浄化の代償 4
パーティーは即刻中止され、アルベルト陛下は対策会議を始めた。会議室に移動したのはアルベルト陛下と六芒領主、それぞれの部下。私も皇妃として同席することになった。
私にとっては、初の公務。
それを望んでいる者がどれだけいるかは……分からないけどね。
とにかく、全員が席に着き、会議が始まるかに見えた。
だが、開始の宣言より早く、ルートヴィヒが大理石のテーブルを叩く。
「スタンピードが二件も同時に発生だなんて、なにがどうなってやがる!」
彼の焦りが声を通じて伝わってくる。
でも、それも無理はないわ。
スタンピードは街に大きな被害をもたらす災害として扱われているけれど、滅多に発生する現象じゃない。十年に一度、発生するかどうかくらいの災害。それが二件同時だなんて異常事態だ。
「落ち着け、ルートヴィヒ」
「しかし陛下、俺の領地が襲撃されているんですよ!?」
「だからこそ、落ち着けと言っているんだ」
ピリリと空気が震え、ルートヴィヒがびくりと身を震わせた。それから己を恥じるように「申し訳ありませんでした」と姿勢を正した。
「よし。まずは状況確認だ。ルートヴィヒ、領地の状況はどうなっている?」
「はっ。現在、グライフナーの領都に魔物が押し寄せています。これは領都の外壁で迎撃中ですが、魔物の進路上にある街にも被害が出ているようで、その街の救援が難航しています」
ルートヴィヒが状況を陛下に報告すると、その後にセラフィナが続く。
「ヴァルデンシュタイン領も似たような状況です。領都が落とされるような状況にはありませんが、被害に遭った街の救援が遅れています」
「……なるほど。問題は領都よりも周辺の街か。いいだろう。皇都の予備兵力は援軍を、必要としている各街へ派遣する。救援が必要な街のリストを用意してくれ」
「かしこまりました」
ルートヴィヒとセラフィナは自分たちの部下にリストを用意するように指示を出す。それを横目に、アルベルト陛下は他の六芒領主に視線を向けた。
「スタンピードの発生原因が分からない以上、他の領地でも発生しないとは限らない。しばらくは警戒を怠るな。とくに、二人の領地と隣接するテオ、マティアス、フリーダは警戒をしつつ、可能であれば救援を送ってやってくれ」
テオとマティアスがかしこまりましたと応じる。だが、フリーダだけは応えず、軽く目を見張った。それに気付いた陛下が怪訝な顔をして、「どうした?」と問い掛ける。
「その……スタンピードの発生理由が分かったかもしれません」
「なんだと! どういうことだ!?」
真っ先に反応を示したのはルートヴィヒだ。彼は隣の席にいたフリーダに詰め寄り、アルベルト陛下に再度「落ち着け」とたしなめられる。
そうして皆の視線が集中する中、フリーダは一瞬だけ私を見た。
……え? まさか……そういうこと?
スタンピードは、それが原因で発生……いえ、沈静化したの?
驚くべき予想が脳裏をよぎった。
直後、フリーダが口にした言葉を聞き、私は直感が当たっていたことを知る。
「誰もがご存知のはずです。スタンピードの原因は、魔物がより瘴気の多い地へ移動する現象だと」
魔物は瘴気溜まりから発生する。
正確には、瘴気に汚染された動植物が変容したり、媒体となって魔物を発生させる。そういう背景からか、魔物はより濃い瘴気を好む傾向にある。
それは軍の関係者なら知っていることだ。
セラフィナが「なぜそんな当たり前のことを言うのですか?」と問い返し、ルートヴィヒは「おい、まさか俺達が浄化を怠っていたとでも言うつもりか?」と食ってかかった。
それに対し、フリーダは静かに首を横に振った。
「私を含めて、六芒領主が手を抜いているなどと思ったことはありません。ですが、これは相対的な問題なのです。だから、二人の領地に魔物が流れ込んだ」
その瞬間、その意味を正しく理解したのは私だけだろう。
実際、二人は不快そうに眉を寄せた。
「おい、どういう意味か分かるように話せ」
「結局のところ、私たちの力不足と言っているように聞こえるのですが? いくらフリーダとはいえ、我が領の騎士や聖女を侮辱するのであれば許しませんよ」
二人から放たれる明確な敵意。だが、フリーダが答えようとしない。
どうして?
いや、そうか。私との約束を守ろうとしているからだ。
それに気付いた私は発言の許可を求めて手を上げた。
「……ノエル? なにか意見があるのか?」
アルベルト陛下から許可が出る。
「私は先日、フリーダの領地で六芒殿の瘴気を完全に浄化しました」
「は? なにを言ってやがる。六芒殿は一人で浄化できるような代物じゃねぇぞ」
「――それについては、彼女が保証してくれます」
フリーダに視線を向ければ、いいのですか? と言いたげな視線が返ってくる。
当然よ。私の秘密を守るために泥を被ろうとしている。そんなフリーダを切り捨てたりしない。
言いなさいと唇を動かせば、彼女は小さく頷いた。
「事実です。彼女の発言内容は、その場に立ち会った私が保証いたします」
彼女が胸を張ると、アルベルト陛下が「フリーダの信頼を得たのはこれが理由か」と呟くのが聞こえた。彼には色々と見透かされている気がする。
だが、六芒領主たちはざわめいた。
「聖女が十数人掛かりで浄化するような代物を、一人で?」
「あり得ぬ。フリーダの勘違いではないか?」
次々に疑いの声が上がる。
「はっ。それが事実だとして、だからなんだってんだ。自分はすごいんだと自慢するつもりか?」
ルートヴィヒが苛立ったように言い放った。
その横で、セラフィナがハッと顔を上げる。
「待って。六芒殿の瘴気を完全に浄化したの? 瘴気を薄めるだけじゃなくて?」
「ええ、その通りよ」
周囲から、それこそあり得ないという声が上がる。
続けて、ルートヴィヒが舌打ちをした。
「セラフィナ、いまはそんな話をしてる場合じゃないだろ」
「いいえ。スタンピードは瘴気の濃い場所に魔物が移動する現象よ。なら、瘴気が濃く、魔物が集まっている二つの土地。その片方だけを浄化したらどうなると思う?」
六芒殿の瘴気量は、スタンピードが発生してもおかしくない。いや、恐らくしていたのだ。そして、他の六芒殿も同じような状態だったのだろう。
その結果、魔物を引き寄せる力が拮抗、スタンピードが発生していないように見えた。
でも、私がアイゼンヴァルトの六芒殿を徹底的に浄化したことで拮抗が崩れた。その結果、アイゼンヴァルト以外の六芒殿に、魔物が引き寄せられた。
「お二人の領地は、フリーダの領地の両隣にあるのでしょう?」
それが今回の原因。
「……そうか。たしかに魔物の襲撃ルートが一致する」
「ええ、私の方も、フリーダの領地の方から魔物が押し寄せていますわ」
これで原因がほぼ確定した。私が引き金を引いたと言うことも出来るし、スタンピードは以前から発生していて、それが表面化しただけと言うことも出来る。
であるならば、私に敵意を抱く彼らが、どちらを取るかは明白。
ここぞとばかりに私を責め立てるだろう。
そんなふうに思っていたから――
「――だとしたら、俺とセラフィナの領地にある六芒殿を浄化したら収まるんじゃねぇか?」
「そうね。と言っても、いつも通りではダメよ。ノエル皇妃殿下が完全に浄化したというのが事実なら、少なくともそれに近づけるレベルまで浄化が必要になるはずよ」
「そうなると、領内の聖女だけだと厳しいな」
私をそっちのけで対策を話し合う二人に驚きを隠せなかった。
「ノエル皇妃殿下、どうかなさいましたか?」
フリーダが囁きかけてきた。
「え? あぁ……もっとこう、責任を追及されると思っていたの」
「責任ですか? ですが、ノエル皇妃殿下はこうなると知っていたわけじゃありませんよね?」
「それは当然よ。でも、口実にはなり得るでしょう?」
私を叩く絶好の機会。
「たしかに六芒領主は貴女を嫌っています。ですが、役目を果たした聖女を悪人に仕立て上げるような性根の腐った人間ではありませんよ。六芒領主を舐めないでください」
フリーダは誇らしげに笑う。
貴女は、六芒領主である仲間を誇りに思っているのね。
いまのが六芒領主の総意というわけではないだろう。私に警戒や疑いを抱いている者もいるはずだ。
だけど、事実として、誰一人として私に責任を押しつけようとはしない。
彼らは高潔で、悪い人間ではないのだろう。ならば私は、六芒領主を信じるフリーダを信じよう。
この関係を変えるために。
「聖女が足りないというのなら、私が手を貸すわ」
「あん?」
急になにを言い出すんだと、ルートヴィヒが怪訝な顔をした。
「私が六芒殿を浄化すると言ってるの」
「いや、そうは言ってもよ……」
ルートヴィヒが言葉を濁すと、そこにアルベルト陛下が割って入ってきた。
「ノエル、そなたは立て続けに浄化をおこなっている。なのに、まだ六芒殿を浄化する余力があるというのか?」
「はい。一週間ほどで回復しましたから。もう一つくらいなら可能です」
白雪の聖女であることを隠す上で、こんなふうに答えるのはかなり危険な行為だ。
それ以前、六芒殿には六芒領主の同行が必要になる。私がグライフナー領の六芒殿を浄化すれば、ルートヴィヒに白雪の聖女だとバレる危険もある。
でも、いまはそんなことを言っている場合じゃない。
自分の正体を隠すために、窮地の人々を見捨てる。そんな恥ずかしい真似は出来ない。まずはこの状況をなんとかして、それから白雪の聖女であることを全力で誤魔化す。
そんな覚悟でアルベルト陛下を見つめる。
「……そうか、いいだろう」
え、いいの?
もっと追及されると思ったんだけど。
アルベルト陛下はルートヴィヒに視線を向けた。
「たしか、そなたの領地の六芒殿は二週間ほど前に浄化したと言っていたな? であるならば、比較的瘴気は少ないはずだ。ノエルに任せてよいか?」
「それは……」
ルートヴィヒが困った顔になる。
私を責めなかったのと、私を信頼するのとではまるで話が異なる。陛下が私に任せようとしているのが不思議なくらいで、ルートヴィヒが断っても無理はない。
だが――
「心配なら私の領地からも援軍を出しましょう」
フリーダが後押しをしてくれた。
それにルートヴィヒは怪訝な顔をした。
「フリーダ、おまえの領地も一杯一杯だろう?」
「たしかに限界でした。ですが、ノエル皇妃殿下が力を貸してくださったおかげで、以前よりは余力を取り戻しています。ですから、援軍を送る程度なら問題ありません」
「……そうか。そこまで言うのなら、フリーダ、手を貸してくれ」
彼が信頼するのは、フリーダであって私ではない。
だけど、これは兄のせいで見下されている評価を覆すチャンスでもあるはずよ。
必ずルートヴィヒに私の実力を認めさせ、侮って悪かったと言わせてみせるわ。
そんな誓いを立てていると、アルベルト陛下がセラフィナに視線を向けた。
「では、セラフィナの領地には皇都から聖女を派遣しよう。何人ほど必要だ?」
「幸い、ヴァルデンシュタイン領にも余力はありますから、十人ほど派遣いただければなんとかなりますわ。残りは、いざというときのために温存ください」
セラフィナが応える。
「いいだろう。では、すぐに動け」
アルベルト陛下の号令によって、六芒領主たちは即座に行動を開始した。
フリーダも、「援軍の手はずを整えてきます」と言って席を外す。そうして、あっという間に、会議室にはアルベルト陛下と私だけが残された。
「ノエル、いまのそなたは大半の六芒領主から信頼されていない。だが、今回の一件で結果を出せば、そなたを見る目も少しは変わるだろう。居場所を作りたいのなら実力を示せ」
「――はい。必ずご期待に応えます」




