(4)
「ちょっと待っててね」
オーダーをとった柿崎さんが奥の扉に向かった。
その姿が扉の奥に消えるのを確認して、あたしは勢い込んで花梨ちゃんの向かいに座る。
「花梨・・・っ!!」
「ストップ」
開いた瞬間の口を『びたんっ』と花梨ちゃんの右手の平に覆われた。
「うぼぁっ・・・」
「これ以上テンションあげたら付き合いきれない。だから落ち着いて。いいね?」
「うぼっ」
「奇声を発するのは無し。いいね?」
「うぼ」
「マシンガントークも無し。いいね?」
「うぼ、うぼ」
「よぉーし」
やっと手の平を離された。ぷはぁ・・・。
「いちおう確認するけど、王子様本人で間違いないわけ?」
「もちろんっ。だってあたしの名前を呼んだもん」
「なんで名前を知ってるの?ドブから上がった時に自己紹介でもしたわけ?」
んなわけないじゃん!
「お母さんがパニック起こした時に、あたしの名前を叫んでたの」
『七海っ!? 七海なのっ!? どーしたのっ七海っ! ななみぃぃーっ!!』
って。
かなりヒステリックに、ひたすら叫んでた。あれだけ連呼すりゃイヤでも耳に残るよね。
ナイスッ! お母さん! よくパニックを起こしてくれた!
あの時の仕打ちは、これで忘れてやろうっ!
「ふーん。どうやら本当に王子様みたいね。すごい偶然」
花梨ちゃんも、さすがに感心したみたい。
でしょっ!? でしょーっ!?
すっごいよねっ!? これって! 普通じゃありえないよねっ!
「も、ここまで来ると偶然じゃなくて運命だよね!」
「運命ってのは言い過ぎかもだけどねぇ
「だって王・・・柿崎さんも言ってたもんっ。運命って」
そう、何が嬉しいって・・・。
柿崎さんが、あたし達は『運命』だって言ってくれたこと!
これであたしひとりの思い込みじゃないって事が証明された!
あたし達ふたりの出会いは運命なんだって!!!
「神様も、やるときゃやるよねー。見直したよっ」
「別に今まで、見損なうようなこともなかったでしょうに」
「花梨ちゃん、あたし今すっごい最高な気分っ」
世の中って、こんなに素敵な事があるんだ。あぁ、素晴らしい気持ち。
なんだか、扉が開いて新しい世界を覗いた気分。
わくわくして、フワフワして、踊りだしそう。
気をつけないと、心が体から飛び出して駆け出しちゃいそう!
いるんだね。この世界には。自分と結ばれる運命の人が、きっと。
そしてずっと、めぐり会うのを待ち続けている・・・。
夢みたい! ・・・あぁ、そうだ。十年の夢が、叶うんだ!
「この幸せをどう言えば、花梨ちゃんに伝えられるかな」
「いいよ。もう充分伝わってるから」
ほんと? わかってくれる? さすがはへその緒よりも固い絆で結ばれた仲!
「よかったね。七海ちゃん」
花梨ちゃんが、にっこりと笑ってそう言ってくれた。
さてと、花梨ちゃんも納得してくれたところで。
今日の記念すべき日をもって愛の日々が始まるんだ。
再会したばかりのあたし達は、まずお互いをよく知らないとね。
「七海ちゃん、また良く見もしないで突っ走ろうとしてない?」
ワクワクしながら今後のプランを練っているあたしに、花梨ちゃんが慎重に話しかけてきた。
「なにが?」
「あの人、確かに『運命』とは言ってたけどね」
「うんっ!」
「付き合ってください、とは、ひと言も言ってないよ」
そこんとこ分かってる? みたいに人差し指であたしを指差す。
なあーんだ、そんな事! そんなの『運命』の前では些細な事よ!
決まりきっている事実に言葉はいらないの。
自然よ、自然。自然の流れで、そうなるもんなの。
さてと、流れをもっていくために色々と質問しなきゃね。
「七海ちゃんさっき、年とか身長とか、出身校とかの個人情報、聞きまくるつもりだったでしょ?」
「うんっ!」
「やめてよね。お見合いセッティング好きのオバさんじゃあるまいし」
「えー? なんでよー」
「まずはアドレスの交換でしょ? いきなり出身校はないでしょうが」




