詫びの品 1
ある日、私は兄――シグルド王太子に呼び出された。嫌な予感を覚え、足早に会議室に踏み込むと、ニヤニヤした兄と、その従者たちの顔が目に入った。
その周囲には、苦々しい顔の司祭や騎士団長たちが控えている。その対比に胸がざわつく。直後、唐突に兄が信じられない一言を口にした。
「……すみません、もう一度言っていただけますか?」
思わず唇を噛む。間違いであって欲しい。
だけど、兄は不快そうに舌打ちをした。
「一度で理解できぬ無能が。レイヴェル皇国の皇帝に嫁げと言ったんだ!」
あり得ない! だって、レイヴェルは敵国だ。
我がアシュタル国の南に位置する、呪われた大陸にあるレイヴェル皇国。百年ほど前、アシュタルが魔石に目を付けて一方的に攻め込み、なすすべもなく叩き潰された過去がある。
そりゃ、海を挟んでいるから、いまは小康状態を保っているわよ?
けど、決して仲のよい国ではない。
そのレイヴェルに嫁げ?
「本気でおっしゃっているのですか?」
「何度同じことを聞くつもりだ!」
「私は聖女として国に尽くしてきました。なのになぜ、そのような仕打ちをなさるのです」
「はっ、国に尽くしただと? 他の聖女の功績にあやかっているだけだろう。そもそも、黒雪などと不吉な名を冠する聖女など、アシュタル国には必要ない!」
「――っ」
必要ない。その言葉は氷の刃となって私の心を貫いた。
私は王の婚外子だ。
母は早くに亡くなり、継母には嫌われ、父である王には放置されている。最低限の暮らしは保証されているけれど、逆に言えばそれだけだ。
私の居場所はどこにもなかった。
だけど、そんな私を励ましてくれた青年がいた。
私は彼の言葉に触発されて、自分の居場所を作るために聖女としての実力を磨いた。私が使う浄化は、その特性ゆえに気味悪がられることもあったけれど、国に貢献していたことは間違いない。
……それでも、私は必要とされないのね。
次の瞬間、渋い顔で沈黙を守っていた司祭様が、我慢が出来ないとばかりにテーブルを叩いた。
「王太子殿下! お言葉ですが彼女の力は不吉などではありません。それどころか、彼女の浄化は他に類を見ないほど優れ、他の聖女を導く聖力があります!」
続けて、騎士団長も立ち上がる。
「司祭殿の言うとおりです! ノエル王女は常に危険な前線に立ち、他の誰にもなしえないほどの偉業を果たしました。黒雪の名はその証なのです! 彼女を他国に嫁がせれば、一体どれほどの損失になるとお思いですか!」
彼らの思いに胸が熱くなった。
だけど、兄はそんな彼らに耳を貸すどころか、不機嫌そうに顔をしかめた。
「うるさい! これは決定事項だ。いまさらとやかく言ってもどうにもならん。輿入れまでは一ヶ月ほどある。それまでに損失が出ないように調整しろ」
「一ヶ月!? そんな短期間で調整をするなど不可能です!」
「決定事項だと言っただろう! これでも待ってやっている方だ! それに、早く納得させなければ俺は――いや、とにかく用件は伝えた。後はおまえたちでなんとかしろ!」
兄は一方的に捲し立てると、従者を連れて退出していった。
……あれは、なに?
兄には以前から横暴なところがあった。けれど、今日ほど支離滅裂で、横暴な態度をとったことはいままでなかった。どうしてあそこまでイライラしてるのかしら?
うぅん、いまはそれよりも先に考えるべきことがあるわ。
私は気を取り直し、司祭様と団長様に向き直る。
貫禄のある男性が団長様で、初老の域に達した穏やかな顔つきの男性が司祭様。
二人からは申し訳なさそうな想いが伝わってくる。
「一体、なにがあったのですか?」
「このようなことになって申し訳ありません」
司祭様が頭を振った。
「いえ、兄がああなったら誰にも止められないでしょう。それより、なぜ兄があのようなことを言い出したのか、お教えいただけませんか?」
「それは――」
と、司祭様は団長様に視線を向けた。
それから一呼吸あけると、団長様が私に向き直った。
「我が国が、レイヴェル皇国との講和に向けて話し合っていたのはご存じでしたか?」
「あぁ……兄が自分の手柄にすると息巻いていると、小耳に挟んだことがあります。もしかして、その話が順調に進んでいるのですか?」
私の結婚がその延長にあるのなら、嫁ぎ先での待遇も少しはマシかもしれないと期待する。けれど、団長様は「それならばどれだけよかったことか……」と肩を落とした。
「違う、ということですか?」
「最初は順調でした。講和に向けた交流の中で、両国の聖女を互いに派遣して、技術交流をするという話が上がったんです」
「それは……ずいぶんと思い切りましたね」
聖女はこの大陸だけでも三桁は存在する。決して唯一無二の存在ではない――とはいえ、瘴気を浄化できる彼女らはどの国でも大切にされている。
その聖女を互いに派遣するというのは、相手を信頼しなければ出来ない行為だ。
「ですが、そこでシグルド王太子殿下が盛大にやらかしまして。それまでに積み上げた信頼は、一瞬でガラガラと崩れ去りました」
団長様は肩を落とし、なにがあったのか教えてくれた。
兄がやらかしたのは二つ。
一つ目は、派遣されてきた聖女と男女の関係になったこと。しかも、兄は皇国の大切な聖女に向かって、ただの遊びだったと、別れの言葉を突きつけたそうだ。
その結果、ショックを受けた女性は、聖力を失ってしまった。
そして二つ目は、兄の指示でレイヴェル皇国に送られた聖女に問題があったことだ。その者は聖女でありながら、ろくに浄化もせず、レイヴェルの皇帝や重鎮たちに色目を使っていたそうだ。
思わず目が泳ぐ。
レイヴェル皇国は魔王が封印された地という伝承があり、瘴気も他の国よりもずっと濃い。それゆえに、他の国よりも聖女を大切にしている。
そんな皇国に対して、その仕打ちは明らかに喧嘩を売っている。
「……ええっと、兄は講和に向けて動いていたのですよね? 決して、相手を挑発して攻撃させ、再び攻め込む口実を作ろうとした、とかじゃなくて」
「違います」
「だったらどうして、そんな愚かな真似をしたのよ……?」
本音が零れるが、誰も答えてはくれない。
「ひとまず、そういう背景があるとご理解ください。そして先日、それに対してどのような落とし前を取るのかという話が、シグルド王太子殿下とレイヴェルの皇帝の間でおこなわれたのです」
「待って、嫌な予感がしてきたわ」
聞きたくないと首を振るが、団長様は止まってくれなかった。
「シグルド王太子殿下はこうおっしゃいました。貴国の聖女を奪った詫びとして、我が国の聖女をプレゼントしよう――と」
「……レイヴェル皇国の皇帝を前に、聖女を物扱いしたの?」
兄はどうして生きているのかしら?
「実際、レイヴェル皇国の皇帝はたいそうお怒りでした。すると王太子は、扱いが気に入らないというのなら、陛下の妻にするのはいかがでしょう? 講和の架け橋として――と」
「……頭が瘴気に侵されているんじゃないかしら?」
どう考えても相手を挑発しているとしか思えない。
相手だって、当然怒り狂って……あら、少し待って。
「レイヴェルの皇帝は、それを断ったのよね?」
「いえ、それが……どういうわけかご了承なさいまして」
「意味が分からないわ」
なぜそんなことになったのか、話を聞いても分からない。
むしろ余計に混乱した。
だけど、一つだけ予想が付いたこともある。
「つまり私は、兄の失態のお詫びの品、ということね?」
その呟きに、やっぱり誰も答えてはくれなかった。




