偉大な聖女の片鱗 1
民の熱狂が覚めやらぬまま、彼らの見守る前で結婚の指輪を交換した。こうして結婚の儀は終了して、私は部屋の内へと下がる。
だがアルベルト陛下はその場に残り、今後の行事についての話をしている。
「――白雪の聖女だなんて、冗談でしょ?」
皇宮の廊下、壁に寄り掛かると息が零れた。
レイヴェル皇国で復活を待ち望まれている『偉大な聖女』の正体。それがまさか、黒雪の聖女と忌み嫌われていた私だなんて、悪い冗談としか思えない。
だけど、皇国の人々が待ち望む偉大な聖女は、聖力で浄化の白い雪を降らせるという。対して私が黒雪の名を冠するのは、浄化に使う雪が瘴気を吸って黒く染まった結果に由来する。
つまり、私が使う浄化の雪は白い。
白い雪を降らす存在が『偉大な聖女』なら、それは私以外に思い当たらない。
レイヴェル皇国の人々は、輪廻を繰り返してこの地を護る『偉大な聖女』を崇拝している。でも、先代は二十年ほど前に亡くなっており、人々は彼女の復活を心待ちにしている状態だ。
……悪い夢よね?
脳裏によぎるのは、『偉大な聖女』を崇拝する皇国の重鎮、六芒領主たちの言葉。
『余計なことには首を突っ込まず、大人しくしていてください』
『あれが愚かな男の妹か、関わりたくないものだ』
『黒の聖女などと不吉な二つ名を冠するとは、偉大な聖女様とは正反対だな』
そして、旦那様であるアルベルト陛下の言葉。
『幼き頃、俺は先代の偉大な聖女に命を救われた。彼女が復活すればこの身のすべてを捧げ、その恩に報いるだろう』
彼らは『偉大な聖女』――白雪の聖女を崇拝している。
なのに、その正体が忌み嫌っている私だと知ったら、彼らは私を崇拝するのかしら? もしも、私が白雪の聖女だからと、彼らがすり寄ってきたら……
嫌よ、そんなのは絶対に嫌!
私はアルベルト陛下と、互いに身分を隠した状態で会ったことがある。
父には婚外子として無視され、生まれてきた理由を見つけられずに涙する私を慰め、進むべき道を示してくれた。そんな彼に憧れ、いつか胸を張って再会できるように努力すると決意。
彼に『お兄さんのことも護ってあげる!』と宣言した。
なのにいまの私は『詫びの品』。彼らを侮辱した王太子の妹として蔑まれている。その事実だけでも恥ずかしくて死にそうなのに、白雪の聖女だからという理由だけで溺愛される?
「………………はっ!?」
アルベルト陛下に溺愛される日々を想像して帰ってこれなくなるところだったわ。憧れの彼に溺愛されるのはありだけど、その理由が白雪の聖女だから、なんてのは絶対に嫌っ!
それに、再会した彼にはなぜか呪いが掛けられていて、その身に瘴気が纏わり付いている。理由は分からないけど、あの濃密な瘴気は寿命に影響を及ぼすレベルだ。
早急に呪いを解く必要があるわ。それが無理なら、せめて瘴気だけでも浄化する。
でも、それで白雪の聖女とバレるのは嫌!
だから、正体を隠したまま、なんとかしなくちゃいけない。
「あぁもう! どうしてこんなややこしいことにっ!」
感情がぐちゃぐちゃになって天を仰ぐ。
なぜこんなことになったのかしら? 考えてもよく分からないわ。
「ノエル」
私の視界に影が差した。
顔を上げると、そこにアルベルト陛下が立っていた。
「……魔王を封印した偉大な聖女は、白い雪で瘴気を浄化するのですか?」
「惚けるな。偉大な聖女が白雪の聖女と呼ばれていることを調べ上げたのだろう?」
完全に濡れ衣である。
ただ、否定しても信じてもらえないわよね。あまりにも私に取って都合がよすぎるもの。
それに、私が白雪の聖女だと気付かれるのはもっとマズい。
「……はあ。聖女らしからぬ手段だとは思うが、政治に関わる者としては評価している。それに、皇都の瘴気を浄化してくれたことも、国の代表として感謝する。ただ、そなたが得た人気は、白雪の聖女が現れたときに一転する。どうするつもりだ?」
どうするもなにも、偉大な聖女が白雪と呼ばれているなんて知らなかったんです! とは言えないわね。ましてや、私がその白雪っぽいわよ? なんてもっと言えないわ。
勘違いであって欲しい。
だけど、話を聞く限り、私がその白雪の聖女で間違いない。いまにして思えば、この地を浄化したいという衝動も、白雪の聖女の生まれ変わりであることに理由があるのかもしれない。
だけど、やっぱり名乗りたくない。
私は私として、アルベルト陛下に認めてもらいたい。なのに、白雪の聖女だなんて名乗ったら、それだけで認められてしまう。私が私として認められる機会は永遠に失われる。
それだけは、絶対に避けなければならない。
「……まぁいい」
なんのことかしらと首を傾げる。
「そなたが白雪の聖女と名乗ったわけではないからな。白雪の聖女が現れた後は、彼女と誤認されるほど力のある聖女だという方向で民に認められればいいだろう」
そうだ、彼の言うとおりだ。
どうして気付かなかったんだろう。
「おっしゃるとおり、黒雪の聖女として認められるように精進いたします」
私が白雪の聖女と名乗る必要はない。黒雪の聖女として頑張って、白雪の聖女と同じくらいすごいのだと、彼らに認めさせればいい。
そうすれば、私はなにひとつ憚ることなく彼らの前で胸を張れる。
私はそんな決意を胸に、そのための一歩を踏み出す覚悟を決める。
幸い、いまは宰相が民に向かって話をしている。だから私達の話を聞く者はいない。私は敵意がないことを示すために後ろ手を組んで、アルベルト陛下に向かって一歩距離を詰めた。
そのまま、前屈みになって上目遣いで問い掛ける。
「陛下、なぜその呪いを放置なさっているのですか?」
「――っ」
効果は劇的だった。
彼は前屈みな私の腕をがしっと掴み、その耳元に唇を寄せてきた。
「どこで、聞いた」
「……どこ、ですか?」
「この呪いの存在は皇族のみが知っている。六芒領主ですら知らないことだ」
「え? ですが、聖女なら気付くと思いますが」
「過去、皇家の呪いに気付いたのは、白雪の聖女だけだと伝えられている。実際、俺の呪いに気付いたのはそなたが初めてだ。よもや、皇国の聖女が無能だといいたいのか?」
「まさか、滅相もございません!」
兄と同列に扱われたらたまらないわ。
でも待って。白雪の聖女しか気付かなかった? それに私が気付いたと伝えたのは……最高にマズいわ。急いで誤魔化さないと、私が白雪の聖女だと悟られちゃう!
「えっと、その……そう。他の聖女は陛下に触れる機会がなかったのではありませんか?」
「む?」
「私が呪いに気付いたのは、港で足を取られて陛下に支えられたときですから」
「ああ、あのときか」
アルベルト陛下は私を静かに見つめる。
バレませんようにと心の中で祈っていると、彼はおもむろに息を吐いた。
「理由は分かった。だが、あの一瞬で気付いたのなら、そなたは思ったよりも優秀なのだな」
「運がよかったのでしょう。私はなにかと呪いを解く機会が多かったですから」
「……機会が多かった? そうか、苦労していたのだな」
気遣うような目。
なにか誤解された気がするけれど、私が白雪の聖女だとバレるよりはずっといいわよね。
「アルベルト陛下、その呪いを解析させていただけませんか?」
「なぜだ?」
「なぜと言われましても……苦しいでしょう? 解いて差し上げたいと思っただけですが」
「解けるのか?」
「確証はありませんが……たぶん」
そんな感じがするという感覚を上手く説明できなくて曖昧に答える。
それに対して、彼はわずかに目を細めた。
「俺の呪いは、白雪の聖女にしか解けないと言われているのだが……」
ヤバい。
「――さきほども申しましたが、私は呪いに触れる機会が多くございました。あるいは、白雪の聖女の技術が、たまたまアシュタル国に伝わっているのかもしれません」
「ふむ。技術交流か。そなたの兄が送ってきた聖女はろくでもない者だったが……」
あぁぁあぁぁ、どこに話題を振っても地雷しかない!
兄はどれだけ私に迷惑を掛けるのかと恨み言を言いたくなる。
「えっと、あれです。もっと昔に、白雪の聖女が残した文献が流れて来たのかも知れません」
「……ああ、昔、我が皇国を侵略したときに持ち帰った物か」
やらかしてるのは兄だけじゃなかった!
誤魔化さないと。でも、誤魔化す方法が見つからないわ!
焦る私を前に、アルベルト陛下が「冗談だ」と笑った。
「……え?」
「長い歴史の中では交流の一つや二つくらいあったはずだ。実際、俺もお忍びでアシュタル国を尋ねたことがあるからな。白雪の聖女様の技術が異国に流れていても不思議ではない」
そのときの貴方に会っています。なんて絶対に言えない。私は全力でスルーして、その辺りが理由かも知れませんねと話題を逸らした。
「……ふむ。ひとまず、解呪が出来るか試す価値はあるな」
「そうですね。では後ほど試しましょう」
という訳で、その日の夜。
部屋を訪ねてきたアルベルト陛下に向かって私は言い放った。
「では、服を脱いでください」
途端、彼の整った顔が訝しげに歪む。
「……なにを考えている? 最初に、そなたを愛することはないと言ったはずだが? まさか、呪いを解くというのは建前だったのか?」
冷ややかな視線。そう言えば形式上は今日が初夜だった。
そんな状況で、私がアルベルト陛下に服を脱げと……っ。
「解呪を試すだけです! 変な誤解なさらないでください!」




