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第5話 悪魔の契約。身代わりに授業参加させられるメイド

男子トイレの個室でなんとか事なき(?)を得た私、リリアは、洗面台の鏡に映る自分――第三王子ギルバート殿下の顔を、魂の抜けたような目で呆然と見つめていた。


水で濡らした銀髪の前髪が額に張り付き、色白の頬はまだ、先ほどの情事の余韻でリンゴのように紅潮している。


だが、そのアイスブルーの瞳には、ダンジョンの最下層よりも深い絶望の色が宿っていた。


「……信じられません。私、学校のトイレで、自分自身の嬌声を聞きながら、男の人の体で果ててしまうなんて……」


お嫁にいけない……。


いえ、今は男の人の体だから物理的にお嫁にはいけませんけど、私の純真無垢な乙女の心が、完全に魔王に蹂躙されて焼け野原です……!


思い出しただけで、カッと顔が爆発しそうに熱くなる。


先ほど、耳元のピアスから聞こえてきたのは、まぎれもなく私の体が出している、甘く蕩けきった声だった。


『おいリリア。いつまで鏡に見惚れているんだ? もうすぐチャイムが鳴るぞ』


無慈悲な通告が鼓膜を震わせる。


私はビクリと肩を震わせ、濡れた顔をハンカチで乱暴に拭った。


「わ、わかってます! 今行きますよ! 誰のせいだと思ってるんですか!」


『ハンカチはポケットだ。あと、ズボンのチャックを確認しろ。……僕のエクスカリバーを白日の下に晒して歩く趣味はないからな』


えっ!?


私は慌てて股間を確認する。


危ない、あやうく王家の秘宝を全校生徒の前に解放するところでした!


深呼吸を一つすると、トイレを出て、長い廊下を歩き出した。


――ここが、聖ルミナ学園。


王族や上位貴族の子弟たちが通う、王国最高峰の学び舎。


私のような、没落騎士爵家出身の一介の侍女には一生縁のない、雲の上の場所だ。


こんなピカピカの大理石、私の足で踏んでいいんでしょうか……。


だが今、私はこの国の王位継承権第三位を持つ「殿下」として、その廊下を歩いている。


契約……そう、これはお給料と家族の命を守るための契約なんです。


家族に、お腹いっぱいお肉を食べさせるための聖戦クエストなんです!


私は、王宮を出発する前に殿下と交わした会話を反芻した。


『いいか、リリア。君の学園での任務は三つだ』


殿下は、私のメイド服姿で足を組み、ガーターベルトをチラ見せさせながら尊大な態度で告げた。


『一つ。学園に潜伏している「第一王子派」の動きを探り、マッピングすること』


『二つ。僕の「生存」と「健在」を周囲のモブどもに知らしめること』


『そして三つ……』


殿下はニヤリと悪魔のように笑い、私の豊かな胸元をツンと指差した。


『僕が満足するまで、僕の指示に絶対服従することだ』


あんなの、契約じゃなくて脅迫です!


私は心の中で全力で毒づきながら、教室の立派な両開きの扉の前に立った。


重厚なマホガニーの扉。


この向こうには、数十人のプライドの高い貴族生徒と、教師という名のモンスターたちが手ぐすね引いて待っている。


虚弱な王子の心臓が、限界を超えて早鐘を打つ。


手のひらに嫌な汗が滲む。


『胸を張れ。今の君は王家の血を引く覇者だ』


殿下の珍しく真面目で冷静な声に背中を押され、私は意を決して扉を開けた。


ガラララ……。


教室内の空気が、一瞬で絶対零度に凍りついた。


優雅に雑談をしていた生徒たちが一斉に口をつぐみ、入口に立つ美少年に視線を集中させる。


その中には、朝、正門前でエンカウントして瞬殺したランドルフの姿もあった。


彼は私と目が合うなり、「ヒッ!」と短い悲鳴を上げて青ざめ、凄い勢いで視線を逸らした。


み、みんな見てる……! 


怖い……! 


場違い感がすごいです! 今すぐUターンして王宮の便器磨きに戻りたい!


私の内心は絶叫していた。


だが、悲しいかな、長年鍛え上げられた体(中身)は正直だ。


騎士の娘としてのスパルタ修練が、恐怖を感じた瞬間に勝手に「臨戦態勢」をとらせてしまうのだ。


背筋がピンと伸び、顎を引き、鋭い猛禽類のような眼光で周囲の敵影を無意識に警戒してしまう。


お父様、お母様。長女リリアは今、王国の学園に乗り込みました……!


『……席は一番後ろ、窓際だ』


ピアスの指示に従い、私は無言で威圧感を撒き散らしながら教室を横切った。


カツ、カツ、カツ。


静まり返った教室に、足音だけがやけに大きく響く。


席に着き、椅子に座る。


「痛っ……」


思わず小声で漏らす。


痛たたたっ! 王子のお尻、クッションとなる脂肪が絶望的に足りません!


硬い木の椅子が骨にダイレクトアタックしてきて痛いです!


私の元のもちもちヒップを返してください!


もぞもぞと尻の位置を直しながら、配られていた分厚い教科書を開いた。


「それでは、本日の授業を始める」


神経質そうな老齢の教師が入ってきて、黒板にチョークで文字を書き始めた。


科目は『古代魔法史』。


私は黒板の文字を見て、開始一秒で絶望した。


よ、読めない……! 


いえ、文字は共通語だから読めるんですけど、意味が全く分かりません!


『エーテル流動の可逆性におけるマナの変異』

『第三紀魔導大戦における術式干渉とパラダイムシフト……』


エーテル流動!? パラダイムシフト!? なんですかその上級魔法!


侍女の仕事に必要なのは、ガンコな油汚れを落とす重曹の知識と、せいぜい家計簿をつけるための足し算引き算だけですよ!


こんな高度な魔法学問など、理解できる気がしない。


どうしよう、当てられたら一発でジ・エンドです……! 


『殿下はスライム並みの知能になった!』って王宮に報告されちゃいます!


私が冷や汗をダラダラ流していると、教師の爬虫類のような視線が鋭くこちらを向いた。


「……おや。今日は珍しく、第三王子であるギルバート殿下がご登校されているようですな」


教室中が再びざわめく。


教師はインテリ眼鏡の位置を中指で押し上げ、ひどく意地の悪い笑みを浮かべた。


「部屋に引きこもってばかりの殿下には少々難しすぎるかもしれませんが……この黒板に書かれた『ロゼッタの定理』について、皆の前で解説をお願いできますかな?」


名指しされた。


完全に、公開処刑を狙った嫌がらせのエンカウントだ。


私はゆっくりと立ち上がったが、頭の中は完全にホワイトアウトしていた。


え、あ、その……ロゼッタ……ロゼッタって、厨房の裏口によく残飯を漁りに来る野良犬の名前でしょうか……それとも新しい丸パンの種類……?


アホな回答を口走りそうになったその時。


『――落ち着け、筋肉馬鹿の侍女』


殿下の声が脳に直接響いた。


『僕が言う通りに復唱しろ。……でも』


「え?」


『ただ親切に教えるだけじゃつまらない。代償を貰うぞ』


私の背筋に、特大の氷結魔法を当てられたような悪寒が走った。


次の瞬間、ズクリ、と胸の奥のコアが甘く疼いた。


「んっ!?」


静まり返った教室で、私(王子)が小さく体を跳ねさせた。


感覚が、伝わってくる。


固くて熱い何かが、私の胸の先端をクリクリと弄っている感覚。


それも、服の上からではない。


直接、剥き出しの肌を、指先でねっとりと摘まれている!


『今、君の体は僕の執務机の上だ。メイド服の胸元を全開にひん剥いて、僕が直接、その美味しそうな果実を味見しているところだよ』


ぎゃあああっ!! 学校です! 授業中ですよ!?


貴族の目があるど真ん中で、なんて精神攻撃を仕掛けてくるんですか!


「ッ……! や、やめ……!」


『さあ答えろ、リリア。ロゼッタの定理とは……』


教師と生徒たちが、怪訝な顔でブルブル震える私を見ている。


私は机の縁を白くなるほど強く握りしめ、ガクガク震える足で必死に踏ん張った。


『魔力循環における……ほら、早く言え。じゃないと噛むぞ』


噛む!? ひぃぃぃ、私の防御力ゼロの胸部装甲が噛み千切られますぅ!


「ま、まりょくじゅんかんにおける……っ、ふぅ……!」


殿下の指が、私の敏感な突起を強く引っ張り、弾く。


電流のような快感が、腹の底、いや、さっき鎮まったばかりのエクスカリバーの根元へと真っ直ぐに落ちる。


『不可逆的な……崩壊現象を……』


「ふかぎゃくてきな……ほうかい、げんしょーを……んぅっ、あっ……!」


私の声は、苦痛とも快楽ともつかない、熱を帯びた色っぽい吐息混じりのものになってしまった。


色白の頬が朱に染まり、アイスブルーの瞳がトロリと潤む。


その姿は、難問に苦悩しているようにも見えるが、誰がどう見てもどこか異常に艶めかしく、セクシーだった。


『証明した……基礎理論……ッ! ほら、イけ!』


「しょーめいした……きそ、りろん……ですぅぅッ!!」


私は最後の一言を、叫ぶように言い放ち、ガタガタと震えながら席に座り込んだ。


座り込んだ瞬間に、殿下が「仕上げ」として両胸を同時に強くつねり上げたため、完全に腰が砕けたのだ。


静寂。


教室中が、針の落ちる音すら聞こえそうなほどシーンと静まり返った。


教師はポカンと口を開け、持っていたチョークを床に落としていた。


「……せ、正解です。しかも、古代語の原文の解釈まで完璧に……」


数秒の空白の後、生徒たちが爆発したようにざわめき始める。


「天才だ……! あの難解な定理を一瞬で!」

「おい、聞いたか? 答える時のあの声……」

「ああ。すごい情熱だ。学問の真理に触れる熱意で、体が歓喜に打ち震えていたぞ!」

「なんてセクシーで知的な声なんだ……病弱で無能な王子だと思っていたが、本物の天才だ!」


違います! 


学問の熱意じゃなくて、遠隔物理攻撃のセクハラで震えてただけです! 


私の尊厳をこれ以上えぐらないでぇぇ!


完全に、そして斜め上の方向に勘違いされていた。


『くくく……よくできました。ご褒美に、次の授業ではもう少し下の方、ダンジョンで遊んであげようか?』


「……本物の、悪魔」


私は机に突っ伏し、涙目で呟いた。


下腹部の疼きは収まるどころか、殿下の執拗な遠隔魔法(セクハラ)によって、さらに激しく熱を帯びていく一方だった。


こうして、私の波乱万丈な学園生活初日は、「天才王子」という致命的な誤解と、「変態王子」による容赦ない羞恥プレイと共に、絶望の幕を開けたのだった。

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