レイヴェル皇国への輿入れ 3
「ノエル王女殿下、どちらへ?」
扉を開けるなり、外に控えていた護衛の女騎士に尋ねられる。
……って、そうだった。
ここは自国じゃない。皇妃なら、護衛が付くのは普通よね。
「えっと……そう、少し中庭を歩きたいのだけれど……ダメかしら?」
「いえ、中庭であれば問題ありません。ここは既に貴女の城でもありますから」
あら、許可をくれるのね。
てっきり、フリーダみたいに監視役だと思っていたわ。
「……いいの?」
「はい。あまり遅いようなら迎えにまいります」
「そう、ありがとう」
私は護衛騎士の許可を得て、中庭へと足を運んだ。城内は瘴気の濃度が比較的ましな方だったが、外に出るとまた濃く感じられた。
それに空を見上げれば、瘴気に澱んでいるのがよく分かる。
「彼女にはでしゃばるなと言われてしまったけれど……」
魔王が封印された地で瘴気が多く、他の聖女は皇都にまで手が回っていない。おそらく、偉大な聖女の生まれ変わりが、まだこの地に現れていないことに起因しているのだろう。
それらの事情を踏まえて、私が皇都を浄化しても迷惑を掛けることはないはずだ。
「それに、もう一つ気になることがあるのよね」
アルベルト陛下は呪いに侵されている。
それも、瘴気を強く感じさせる、私がいままで触れたことのないような強い呪い。足をもつれさせて彼に触れたとき、全身に走った悪寒はそれが理由。
あの感じからして、アルベルト陛下は相当な苦痛を感じているはずよ。
なのに、なぜ放置されているのかしら?
解こうとしたけど解けなかったのかしら? もちろん、世の中には解呪できないような呪いもあるけれど、触れたときのあの感じからして、なんとなく解けそうな気がするのよね。
もちろん、根拠はないのだけど。
折を見て、彼の呪いについて調べたい。だけどまずは――と、私はその場で片手を胸元に、もう片方の手は緩やかに広げた。自らの聖力に浄化の願いを込める。
瘴気が覆っていた空から、浄化の雪が降ってくる。
空は暗く、私の雪をちゃんと見ることは出来ないけれど、瘴気を吸った雪は禍々しい黒に染まっている。それが、黒雪と名付けられた由来。
黒い雪は地面へと落ち、瘴気とともに雪解けのように消えていく。
こんな光景を生み出していれば、忌み嫌われるのも仕方がないと思う。
けど、いまは深夜で、大半の民は寝静まっている。雪が降っていること自体、気付かない人間が大半だろう。気付いたとしても、季節外れの雪くらいに思われるのが関の山のはずよ。
とはいえ、長く雪を降らせればバレる可能性が高くなる。
ひとまずは様子見を兼ねて、行動に支障がない程度に留めておきましょう。
翌朝、私の目覚めは爽快だった。異国の地での初めての目覚め――というよりも、故郷に帰ってきたかのような謎の安心感がある。
朝の準備を終えた私は晴れ晴れとした気分で朝食をとる。私がお披露目に対して最後の確認をしていると、そこに苦々しい顔のフリーダがやってきた。
「ノエル王女殿下、一つお尋ねしてよろしいでしょうか」
「ええ、なにかしら?」
「昨夜、部屋を抜け出しましたか?」
やっぱり気付いたわね。出来れば惚けたいけど……無理ね。
外出自体は護衛の騎士に確認されたらバレるもの。
だけど、浄化をしたと答えるつもりはない。
「少し中庭を散歩しただけよ」
「一人で、ですか? 扉の外には護衛の騎士がいたはずですが……」
フリーダが視線を向けたのは扉を護っていた女性の騎士。視線を向けられた彼女は、「中庭に行きたいとおっしゃったので許可を出しました」と答えた。
直後、フリーダは顔をしかめる。
……なるほどね。
妙にあっさり外出の許可をくれたと思ったけど、やっぱり監視の意味も兼ねていたのね。女性の騎士はその意図を汲み取れず、従来の護衛として判断してしまった、といったところかしら。
このままだと、彼女が罰を受けることになるかもしれない。
……そうね。それは少し気分が悪いわ。
「フリーダ。彼女は中庭なら危険はない。ここは既に貴女の城だから好きにしていいと言ってくれたのだけど……その言葉が間違っていたのかしら?」
「いえ、それは……」
フリーダは答えに窮する。
否定すれば、私を花嫁として受け入れた名目を否定することになる。だけど、肯定すれば、私を自由に出歩かせる許可を与えてしまうことになる。
どちらもフリーダにとっては不都合。
だから、私は新たな道を示す。
「分かっているわ。皇妃ともなる人間が一人で出歩くなと言いたいのよね? ごめんなさい。次からはちゃんと護衛を連れて行くことにするわ」
これで女性の騎士は咎められることもなく、フリーダは護衛という名目で監視の目を光らせられる。このあたりが落とし所でしょ?
「……分かりました。ですが、貴女はアシュタルの王女。皇国に敵意を持つ者がいないとは限らないので、護衛の件はくれぐれもお願いします」
「ええ、分かったわ」
釘を刺したのかしら? それとも本気で私を心配してる?
そんなことを考えながら準備を進め、結婚の儀を始めるために部屋を出る。そのとき、部屋を護衛していた女性の騎士が「感謝いたします」と私に頭を下げた。
些細なことだけど、こんな風にちゃんと見てくれる人もいるんだなって少しだけ嬉しくなった。
結婚の儀はまず、バルコニーから民へのお披露目をおこなう。そのバルコニーへと向かう途中、六芒領主の一人と出くわした。
「貴方は、たしか……ルートヴィヒね」
金髪のツンツン頭。よく鍛え上げられた肉体を持つ、野性的な容貌の彼は、グライフナー領の当主である。それを私はフリーダから学んでいる。
「……黒雪の聖女か。なぜあの男の妹などが陛下の妃に……」
彼は心底嫌そうに呟いた。
嫌われたものね。いえ、それだけ兄が酷いことをしたのよね。
でも、私も巻き込まれた側の人間だ。
「申し訳ありませんが、その提案をしたのはアシュタルの王太子で、お受けになったのはレイヴェルの陛下でございます」
理由なら皇帝に聞きなさいよ。と、遠回しに告げる。
ルートヴィヒは舌打ちをした。
「陛下の決定に否を唱えるつもりはない。せいぜいアルベルト陛下の足を引っ張らぬように大人しくすることだな。そもそも――」
と、話は続きそうだったが、フリーダが「そろそろお時間です」と声を掛けてきた。私はそれに頷き「失礼します。アルベルト陛下をお待たせするわけにはまいりませんから」と一礼。
ルートヴィヒに背を向け、フリーダと並んで廊下を歩き始めた。
「ありがとう、フリーダ」
「なんのことでしょう?」
廊下を歩く彼女は視線一つよこさない。
「助けてくれたでしょう?」
「自分のためです。言ったでしょう、貴方が結婚の儀で失態を犯せば私の責任になると」
「そうだったわね。なら、迷惑を掛けないように上手くやってみせるわ」
「そうしてください。……と言っても、心配はいらないでしょうね。貴女は政治的な駆け引きがとてもお上手なようですから」
「……駆け引き?」
そんな大げさなことをした記憶はないと首を傾げる。
「惚けなくても結構です。どうりで昨夜、私に探りを入れたわけですね。正直あまり気分のよいことではありませんが……効果的だとは思いました」
「……なんのこと?」
本当に心当たりがない。
だが、私が惚けていると思ったのか、フリーダは小さな溜め息を吐いた。
「なんでもありません」
絶対になんでもなくないやつである。だが結局は説明を受けることなく、陛下の元へと向かった。そうして到着したのは、皇宮にある大きな部屋。
「アルベルト陛下、ノエル王女殿下の準備が整いました」
フリーダが呼びかけると、ほどなくイケメンが近付いてきた。
いや違う。私の旦那様である。結婚の儀に併せて正装を纏うアルベルト陛下はいつにも増して格好よかった。彼は着替え終わった私を見ると、ふっと笑みを零す。
「よく似合っているな」
「~~~っ」
これが社交辞令だと分かっていても、破壊力がありすぎた。私は身悶えそうになるのを我慢して、「陛下もお似合いですよ」と澄まし顔で返す。
だが次の瞬間、陛下の顔が真剣そのものになる。
彼は私に詰め寄ると、そのまま私の耳元に口を寄せた。
「ノエル王女殿下、皇都の瘴気を浄化したな?」
問われても誤魔化すつもりだった。なのに、耳元でイケメンに囁かれる破壊力がすごすぎて、私は「申し訳ありません」と白状してしまった。
一生の不覚よ。
「……やはりそなたか」
「あまりに濃い瘴気が気になったので、すみません」
「この地の民は皆、偉大な聖女のことを心から崇拝している。むろん、この俺も例外ではない。俺は幼き頃、先代の彼女に命を救われた。彼女が復活すればすべてを捧げるだろう」
それがどうしたのですか? なんて聞ける雰囲気ではない。だから私は、「その聖女様を敬愛なさっているのですね」と問い掛けた。
「その通りだ。ゆえに、彼女の名を汚すことは許さない」
彼の深く青い瞳が私をまっすぐに見つめる。
返答によっては、おまえを許さないと言いたげね。
「もちろん、そのような真似、するつもりはありませんが……」
なぜ、いまこのタイミングでそのような話をするのかしら?
首を傾げていると、彼は大きく溜め息を吐いた。
「たしかに、そなたは浄化をしただけで名を騙ったわけではないな。民を騙すような方法を使うのは聖女としてどうかと思うが、民は敵国の王女が嫁いできたと不安がっていた。そんな彼らを安心させるという一点においては悪くない手段だ」
「あの、なにか誤解していませんか……?」
なにかおかしいのは分かる。
けれど、それがなにかは分からない。
ほどなく、彼はバルコニーに進み出た。その下に広がる広場に民が集まっているのだろう。すぐに大きな歓声が聞こえてくる。だが、彼が軽く手を上げれば、あっという間に静まり返った。
その一連だけでも、アルベルト陛下が民に慕われていることが伝わってくる。
「レイヴェルの民よ! 本日より、アシュタル国の王女、ノエルが我が正妃となった。彼女は知っての通り、聖女としての力も持っている。礼を尽くして迎えよ!」
手はずでは、このセリフのあと、私が彼の隣に並ぶことになっている。でも、いまのセリフは、事前に聞かされていたものと少しだけ違っていた。
……たしか、もとのセリフには聖女という文言がなかったはずよ。
なのになぜと、疑問を抱きながら前に進む。
その足取りは重い。
罵声を浴びせられたらどうしよう? そうでなくとも、反応が鈍かったら?
うぅん、恐れてはダメ。私はこの皇国に居場所を作ると決めたんだから。
そんな決意で皇帝の隣に並び立った。
刹那――広場で歓声が爆発した。
え、なに、どういうこと?
歓声? 私に向けられているの?
その音があまりにすごくて、バルコニーがビリビリと震えている。
「なん、ですか、これは……」
私は予定されたとおり、笑顔で民に手を振りながらアルベルト陛下に問い掛ける。
「なにを言っている。そなたの描いた筋書きだろう」
私の疑問にアルベルト陛下が反応を示した。
「筋書きなんて、描いていません」
「よく言う。こうなることを予想して、深夜に黒雪を降らせたのだろう? 浄化の力を使えば、民とてすぐに気付く。そして、雪が降っていたこともな」
「民は、私が黒雪だと、知っているのですか?」
「惚けるな。この地を護る、偉大な聖女の伝説を知っているのだろう?」
「ええ。それは、知っていますが……」
だからなんなのよ?
首を傾げれば、彼はとんでもない事実をぶちまけた。
「ならば分かるはずだ。雪が瘴気を浄化すれば、誰だって偉大な、白雪の聖女を連想すると」
「……え?」
「夜に降った雪は黒かったのだろう。だが、夜目でそれに気付いた者はいなかった。深夜で目撃者もほとんどいなかったからな。そして、雪が瘴気を浄化したという事実だけが残った」
雪が瘴気を浄化した。
皇国の聖女ではない。だから、嫁いできた私の仕業だと予想する――までは分かる。でも、彼はなんと言ったの? 白雪の聖女?
それが、この皇国の偉大な聖女の称号だというの?
だとしたら、白い雪で浄化する私は……?
「まったく。黒い雪を、浄化の白雪に誤認させるとは、そなたはなかなかの策士のようだな」
――誤解ですが!? とは言えなくて、私は声にならない悲鳴を上げた。
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