第2.5話 断れば全裸で詰め所に突撃!? 自分の体を人質にされた新米侍女
放心状態の私を見下ろして、殿下は布切れで手を拭いながら満足げに頷いた。
「よし、魔力も落ち着いたな。これで冷静に話ができる」
殿下は王子の体を綺麗にしてから、ゆっくりと立ち上がった。
そして、私のメイド服のポケットから、見慣れた野暮ったい伊達眼鏡を取り出してかけた。
……中身が変態王子なのに、私の姿で眼鏡をかけると妙に知的で色気があるのがものすごく腹立たしい。
「さて、大事な話だ。王位継承戦が激化している今、僕と入れ替わった脆弱なリリアを、このまま陰謀渦巻く王宮にいさせることは極めて危険だ……」
「じゃあどうすれば……」
「まあ、簡単なことだ。危険な最前線から避難すればいい」
殿下は、私の顔で妖艶に、そして邪悪に微笑んだ。
魔王の誕生である。
「僕の代わりに『王立学園』に通え」
「……がくえん……?」
「そうだ。ただそこも、僕を蹴落とそうとしている第一王子派の刺客や、僕の婚約者を名乗る狂犬のような面倒な女たちがウヨウヨしている魔窟だがな。だが、今の王宮にいるよりかは生存確率が高い」
生存確率が高いって、絶対低いでしょそれ!?
暗殺者とか婚約者とか、フラグしか立ってないじゃないですか!
私は残された僅かな気力を振り絞って体を起こし、涙目で睨み返した。
「そんなの……絶対無理です! 私、ただの掃除と水汲みしかできない侍女ですよ!? 学園の勉強なんて侍女の仕事より意味不明ですし、貴族の礼儀作法なんて……剣術を覚えるるよりも難しいじゃないですか!」
「出来るさ。君にはその『王子の体と顔』がある。黙って立っていれば騙せる」
殿下は、私の着ている王子の服をビシッと指差した。
「それと、僕が君の『極上ボディ』を人質に取っていることを忘れるな」
殿下はニヤリと笑い、自分の豊かな胸元の第一ボタンに手をかけた。
「もし学園行きを拒否するなら……今すぐこの服を脱ぎ捨てて、屈強な男たちが集まる衛兵たちの詰め所へ突撃してやる。君の体で、『私を好きにしてください!』と高らかに叫びながらな」
「ひいいぃぃっ! それだけは!」
実家のヴァレリウス家が物理的にも社会的にも焼け野原になります!
ご勘弁を!
私は床に額を擦り付ける勢いで平伏した。
もはや誇りも何もない。
「……わ、わかりました。行きます。行けばいいんでしょう……! 学園でもダンジョンでも行ってやりますよ!」
「賢明な判断だ。契約成立だな」
殿下は満足げに頷くと、私の手を引いて立たせた。
そして、彼は満足げに自身の首筋にスッと指を這わせた。
その瞬間。
私は、冷たいはずの王子の体なのに、火傷したかのような熱さとゾクッとする感覚を首筋に感じた。
「ん……?」
殿下の手は、ゆっくりと自身の首筋を撫でている。
すると、私(王子)の体が、またビクリと過敏に反応した。
え? なに?
触られてないのに、首筋がゾクゾクする……!
「……おい。今、何か感じたか?」
「は、はい。首筋を撫でられたような……変な感覚が……」
「奇妙だな。僕は今、自分の首筋を触っているだけだぞ?」
「え?」
私は目を見開いた。
殿下は、目の前にいる私(王子)には一切触れていない。
殿下が触れていたのは、自身の首筋――つまり、私の体の首筋だったのだ。
「ま、まさか……」
殿下のアメジストの瞳が、新たな魔術の真理を発見した魔女のように怪しく光った。
彼は実験を楽しむ子供のように、自身の胸をぎゅっと掴んだ。
「きゃっ!?」
私が胸を押さえてうずくまる。
痛いのではない。
背髄がトロけるような甘い痺れが、胸の奥からビリビリと走ったのだ。
「なるほど……。魂のパスが完全に切断されていない。双方向の『感覚共有』状態か」
「か、かんかくきょうゆう……?」
「僕が君の体を触れば、その感覚が離れた君(王子)にもダイレクトに伝わるということだ」
殿下は、私の体を使って、ペロリと舌なめずりをした。
それは、私にとってギロチンの刃が落ちる音にも等しい、絶望の死刑宣告だった。
「つまり、君が学園で真面目に授業を受けていようが、僕がこの部屋で君の体を隅々まで『開発』すれば……君はいつでも、どこでも、僕と同じ極上の快感を味わえるわけだ」
「そ、そんな……嘘ですよね? そんな呪いみたいなデバフ、嘘だと言ってください!」
「嘘じゃない。もっと深いところで証明してやろうか?」
殿下の手が、再び私の体のスカートの中、絶対領域のさらに奥へと伸びようとする。
いやああああ!
「や、やめてくださいぃぃっ! 学園にちゃんと行きますから! お勉強も頑張りますからぁ! 許してくださいぃぃぃ!」
王宮の「開かずの間」に、私(王子)の悲痛な叫びが響き渡った。
こうして、デバフを抱えたまま、最凶の入れ替わり生活が幕を開けたのである。




