レイヴェル皇国の思惑
「アルベルト陛下、なぜ愚劣な王太子の妹を娶るなどとおっしゃったのですか!」
レイヴェル皇国の皇宮にある会議室。
重厚な大理石のテーブルを囲むのはこの国の皇帝と、六人の家臣――六芒領主。その六芒領主の一人である若き当主、ルートヴィヒが声を荒らげた。
会議の場はシィンと静まり返り、皆が皇帝の返答を待つ。皇帝――アルベルトはほどなく、その恐ろしく整った芸術品のような顔に微笑を浮かべた。
「分かっているだろう。あそこで拒絶すれば戦争になっていた」
ルートヴィヒは唇を噛んだ。それはマズいと理解しているから。
だが――
「望むところではありませんか。あの王太子は我ら皇国の聖女を傷付け、贅沢と男にしか興味ないような女を聖女と称して送り付け、あまつさえは皇国のために戦った死者を冒涜したのですよ?」
女性の六芒領主、フリーダ・アイゼンヴァルトは別だった。後ろで高く纏め上げた赤い髪を揺らし、冷たく笑う姿が非常に好戦的だ。
そして、それに同調する者たちもいる。
「たしかに、殺しておいた方が後々のためだったかもね」
「あれほど愚かな男が次世代の王などと信じられん」
半数ほどがフリーダに同調を始め、収拾がつかなくなる。
そこに、アルベルトが静まれと手を上げた。
「俺も同じ気持ちだ。だが、我らの目的を忘れるな」
レイヴェルには魔王が封印されている。
それゆえに瘴気が濃く、不毛な大地が多い。ゆえに、自国で産出される魔石を対価に、アシュタル国から食料を輸入しようと講和を持ちかけた。
それは途中まで順調だったのに、あの王太子がすべてをぶち壊しにしそうになった。いや、実際、ぶち壊そうとしていたようにしか見えない。
それを防ぐためには、王太子の詫びを受け入れるしかなかったのだ。
「ですが陛下、あの男の妹を娶るのは反対です」
フリーダは不満な態度を隠そうともしない。
その横で、ルートヴィヒがハッと顔を上げた。
「そういえば、おまえはノエル王女のことを調べたんだろう? 優秀な聖女という触れ込みだったが、あの王太子の妹だぞ? 信用できるのか?」
「結論から言うと、前回の聖女よりも酷いかもしれないわ」
「はぁ!? あれより酷い聖女なんているのか!?」
ルートヴィヒが信じられないと目を見張り、他の六芒領主も「アシュタルの王太子はなにを考えている?」と不快そうな顔をした。
「記録を見る限り、聖女として活動した記録は驚くほど少なかったわ。そのくせ騎士団には入り浸り、司祭から寵愛を受け、とくに可愛がられているという話よ」
「うへぇ……」
ルートヴィヒが嫌そうな顔をする。
彼の脳裏に、技術交流でやってきた聖女の姿が浮かぶ。
彼女はろくに聖力を使わず、アルベルトを始めとした男を誘惑して取り入ろうとしていた。とても聖女とは言えない最低の女だった。
あの女だけが例外だと思っていた。
あの女が非常識な聖女の風上にも置けぬ存在で、他の聖女はまともなのだと。
だが、いまの報告を聞く限り、ノエルも同類のようにしか思えない。フリーダの報告を聞いた者たちに、そういう認識が刷り込まれた。
「それと、王都の住民からは不吉な黒雪と、忌み嫌われているそうよ」
「黒雪?」
「王女の使う浄化が黒い雪を使うのだそうよ」
「そりゃとんでもない聖女だな」
ルートヴィヒが頭をガシガシと掻いた。
瘴気に侵されたものは黒く染まる。だから、聖女の二つ名に黒が使われるなど、普通に考えればあり得ない。あの聖女は瘴気に負けたと、言っているようなものだから。
「王太子に近しい人間にも探りを入れたけど、それは酷い評価だったわ。社交など表舞台には立たずに王族の責務を放棄して、聖女の真似事ばかりしていると」
散々な言われようだ。
これが他人事であれば愚かな人間と切って捨てるだけだが、皇帝の妻となる人間であれば話は変わってくる。ルートヴィヒは、不安そうな視線をアルベルトに向けた。
「陛下、いまからでも断った方がいいのではありませんか?」
「おまえたちの心配はもっともだ。俺自身、王太子を許すつもりはないし、あの聖女にも腹を据えかねている。二人とも、殺してやりたいと思うほどにな」
その一言に冷たい殺意を滲ませる。
六芒領主たちは身を震わせ、それから恐る恐る顔を見合わせた。
「陛下は、花嫁をどうなさるおつもりですか?」
「それは相手次第だ。俺は以前、彼女と話したことがある。だが、そのときは噂のような人物ではなかった。とはいえ、人は良くも悪くも、変わる生き物だからな」
わずかな愁いを帯びた顔。
話したことがあるという言葉に、何人かが首を傾げる。
そんな中、ルートヴィヒが大きく頷く。
「あの王太子の妹ですからね。その女も愚かに決まっています!」
「そうであれば、彼女はこの皇国で不幸な最期を迎えることになるだろう。……だが、思い込みで判断をするのは危険だ。ひとまずは泳がせ、どのような行動を取るか監視する必要がある」
「監視ならば俺にお任せください!」
ルートヴィヒが真っ先に名乗りを上げた。
だが、アルベルトはゆるゆると首を横に振る。
「そなたの能力は信じているが、相手は仮にも俺の花嫁だ。監視役は女性のどちらか……そうだな、フリーダ。そなたが花嫁の動向を見張れ。皇妃の侍女長という名目でな」
「私が花嫁の侍女、ですか? 花嫁の本性を暴き、この皇国に害を為す存在であると分かれば、その場で斬ってしまうかもしれませんよ?」
「好きにするがいい」
アルベルトは不敵に笑う。
フリーダは曲がったことが嫌いで、苛烈な性格でもある。
彼女が斬ると言えば本当に斬る。それを理解した上で、アルベルトは許可を出した。それに気付いた六芒領主たちは、快く思わぬはずのノエルに対してわずかながらの同情心を抱いた。




