詫びの品 2
タイトルが何度か変更しています。
ご迷惑をお掛けします。
最初のタイトル「敵国に嫁がされた聖女ですが、旦那様の呪いを解けるのは私だけです」
自分の部屋に戻り、ベッドに倒れ込んだ。
それを見た侍女のミレイユが眉を寄せる。
「ノエル王女殿下、ずいぶんとお疲れのようですが、会議の場でなにかあったのですか?」
「ええ、あったわ。……私、レイヴェル皇国の皇帝に嫁ぐみたい」
「……はい? レイヴェル皇国は敵国ではありませんか」
「そういう認識よねぇ……」
司祭様や団長様との話し合いは、具体的な解決策が出ないまま打ち切られた。最後まで諦めるつもりはないけれど、嫁ぐことを回避するのは難しいだろう。
そんなふうに力なく笑う。
ミレイユは「一体なにがどうなって、そんなことになったのですか?」と声を震わせた。誰かに話を聞いて欲しかった私は、実は――と会議室でのやり取りを口にした。
「――なんですか、それは! 完全にとばっちりじゃないですか!」
ミレイユが怒りを爆発させた。
「ミレイユの言うとおりね。まったく、逃げ出したい気分よ」
「では逃げましょう。私はどこまでだってお供しますよ」
私のは軽口だ。でもミレイユはきっと本気だ。
「気持ちは嬉しいけど無理よ。ここで逃げたら国際問題になるし、兄は地の果てまででも追ってくるわよ。さすがに、そんな生活よりは嫁いだ方がマシでしょう」
「……そうですか。ではせめて、夫となる方が素敵な方ならいいですね。そういえば、ノエル王女殿下には初恋の君がいらっしゃいましたよね、実は、夫となる皇帝がその人とか!」
「そんな都合のいい話があるもんですか。それに初恋じゃないわ。憧れのお兄さんよ」
私にも大切な人がいると気付かせてくれた、どこの誰とも分からないお兄さん。
憧れてはいるけれど、決して惚れたわけではない。
私はそこまでチョロくない。
「初恋も憧れも似たようなものではありませんか」
「違う、全然違う! 七、八年まえに一度あったきり。私は素性を隠していたし、もう会えるとは思ってないわ。それにもし会えたとしても、いまの自分じゃ恥ずかしくて名乗れないもの」
「……恥ずかしい、ですか?」
ミレイユは首を傾げた。
「お兄さんに、立派な聖女になって、貴方のことも護ってあげると言ったの。それが国には不要と切り捨てられて、兄の詫びの品として敵国に嫁がされるのよ? そんな姿、見せられると思う?」
「……私なら逃げだしますね」
ストレートな物言いだ。
けど、私はそんな彼女のことを気に入っているのよね。なにより、彼女がそんなふうに言ってくれたおかげで少し気持ちが楽になった。
「まぁね? 嫁ぎ先として見れば、レイヴェルの皇帝は悪くない――どころか優良物件よ。未婚で、四つ上の二十三歳、六芒領主を従える大国の皇帝だもの」
瘴気が多い地と聞いているけど、聖女の私は苦にならない。それどころか、聖女としての本能なのか、彼の地で浄化をしたいという想いすらある。
「なら、案外幸せな日々が待っているかもしれませんね」
「それは無理よ」
乾いた笑いが零れた。
「なぜですか?」
「さっき言ったでしょ。私は詫びの品。しかも、兄はよりにもよって、私を皇帝の妻に推した。押しつけもいいところね。相手がどんな気持ちか考えれば分かるでしょ?」
皇帝が断らなかったのが不思議でしょうがない。たとえば、兄に弄ばれた聖女と同じ目に遭わせてやる! なんて考えていてもおかしくない。
「よくて、聖女として使い捨て。最悪は兄の代わりに見せしめでしょうね」
「……おいたわしい。他に手立てはないのですか?」
「難しいでしょうね。でも、カシウス陛下に相談してみるつもりよ」
父である陛下の名前を出すと、ミレイユはピクリと指先を震わせた。
「聞き入れてくれるでしょうか? 陛下は、その……ノエル王女殿下を放置なさっているのに」
「娘として頼んでも無理でしょうね。でも、自分で言うのもなんだけど、私は優秀な聖女だもの。陛下も、そんな私を失うのはもったいないと思ってくれるかもしれないわ」
そんな淡い期待を胸に、私は陛下に謁見を求めた。
謁見の許可自体は思いのほかすぐに降りた。そしていま、私は玉座に座る父と相対していた。
きざはしの上から父の冷たい声が降ってくる。
「なにをしにここに来たかは分かっている。だが、決定は覆らない」
冷たく突きつけられた現実。
でも覚悟していたから、それほどショックは受けなかった。
「兄は、なにを考えてあのようなことをなさったのですか?」
「シグルドはおまえを恐れているのだ」
「……は?」
想定になかった言葉だ。
返答に困っていると、父は淡々と続けた。
「そなたは生まれたときから聖女の資質があった。だから、ワシはそなたを婚外子とし、王位継承権を与えなかった。だが、それだけでは足りなかった、ということであろうな」
兄が恐れているのは、私に次期国王の地位を奪われること。
まさか、そんな理由で私を敵国に嫁がせようとしているの?
「私は王になるつもりなどありません」
「知っている。ゆえに、そこを読み切れないあれはまだ未熟なのだ」
困ったものだと言いたげに息を吐く。言葉に出来ない感情が私の中でじわりと広がった。でもそれは言葉にならなくて、私はひとまず棚上げにする。
「兄の思惑は分かりました。では、なぜ相手は応じたのでしょう? 兄が一人聖女を奪った。そのお詫びに聖女を送るというのは分かりますが、なぜ婚姻などという話に……?」
「ああ。応じたのは恐らく妥協だろう」
「……妥協、ですか?」
なにに対してのだろう?
それほどまでに聖女を欲している?
――違う。兄の失態があまりに度を超えていたからだ。
「落とし所が必要だったのですね」
「ふっ、やはりそなたは優秀だ」
それは、私にとって最悪の結論だ。
「兄の責任を問えば、身柄を引き渡すレベルの失態ですよね? でも、王太子を差し出せるはずがない。とはいえ、断れば戦争になる。それが分かっているから、互いに妥協した?」
私の予測を聞く父は楽しそうだ。
「シグルドは失態を演じた。だが、そのことを重く受け止めている。それゆえに、我が国の王女であり、聖女でもあるそなたを嫁がせるという最大の誠意を見せた」
「それが、落とし所ですか」
途中から分かっていたことだ。でも、言わずにはいられない。
「……私は、兄の失態に対するお詫びの品なのですね」
ぽつりと呟く。
司祭様も団長様もその呟きには答えてくれなかった。
けれど――
「否定はしない」
父はすんなりとその事実を認めた。
「私はそのような理由で人生をむちゃくちゃにされるのですか?」
「そなたには同情する」
父から初めて掛けられた、私に寄り添う言葉。
だが、「しかし――」と、彼は続けた。
「婚姻は決定事項、それを変えるのは不可能だ。それに、あまりそなたをひいきしては妻がよい顔をしない。なにより、そなたは聖女だ。レイヴェル皇国でも上手くやれるだろう」
私を信じている。そう言っているようにも聞こえる。
だけど違う。
私はようやく、自分の中でくすぶっていた感情の正体を理解した。
これは怒りと諦め。
父はただの一度も、私を娘として見ていない。息子を心配し、そのやらかしに巻き込まれた私に同情はしても、それはあくまで他人事。娘として私を心配することはない。
結局のところ、私と父は最初から最後まで他人だったのだろう。
この会談はそれを思い知らされただけだった。
こうして、私は孤立無援でレイヴェルに嫁ぐことになった。




