レイヴェル皇国への輿入れ 2
微調整報告2点
>ミレイユが侍女になった時期 十年ほどまえ>七年ほどまえ
>八年前にノエルを迎えに来た人 ミレイユ>使用人
皇宮の奥。
護衛の騎士に護られたその場所が、私に与えられた私室だった。
魔導具の灯りで煌々と照らされた部屋には埃一つ落ちていない。調度品も上品な物が揃えられており、アシュタル国で使っていた私室よりも遥かに格の高い部屋で、居心地はよさそうだ。
私はソファに身を沈め、フリーダから皇国の仕来りや結婚の儀での作法を習う。彼女は厳しかったけれど、兄のような理不尽を押しつけてくることはなかった。
詫びの品として贈られた私に、高圧的な態度を取ることだって出来るのに、侍女である自分に敬語を使う必要はないとすら言ってくる。
私を嫌っているのは確実だけど、彼女が高潔なのも本当のようだ。そんな彼女から様々なことを学んでいると、夜が更けた頃に彼女が手を止めた。
「驚きました。一夜漬けでは厳しいと思っていましたが、まさかこれだけの時間で記憶なさるとは思いもよりませんでした」
「ありがとう。予習した甲斐があったわ」
私が笑みを零すと、フリーダは少し意外そうな顔をした。
「貴女は兄の命令で嫁がされたと認識しておりましたが」
「だとしても、よ。ここが私の居場所になるかもしれないでしょう?」
私が頑張って作った最初の居場所は奪われてしまった。でもそれが、新たな居場所を作る努力をやめる理由にはならない。
「……そうですか。あの聖女よりはマシのようですね。ですがこの程度、花嫁としては出来て当然。少しでもミスをしたら馬鹿にされることになります。調子に乗って失敗しないように」
「あら、心配してくれるの?」
茶目っ気を込めて尋ねる。
からかったつもりだったのだけれど、彼女は酷く真面目な顔で頷いた。
「貴女が失態を犯したら、それは侍女である私の責任になりますから」
それが心配で、だから貴女の心配はしていないのだと言いたげな顔。
でも、やる気のない侍女なら、主が不甲斐ないだけだと言い逃れるわよね。私が失敗したら自分の責任だなんて、責任を負う覚悟のある人にしか言えない言葉よ。
たぶん、彼女は私のことが嫌いなだけで、悪い人間ではないんでしょうね。
「ノエル王女殿下、なにを笑っているのですか?」
「ごめんなさい。貴女が国に置いてきた侍女と似ていると思って」
「あら、それはさぞ優秀な侍女だったのでしょうね」
「ええ、とても優秀だったわよ。貴女と同じで」
ストレートに返すと、フリーダは軽く目を見張って――それから、「まったく、貴女のような聖女は初めてです」と嘆息した。
「……聖女と言えば、この国に来てから一度も他の聖女を見ていないわね」
「一応言っておきますが、サボっているわけではありませんよ。聖女の持つ浄化の力は貴重なため、国に保護され、その行動も厳しく管理されているんです」
「もちろん、聖女の役目が大変なことは理解しているわ。ただ、どこでなにをしているか、少し気になっただけよ」
皇都を覆う瘴気は既に危険域だ。
それなのに、皇都で聖女を見かけない。
兄じゃあるまいし、放置するだけの理由があるのだろう。
「聖女を見かけないのは、瘴気が濃い地域で浄化任務に当たっているからです」
「……皇都よりも濃い、ということよね?」
「この程度は濃い内に入りません」
――これで濃い内に入らないの!? と、零れそうになった声は寸前で呑み込んだ。だけど、聖女として、この状況を看過は出来ない。
「これは寿命に影響するレベルよ」
「そうでしょうね」
「そうでしょうねって……分かっていながら、どうして」
彼女の言い分が理解できない。
「ノエル王女殿下、私が誰かご存じですか?」
「……それはもちろん。六芒領主の一人、フリーダ・アイゼンヴァルトよね」
「では、当主の私が、なぜこんなに若いかはおわかりですか?」
言われて気付く。
フリーダは二十代前半くらい。一般的には当主の座を継ぐ年齢じゃない。
「もしや、先代に不幸があったの?」
「ええ。前当主はむろん、その兄弟姉妹も。みんな、瘴気に侵されて身罷られた」
「兄弟姉妹もすべて?」
何人いたのかは分からないけれど、アシュタル国ではまずあり得ないことだ。
まさか……この国ではこれが普通なの?
私が見かけた他の六芒領主もそのほとんどが若かった。それにアルベルト陛下もそうだ。二十三歳でありながら既に玉座に就いている。
誰か一人ならともかく、この割合は異常だ。
「驚くと言うことは、アシュタル国では珍しいのですね。ですが、レイヴェル皇国では珍しいことではありません。それだけ瘴気による被害は常態化しているのです」
「だから、聖女は皇都ではなく前線に張り付いているのね」
「ええ。そして、その聖女を護るのが、我ら六芒領主の勤めです」
凜とした笑みを浮かべる。
フリーダからは、聖女に対する敬意が感じられる。
「聖女を大切にしているのね」
「当然です。聖女を護ることこそが我らの誉れです」
本当に誇らしそうだ。
でも、私も聖女なんだけどな。もう少し優しくしてくれたりしないかしら?
「ちなみに、お飾りの聖女は大切にする対象ではありません」
「あら、手厳しいわね」
でも、兄のしでかしたことを考えれば当然か。
「大切にされたければ働いてください」
続けられた言葉は少し意外だった。
「働けば、認めてくれるんだ?」
「出来るのですか? 自国でもろくに活躍なさっていなかったようですが」
「……え? あぁ……そういうことになってるんだ」
たぶん、兄は私が結果を出すことを嫌い、その活動記録を隠したのだろう。黒雪の名を積極的に広めていたことに続いて、そんなことまでしていたのかと呆れる。
「なにか言いたいことがあるのですか?」
「あるけど、その主張は行動で示すことにするわ」
彼女には百の言葉よりも、一の行動の方がいいはずよ。見てなさいと気合いを入れると、「貴女は皇妃なのですから、無謀なことはなさらないでくださいね」と警告される。
「分かってる。無茶はしない」
無茶はね――と、心の中で繰り返す。そして、フリーダが追求してくるより早く、「ところで、聞きたいことがあるのだけど」と話題を変えた。
「この地には聖女が生まれにくいというのは本当なの?」
「残念ながら事実です。ですが、生まれてきた聖女の質が劣っているわけではありませんよ。この地には輪廻転生を繰り返す、偉大な聖女がいますから」
「そう、その話を聞きたかったの!」
私は思わず身を乗り出した。
聖女なら誰でも知っているようなおとぎ話。
かつて、レイヴェルの地は魔王が支配し、人々は隠れ住んでいた。そんな地に現れたのが偉大な聖女。彼女はこの地に住まう男たちと協力し、ついには魔王を封印したと言われている。
「魔王を封印した偉大な聖女が輪廻を繰り返しているのは本当? それに、初代レイヴェルの皇帝と六芒領主が、偉大な聖女を護る騎士だったという伝承も本当のことなの?」
「どちらも事実ですよ。先代が亡くなったのは二十年ほど前ですが、何度も復活なさっています。ですから、我らは復活した聖女様にお仕えする日を心待ちにしているのです」
ある程度は脚色された伝承だと思っていたから、最近まで聖女が存在していたと聞いて驚く。でもその話が事実なら、私がその聖女と友達になることもあり得るかもしれないのよね。
「その聖女様というのは、どのような方なの?」
「それは――っ」
フリーダは不意にハッとした顔をして、それから私を睨み付けた。
「そのようなことを聞いて、どうするおつもりですか?」
「え? どうするもなにも、ただ気になっただけだけど?」
なぜと首を傾げるが、フリーダは無言で私を睨んでいる。その真意を探ろうとする視線に居心地の悪さを感じていると、不意に彼女は息を吐いた。
「その言葉、ひとまずは信じましょう。ですが、過去には偉大な聖女を先に確保して、その力を独占しようとした権力者や、偉大な聖女に成り代わろうとした愚か者もいます」
「あぁ、それで警戒したのね」
たしかに、そういう人はどこにでもいるものね。
その偉大な聖女が実在するなら、情報を伏せようとするのは当然だ。
「ましてや、貴女は隣国から嫁いできた王族であり、偉大な聖女とは対極の――いえ、とにかくご注意を。誤解で断罪されたくはないでしょう?」
「ええ、忠告に感謝するわ」
私が答えると、彼女は静かに息を吐いた。
「いいでしょう。今日の授業はここまでにいたします。明日は結婚の儀ですからよくお休みを。寝不足で失敗されても困りますから」
ここまで来ると、私に敵意があると言うより、お節介焼きのお姉さんみたいね。
私は苦笑したくなるのを隠しつつ、フリーダが部屋から出て行くのを見送った。
「……さて、寝ろと言われたけれど」
静まった部屋で辺りを見回す。
さすがに皇宮には対策が施されているようだけれど、それでも瘴気の濃度は高い。これを放置して寝るのは難しい。安眠のためにも、まずは周囲を浄化しようと部屋の外にでた。




