家には、いずれお姉ちゃんも帰ってくる。

でも帰る場所は家しかない。家に帰るしかない。

お姉ちゃんと顔を合わせる、あの家に・・・。


帰りたくない、帰りたくない。


会いたくない、会いたくない、会いたくない。


心の中で強く拒絶しながら、それでもあたしの足は家へ向かって進んでいく。

あたしは目に涙をにじませながら、ただ、トボトボ腕を引っ張られて歩いていた・・・。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ