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さよならのはじまり

作者: つき

 「あっちの大学行っても、頑張りよ」

 見送りは行かない事にしていた。何故なら泣いてしまうのは分かりきったことだったからだ。

 栄太が飛び立った後、一人で飛行場で泣くなんて絶対嫌だった。だから私は、栄太とは直接会わずに電話だけで見送りをすることにしたのだ。

「夏帆も頑張れよ。俺、長い休みには帰って来るき」

「別に無理して帰らんでも良いで」

 こんなときでさえ、私は素直になれない。

 栄太が東京の大学に行くと決めた時だって、本当は止めたかった。それなのに、私の意地っ張りな口は心とは反対のことばかりを話してしまっていた。別に寂しくなんかないから、遠くに行けばいいよ、と。栄太は私の冷たい言葉に、そっか、と呟いて、少しだけ寂しそうに笑ったのだ。私は今でもあの時のことを夢に見る。そして想像する。もし、私があのときに行かないでと言っていれば、今頃同じ大学に通えたんだろうかと。

「相変わらず冷たいな、夏帆は」

 そう、私はいつだって冷たい。それなのに、栄太の声はいつだって温かかった。その事実に今更気付く。どうしてもっと早くに気付かなかったのだろう。栄太の良いところを、私はちゃんと、分かっていたのだろうか。後悔ばかりが胸を覆う。

 栄太は、今から二時間後には、東京に飛び立ってしまう。それは変えようのない現実だった。

 しばらく、携帯電話の向こうからの声が途絶えた。

 今、どんな表情をしているのだろう。

 笑っているのだろうか、悲しんでいるのだろうか、それとも、苛立っているのかもしれない。

 私が栄太の顔を想像しているうちに、電話の向こうからフッとため息が聞こえた。

「でも俺、分かっちゅうき」

「え?」

「夏帆の天邪鬼な性格、ちゃんと分かっちゅうつもりでおるき」


 栄太は、ずるい。


 そんな単純な一言で、私をこんなにも喜ばせる。私は、栄太に何一つできないと言うのに。

「夏帆?」

「何よ」

 つい刺々しい口調で返してしまう。それは、震えている声を隠すためでもあった。

 良かった。本当に良かった。電話にしておいて、本当に助かった。栄太と直接会っていたら、確実に私は泣いていた。

 瞳に溜まった涙を近くに置いていたタオルで拭き取る。それでも次から次へと涙は浮かんできてしまう。

「夏帆」

 栄太が、私の名前を優しく呼ぶ。そんなに優しい声で呼ばないでほしい。張り詰めた心の琴線が、栄太の声を聞くたびに震えてしまう。

 私は返事をせずに、ただ携帯電話に耳を当てていた。声を発してしまうと、抑えている涙が一気にあふれ出しそうだった。

「部屋の窓から外見てみて」

「……へ?」

 私は赤くなった目をこすりながら、まさかと思いつつ窓から外を見た。

 すると、家の前には栄太が立っていた。正真正銘本物の栄太が。

「何で」

 何で栄太がここにいるんだろう。

 私が放心状態でいると、携帯電話から声が聞こえた。それと同時に、窓の向こうの栄太からも声が聞こえる。

「夏帆は会いたくないって言いよったけど」

 そう言って、栄太は顔から携帯を話して、私の方に向かって叫んだ。

「俺は、会いたかった」


 栄太は、本当にずるい。


 私の言えなかった言葉を、簡単に言ってしまう。

「俺、あっちに行っても、夏帆と終わるつもりないきな」

 私は携帯から耳を離して、窓から身を乗り出して叫んだ。

「毎日メールくれんと、別れるきね」

「分かっちゅう」

「電話も、してこんと別れるきね」

「分かっちゅうよ」

 栄太は、私の言葉にいつだって真っ直ぐに答えを返してくれた。栄太の瞳に映る私も、そうだと良いのにといつも思っていた。

 私は、真っ直ぐ栄太の瞳を見つめた。瞳に溜まった涙のせいで、栄太の顔がちゃんと見えない。それなのに私には分かった。栄太は、きっと今笑っている。泣き出しそうな私を見つめながら、いつものように優しい笑みを浮かべているのだ。

「栄太」

 会いたいときに会えなくなるね。いつも一緒にいたのに、隣にもういなくなるんだね。

 いつだって傍にいたから、栄太のこと、聞かなくても分かった。それなのにもう、私の知らない栄太の毎日が始まってしまうのだ。

 東京の女の人は、こんな田舎と違って美人が多いんだろう。大学に行って、栄太がもてたりしたらどうしようかと思う。栄太を信じたいけれど、環境は人を変えてしまうのだ。今度会うとき、私の知らない栄太になっているかもしれない。それが、何より怖かった。

「栄太」

 もう駄目だよ。泣かないって決めたけど、やっぱり泣いちゃうよ。ごめん、栄太。私、寂しくて死んじゃいそうだよ。栄太のいない毎日に、耐えられる自信がないよ。

 それでも、栄太は行ってしまう。

「栄太、私、ちゃんと」

 私を忘れないでね、栄太。

「ちゃんと栄太のこと好きやきね」

 今まで素直に言えなかった言葉を、私はやっと吐き出した。

 すると、栄太が携帯電話を指差した。私は溢れてくる涙を必死に拭きながら、携帯に耳をあてる。携帯電話の向こうからは、興奮した栄太の声が聞こえてきた。

「どうしよう夏帆、俺今さ、今すぐにでも、夏帆を抱きしめたい」

「……馬鹿っ」

 意地っ張りな私だけど、たまには素直になるのも良いかもしれない。

 私は、携帯を握り締めて階段を下りた。扉を開けるときっと、栄太が笑って私を抱きしめるだろうから。


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