ドラマの当て馬御曹司に生まれ変わったけど、俺の見る目はたしかです
ドラマの当て馬御曹司に生まれ変わったけど、俺の見る目はたしかです
どいつもこいつも、目が節穴なやつらばっかりだ!
まず一人目。
東雲恭弥。東雲家の一人息子で、俺の親友の従兄弟。年は5歳ほど下だ。
俺の実家とは昔から家族ぐるみの付き合いで、腐れ縁。
昔、小さい頃は可愛かったが……最近のこいつはクズだ。
もう一回言おうか。クズだ。
なぜかって?
自分が惚れて惚れて追いかけてようやく付き合えて婚約した女性を放置して、義妹の「ちょっと手を切っちゃった」というどう考えてもぶりっ子全開の声一つで病院に飛んでいったからだ。
婚約者はそのぶりっ子のせいで熱い鍋をかぶり、足に大火傷を負ったというのに、だ。
しかもこんなことは、1度じゃない。
婚約式だって、三度延期された。原因は全部義妹のためだ。
「ごめんなさい、今日、お義兄さんの大事な日って分かってるんですけど、足捻って痛くて」
そんな電話を受けて婚約者を放置するバカがこの世にいるなんて、俺は目にしないと信じられなかっただろう。
よく分からないが、この腐れ縁の弟分の目には、どう見てもわざと邪魔している義妹が天使に見えてるらしい。
そんな節穴すぎる目なら、目を欲しがっている人にあげたらどうだ?
しかし、そんな恭弥を好きという婚約者もまた目が節穴だ。
誘拐されそうになった時に助けてくれた相手。それが恭弥だと思い込み、彼の告白を受け入れ、尽くしている。
恩人はそいつじゃないのにな。
え? なんでそんな事知ってるかって? だって、助けたのは俺だから。
でも勘違いするのも仕方ないだろう。彼女はあの時薬をかがされて朦朧としていたし、通報したり病院に付き添ったのは恭弥だから。
それに今更言ったところで節穴状態の彼女は納得しないだろうし、俺だって別に恩人として接してほしいわけじゃない。そんなのただの吊り橋効果だろ?
俺そのものを見てくれたわけじゃない。
「彼は止めたほうがいいです。今なら戻れますから」
何度も彼女――百合をそう引き止めたが、彼を愛しているからと聞きやしない。
しかし一番の節穴の目の持ち主は、きっと俺だ。
(ああちくしょう! それでも好きだ)
彼女――伊藤百合に惚れていた。どうしようもないほどに。
他の男しか目に入っていない彼女に、惹かれて惹かれて、理由もわからず叫び出してしまいそうだ。
「くそっ。せっかく生まれ変わったというのに……なんで当て馬なんですか」
誰にともなくぼやいてソファを殴る。ふかふかのクッションのおかげで痛みもなく……逆に虚しい。
頭がおかしいと言われるから誰にも黙っているが、10歳の頃に前世を思い出した。
なぜその記憶が前世と分かったのかは、直感としか言えない。ああ、これは俺の記憶だってな。
前世の俺は、一般人。
今世の俺は、なんと西谷家の御曹司。自分で言うのも何だが、見た目も悪くないし、しかもこの体。頭の回転もいい上に、運動神経もいい。
ハイスペックすぎるので、前世の自分ってなんだったんだ、と凹みそうにもなったが、今世はその分楽しませてもらおう、なんて思っていた。
しかし、またある日ふと気づくわけだ。
――あれ? この世界、どっかで見たことあるくね?
前世で見たドラマにそっくり……というか、そのままだった。
百合。……伊藤百合がヒロインで、恭弥は後悔する元恋人役。そして……最終的にヒロインの百合を射止めるのは、俺の親友の慎也だ。
俺は、親友とヒロインを取り合って、負ける当て馬。
まぁそんなことに気づけばだ。当然そんな未来は避けたいわけだ。
だから徹底的に百合と出会わないように気をつけたんだが、避けても避けても、ドラマの通りに出会ってしまう。
それでも惚れなければ問題ないと思っていたが、体は俺の意思とは反対に彼女を前にした時だけ心臓が速くなる。
いや、頭も何故か彼女のことばかり考える。
俺は物語に操られているようで気味が悪くて、自分を見失いかけた。
やけくそになって、むしろ彼女に冷たくしようとして、けどできなくて。
危険な目にあっているのを見たら、心からその名を叫んでいたのだ。
「百合っ!」
背中にナイフが刺さったあの瞬間、俺は認めるしかなかった。
彼女が、学業を頑張りながら、祖母の看病をしている姿に。
彼女が、汗を流しながら、必死に工事現場で働いている姿に。
彼女が、誰にも気づかれない俺の努力を、静かに認めてくれた姿に。
――拓海さん、少しは休んでくださいね。
魂の底から好きになってしまっていた。物語云々なんて関係なく。
けれども世界は残酷で。
彼女はやっぱりドラマ通り恭弥に惚れて……傷つき裏切られ、最後はきっと……親友のもとに行ってしまうのだろう。
ようやく最近、百合は目が覚めて恭弥から離れようとしている。だが、単純に喜べない。
恭弥から離れても、自分のもとに来てくれるとは限らない。
嫌だ。嫌だ。嫌だ!
たしかに親友の慎也はいい男だ。男の俺から見たって隙がない。
寡黙でやや粗野なところはあるが、一途だし、能力もある。見た目だって俺に匹敵……いや。正直に言おう。俺より格好いいと思う。
それに能力にしたって、俺はいつもこいつに勝てない。事業が被っていないからなんとか隣に立てているが、同じ分野に進出すれば俺は二番手になるだろう。
だけど、そう! 俺にだっていいところはある。
家族だ。
俺の家族は皆いい人だ。
東雲家で百合の味方なのは慎也と祖父だけ。他は皆彼女をいじめるバカばかり。
両親は、家柄は気にせずに相手を選べと言ってくれている。俺が幸せになれる人、俺が幸せにしたい人を連れてきなさいと。
生意気な妹は、
「お兄ちゃんをしっかり躾けてくれる人がいいなぁ」
なんて言ってやがるが、姉という存在に憧れて楽しみにしているのを俺は知っている。
「早くお義姉さん連れてきてよ! 私、姉妹で買い物するの夢なんだから」
俺は胸を張れる。うちに来たら、百合は家族に愛される。穏やかで優しい彼女なら、皆受け入れてくれる。
もちろん俺だって全力で愛する。
だからどうか、俺を見てくれ。節穴の目なんて言ったこと謝るから。俺を見てくれ。
キラキラと輝くその目で、俺を見て。
そう願うのに、やっぱり彼女の目は俺を見ない。その目が見つめるのは――俺の隣に立つ親友。
苦しい。
胸の奥が痛くてたまらない。やっぱり俺はただの当て馬に過ぎないんだろうか。
俺はそんなに前世で悪いことをしたのだろうか。素敵な家族も、家柄も、能力も見た目ももらっても……彼女だけは手に入らないのか。
「くそっ!」
部屋で一人、酒を煽る。テーブルの上には、叔母から送られてきた見合い写真。
分かってる。叔母も親切心から送ってくれただけ。だけど……それを掴んでゴミ箱に叩き入れた。
そんな時、客が来た。
追い返そうとしたが、相手を見てすぐにドアを開けた。
「百合? どうしました?」
内心はひどく慌てているのに、声は落ち着いて丁寧だ。
ちなみになぜか、俺は声を出すと丁寧な口調になる。……いや、なぜかじゃないか。母親の躾の賜物だ。
百合は、ひどく憔悴していた。
「……また恭弥ですか?」
眉をしかめて聞くと、彼女は……耐えかねたようにぽろりと涙した。
「ち、がいます……違うんです。私、私……どうしたらいいのか……助けて」
いつも穏やかで、我慢強く、自分でなんとかしようとする彼女から出た「助けて」の重み。
ひとまず彼女を部屋に上げる。
「ひとまず水飲んで、落ち着いてください」
グラスに水を注いで渡すと、百合はちびちびと飲んだ。
こんな時にあれだが、可愛いと思ってしまう。
ソファにちょこんと腰掛けた彼女の正面に膝をつき、安心させるように笑う。
「ゆっくりでいいですからね。話せないなら、話さなくてもいいですから」
本当はすぐに話してほしい。俺に。俺だけに話してほしい。
けどそんな気持ちを抑え込んで、見上げる。
――目があった。
呼吸が止まる。
彼女が……俺を見ている。
「……好きです」
その唇が空気を震わせたその音を、俺はしばらく理解できずにいた。
俺の気持ちが溢れすぎて幻覚を聞いたか。もしくは俺が口走ったかと思うが、いやたしかに彼女の声だった。
「え?」
間抜けな声しか出ない。
目の前では、百合がぼろぼろと泣きはじめていた。
「好きなんです。あなたが好きなのに……なぜか、体が言うこと聞かないんです。気づくと体が慎也さんのところに向かってしまうんです!
違うのに……私が好きなのは、あなたなのにっ」
ハッとした。
普通の人ならばわけがわからないだろうが、俺には分かった。なにせ俺も、操られるように体が動くことがあったからだ。ドラマであったシーンは特に強くて、抗えなかった。
百合の頬に触れる。
情けないことに、手が震えていた。
「本当に?」
「分かってます。変なことを言ってるのは。でもっ、私は最初からあなたが……拓海さんが好きなんです! なのに体が勝手に恭弥に答えて、言うこと聞かなくて……今もっ、慎也さんに向かって……違うのに」
彼女もまた、苦しんでいた。体と心の乖離に。世界に。
もう、こらえきれなかった。
「俺も、好きです。百合のことが、ずっと好きでした」
百合の目が驚く。
「……本当、ですか?」
「俺がこんなことで嘘をつく男に見えてるんですか?」
問いかけると、百合は「いいえっ! いいえ!」と泣きながら笑った。
「その、強制的に動いてしまう現象に抗う方法知ってるんですが……試してみますか?」
それは俺が長年の研究で気づいたこと。方法は……物語と大きく異なる行動をすること、だ。
あの日。
ドラマにはなかった百合の誘拐未遂の時に、俺が飛び出してナイフで刺された時のような……後々に影響を及ぼすことだ。
俺の背中に、ドラマにはない傷跡が残ったような。
それから俺は、彼女とともに様々な逸脱行動を取った。
俺の両親に紹介した。
親友や東雲家にも二人で挨拶に行った。
正式に婚約した。
たくさんデートもした。
最初は、苦しげだった百合も……いくつも行っていくうちに解放される感覚になっていったらしい。
「拓海さん、愛してます」
深く深くつながりながら、俺に手を伸ばして自信に満ち溢れた顔で言ってくれた。
「うん……俺も、愛してます。百合」
だから、前言撤回する。
俺も彼女も……目が節穴ではなかった。




