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『詫びの品』として敵国に嫁がされて居場所がない! そう思っていた時期が私にもありました、一夜だけ  作者: 緋色の雨


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7/12

レイヴェル皇国への輿入れ 2

 微調整報告2点

>ミレイユが侍女になった時期 十年ほどまえ>七年ほどまえ

>八年前にノエルを迎えに来た人 ミレイユ>使用人


 皇宮の奥。

 護衛の騎士に護られたその場所が、私に与えられた私室だった。


 魔導具の灯りで煌々と照らされた部屋には埃一つ落ちていない。調度品も上品な物が揃えられており、アシュタル国で使っていた私室よりも遥かに格の高い部屋で、居心地はよさそうだ。


 私はソファに身を沈め、フリーダから皇国の仕来りや結婚の儀での作法を習う。彼女は厳しかったけれど、兄のような理不尽を押しつけてくることはなかった。


 詫びの品として贈られた私に、高圧的な態度を取ることだって出来るのに、侍女である自分に敬語を使う必要はないとすら言ってくる。

 私を嫌っているのは確実だけど、彼女が高潔なのも本当のようだ。そんな彼女から様々なことを学んでいると、夜が更けた頃に彼女が手を止めた。


「驚きました。一夜漬けでは厳しいと思っていましたが、まさかこれだけの時間で記憶なさるとは思いもよりませんでした」

「ありがとう。予習した甲斐があったわ」


 私が笑みを零すと、フリーダは少し意外そうな顔をした。


「貴女は兄の命令で嫁がされたと認識しておりましたが」

「だとしても、よ。ここが私の居場所になるかもしれないでしょう?」


 私が頑張って作った最初の居場所は奪われてしまった。でもそれが、新たな居場所を作る努力をやめる理由にはならない。


「……そうですか。あの聖女よりはマシのようですね。ですがこの程度、花嫁としては出来て当然。少しでもミスをしたら馬鹿にされることになります。調子に乗って失敗しないように」

「あら、心配してくれるの?」


 茶目っ気を込めて尋ねる。

 からかったつもりだったのだけれど、彼女は酷く真面目な顔で頷いた。


「貴女が失態を犯したら、それは侍女である私の責任になりますから」


 それが心配で、だから貴女の心配はしていないのだと言いたげな顔。


 でも、やる気のない侍女なら、主が不甲斐ないだけだと言い逃れるわよね。私が失敗したら自分の責任だなんて、責任を負う覚悟のある人にしか言えない言葉よ。

 たぶん、彼女は私のことが嫌いなだけで、悪い人間ではないんでしょうね。


「ノエル王女殿下、なにを笑っているのですか?」

「ごめんなさい。貴女が国に置いてきた侍女と似ていると思って」

「あら、それはさぞ優秀な侍女だったのでしょうね」

「ええ、とても優秀だったわよ。貴女と同じで」


 ストレートに返すと、フリーダは軽く目を見張って――それから、「まったく、貴女のような聖女は初めてです」と嘆息した。


「……聖女と言えば、この国に来てから一度も他の聖女を見ていないわね」

「一応言っておきますが、サボっているわけではありませんよ。聖女の持つ浄化の力は貴重なため、国に保護され、その行動も厳しく管理されているんです」

「もちろん、聖女の役目が大変なことは理解しているわ。ただ、どこでなにをしているか、少し気になっただけよ」


 皇都を覆う瘴気は既に危険域だ。

 それなのに、皇都で聖女を見かけない。

 兄じゃあるまいし、放置するだけの理由があるのだろう。


「聖女を見かけないのは、瘴気が濃い地域で浄化任務に当たっているからです」

「……皇都よりも濃い、ということよね?」

「この程度は濃い内に入りません」


 ――これで濃い内に入らないの!? と、零れそうになった声は寸前で呑み込んだ。だけど、聖女として、この状況を看過は出来ない。


「これは寿命に影響するレベルよ」

「そうでしょうね」

「そうでしょうねって……分かっていながら、どうして」


 彼女の言い分が理解できない。


「ノエル王女殿下、私が誰かご存じですか?」

「……それはもちろん。六芒領主の一人、フリーダ・アイゼンヴァルトよね」

「では、当主の私が、なぜこんなに若いかはおわかりですか?」


 言われて気付く。

 フリーダは二十代前半くらい。一般的には当主の座を継ぐ年齢じゃない。


「もしや、先代に不幸があったの?」

「ええ。前当主はむろん、その兄弟姉妹も。みんな、瘴気に侵されて身罷られた」

「兄弟姉妹もすべて?」


 何人いたのかは分からないけれど、アシュタル国ではまずあり得ないことだ。

 まさか……この国ではこれが普通なの?


 私が見かけた他の六芒領主もそのほとんどが若かった。それにアルベルト陛下もそうだ。二十三歳でありながら既に玉座に就いている。

 誰か一人ならともかく、この割合は異常だ。


「驚くと言うことは、アシュタル国では珍しいのですね。ですが、レイヴェル皇国では珍しいことではありません。それだけ瘴気による被害は常態化しているのです」

「だから、聖女は皇都ではなく前線に張り付いているのね」

「ええ。そして、その聖女を護るのが、我ら六芒領主の勤めです」


 凜とした笑みを浮かべる。

 フリーダからは、聖女に対する敬意が感じられる。


「聖女を大切にしているのね」

「当然です。聖女を護ることこそが我らの誉れです」


 本当に誇らしそうだ。

 でも、私も聖女なんだけどな。もう少し優しくしてくれたりしないかしら?


「ちなみに、お飾りの聖女は大切にする対象ではありません」

「あら、手厳しいわね」


 でも、兄のしでかしたことを考えれば当然か。


「大切にされたければ働いてください」


 続けられた言葉は少し意外だった。


「働けば、認めてくれるんだ?」

「出来るのですか? 自国でもろくに活躍なさっていなかったようですが」

「……え? あぁ……そういうことになってるんだ」


 たぶん、兄は私が結果を出すことを嫌い、その活動記録を隠したのだろう。黒雪の名を積極的に広めていたことに続いて、そんなことまでしていたのかと呆れる。


「なにか言いたいことがあるのですか?」

「あるけど、その主張は行動で示すことにするわ」


 彼女には百の言葉よりも、一の行動の方がいいはずよ。見てなさいと気合いを入れると、「貴女は皇妃なのですから、無謀なことはなさらないでくださいね」と警告される。


「分かってる。無茶はしない」


 無茶はね――と、心の中で繰り返す。そして、フリーダが追求してくるより早く、「ところで、聞きたいことがあるのだけど」と話題を変えた。


「この地には聖女が生まれにくいというのは本当なの?」

「残念ながら事実です。ですが、生まれてきた聖女の質が劣っているわけではありませんよ。この地には輪廻転生を繰り返す、偉大な聖女がいますから」

「そう、その話を聞きたかったの!」


 私は思わず身を乗り出した。


 聖女なら誰でも知っているようなおとぎ話。

 かつて、レイヴェルの地は魔王が支配し、人々は隠れ住んでいた。そんな地に現れたのが偉大な聖女。彼女はこの地に住まう男たちと協力し、ついには魔王を封印したと言われている。


「魔王を封印した偉大な聖女が輪廻を繰り返しているのは本当? それに、初代レイヴェルの皇帝と六芒領主が、偉大な聖女を護る騎士だったという伝承も本当のことなの?」

「どちらも事実ですよ。先代が亡くなったのは二十年ほど前ですが、何度も復活なさっています。ですから、我らは復活した聖女様にお仕えする日を心待ちにしているのです」


 ある程度は脚色された伝承だと思っていたから、最近まで聖女が存在していたと聞いて驚く。でもその話が事実なら、私がその聖女と友達になることもあり得るかもしれないのよね。


「その聖女様というのは、どのような方なの?」

「それは――っ」


 フリーダは不意にハッとした顔をして、それから私を睨み付けた。


「そのようなことを聞いて、どうするおつもりですか?」

「え? どうするもなにも、ただ気になっただけだけど?」


 なぜと首を傾げるが、フリーダは無言で私を睨んでいる。その真意を探ろうとする視線に居心地の悪さを感じていると、不意に彼女は息を吐いた。


「その言葉、ひとまずは信じましょう。ですが、過去には偉大な聖女を先に確保して、その力を独占しようとした権力者や、偉大な聖女に成り代わろうとした愚か者もいます」

「あぁ、それで警戒したのね」


 たしかに、そういう人はどこにでもいるものね。

 その偉大な聖女が実在するなら、情報を伏せようとするのは当然だ。


「ましてや、貴女は隣国から嫁いできた王族であり、偉大な聖女とは対極の――いえ、とにかくご注意を。誤解で断罪されたくはないでしょう?」

「ええ、忠告に感謝するわ」


 私が答えると、彼女は静かに息を吐いた。


「いいでしょう。今日の授業はここまでにいたします。明日は結婚の儀ですからよくお休みを。寝不足で失敗されても困りますから」


 ここまで来ると、私に敵意があると言うより、お節介焼きのお姉さんみたいね。

 私は苦笑したくなるのを隠しつつ、フリーダが部屋から出て行くのを見送った。


「……さて、寝ろと言われたけれど」


 静まった部屋で辺りを見回す。

 さすがに皇宮には対策が施されているようだけれど、それでも瘴気の濃度は高い。これを放置して寝るのは難しい。安眠のためにも、まずは周囲を浄化しようと部屋の外にでた。

 

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