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第3.5話 通信ピアスと遠隔入浴。顔はクールな王子様、中身は悶絶寸前の新米侍女

そして迎えた、登校初日の朝。


「……うぅ、ボタンが多すぎます。これ、どうやって装備するんですか……」


私は鏡の前で、王立学園の男子制服という名の重装備と格闘していた。


深紺のジャケットは体にぴったりとフィットするように作られており、慣れない男の体では着こなすのも一苦労だ。


昨夜の過酷な特訓の継続ダメージのせいで、指先一つ動かすのもしんどいのに……。


「貸してみろ。まったく、手のかかる王子様だ」


背後から侍女姿の殿下が現れ、手際よくボタンを留めていく。


ネクタイを結び、襟を正す。


最後に、殿下は私の耳元に、青く光る宝石のついたピアスをパチンと装着した。


「これは?」


「魔導通信機だ。僕の魔力で作った特別製でね。どんなに離れていても声が届く」


殿下は満足げに頷くと、一歩下がって私を眺めた。


鏡に映るのは、完璧な着こなしをした、憂いを帯びた美少年。


中身が疲労困憊で限界寸前の侍女であることを除けば、だが。


「行ってらっしゃい、僕の可愛い『共犯者』さん。……ああ、そうだ」


部屋を出ようとした私に向けて、殿下はその場でスカートの裾をふわりと摘んだ。


片足を一歩引き、しなやかに膝を曲げる。


完璧で、優雅で、そしてどこか挑発的な淑女の挨拶。


私自身の体で行われているのに、私には一生かかってもできそうにないほど洗練された動作だった。


……くやしい。


悔しいですが、私の顔なのに、今の魅了の魔法がかかったようなご挨拶、完璧すぎました。


絶対私にはできません!


「僕の体、傷つけたら承知しないからね」


上目遣いで放たれた言葉に、私は不覚にも息を呑んだ。


自分の顔なのに、ドキリとするほど綺麗だったからだ。


「っ……! 殿下こそ、私の体で好き放題するのはやめてくださいっ!」


私は真っ赤になった顔を隠すように、逃げるように開かずの間を飛び出した。


                  ◇


どうしよう……。


私、本当に男の人として学園生活なんて送れるの?


不安と、昨夜から消えない下腹部の熱を持て余しながら、私は王宮の馬車乗り場へと向かった。


そこには、王家の紋章が入った豪華絢爛な馬車が待機していた。


「お待ちしておりました、ギルバート殿下」


御者が深々と頭を下げる。


周囲には屈強な護衛の騎士たちも整列している。


私は一度大きく深呼吸をし、震える足にギュッと力を込めた。


お父様、お母様。どうか娘をお守りください。


中身はヴァレリウス家の純真な娘のままですが、体は変態王子様になってしまいました! 


今から貴族だらけの魔窟に単独レイドしてきます!


「……あ、ああ。苦労をかける」


精一杯ドスを効かせた低い声で答える。


だが、その声は極度の緊張で裏返りそうになり、結果として不機嫌さを隠そうとする冷徹で寡黙な王子のように響いてしまったらしい。


御者は「おや?」という顔をした後、すぐに「はっ!」と背筋を伸ばして畏まった。


……助かりました。


愛想が悪いと思われた方が、ボロが出なくて済みますからね。


周囲の衛兵たちの好意的な誤解に気づく余裕などなく、私は逃げるように馬車に乗り込んだ。


重厚な扉が閉まり、馬車が滑らかに動き出す。


窓の外を流れる王都の景色。


これから向かうのは、貴族の子弟が集う聖ルミナ学園。


そこは、王位継承権を持つ第一王子派や第二王子派の刺客、そしてギルバート殿下の婚約者を名乗る肉食系モンスター令嬢たちが待ち受ける、超高難易度の伏魔殿だ。


「……はぁ。もうお腹痛い……帰りたいです……」


私が弱音を吐いて、ふかふかのシートに沈み込んだ、その時だった。


ザザッ……。


耳元のピアスから、ノイズ混じりの声が脳内に直接響いた。


『――聞こえるか、リリア。通信テストだ』


「ひゃいっ!? き、聞こえます!」


私はビクッと飛び上がった。


馬車の中には私一人なのに、まるで殿下が耳元で囁いているような鮮明な声だ。


『よし。感度は良好だな。遠隔魔術で君のことをしっかり監視しているよ。ああそうだ……ちなみに今、僕は君の体を朝風呂に入れているところだ』


私は、スライムのように顔面蒼白になった。


え? お風呂? 今? 


これから私は戦場(がくえん)に向かうというのに、後方支援どころか本陣から直接デバフ魔法を打ち込んでくるんですか!?


「お、お風呂!? なんで!?」


『僕は入浴愛好家でね。まあ、隅々まで洗ってやるから安心しろ。特に、胸の谷間の下と……ああ、ここか』


じゅわっ……と、胸の奥が不自然に熱くなる。


温かいお湯に包まれているような感覚と共に、私の最も敏感なポイントを、スポンジで、いや、明らかな『素手』の感触で優しく、ねっとりと擦られる感触が伝わってきた。


「ひあぁっ!? だ、だめです! 馬車の中で……声が出ちゃいます!」


外には衛兵さんたちがいっぱいいるのに! 


顔はクールな王子様を保たないといけないのに、感覚が、感覚が……!


『我慢しろ。涼しい顔をして耐えるんだ。それが「王子」としての最初の試練だ』


クスクスという悪魔のような楽しげな笑い声と共に、通信がプツリと切れる。


だが、体の感覚のリンクは切れていない。


むしろ、聴覚が遮断された分、触覚へのデバフだけが極限まで研ぎ澄まされ、殿下が今、私の体のどこを、どんなエグい手つきで洗っているかが手にとるようにわかってしまう!


「んっ、くぅ……! ああっ……!」


私は真っ赤に茹で上がった顔で、必死に股を固く閉じてガタガタと震えるしかなかった。


学園に着く頃には、この貧弱な王子の体は謎の脂汗でびっしょりになっていることだろう。


あのド変態王子ぃぃぃぃぃッ!! 


私の魂からの絶叫は、誰にも届かない。


馬車は無情にも、感覚共有のダメージに悶える私を乗せて、決戦の地・学園へと近づいていくのだった。

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