浄化の代償 3
披露パーティーの当日。私が身に着けるのは、グレーテが完璧に仕上げてくれた夜色のドレス。煌めく宝石と白銀の糸による刺繍は、夜空に降った雪を象徴しているらしい。
事情を知った上で、そんなドレスを作る彼女の胆力はすごいと思う。
むしろ、心配なのは私の方だ。
フリーダからは問題ないとお墨付きをもらっている。けれど、いまの彼女はなんだって問題ないと言いそうだ。
本当に陛下はこのドレスを問題にしないかしら?
そんな不安を胸に抱きつつも廊下を歩く。パーティー会場のまえで、ひときわ目を惹く男が私を迎えた。
アルベルト陛下は今日も輝いてみえる。そんな彼が私を見て目を細める。
「……白銀の糸で雪華の刺繍を入れてあるのか」
「ええ。皇国では珍しくない柄だと言われたのですが……ご不快だったでしょうか?」
変に誤解されたら嫌だな。
そう思ったけど、彼はふっと笑った。
「問題はない。俺も同じ模様を入れているぞ」
言われて気付く。
濃い藍色のロングコート。シャツには雪華が刺繍されている。まるで、私のドレスと合わせたような――と、そこまで考えた私はハッとする。
「アルベルト陛下、その礼服は誰に依頼なさったのですか?」
「これか? グレーテという仕立屋だ。フリーダの紹介でな」
「……なるほど」
先日の疑問の一部が、すとんと腑に落ちた。
どこまでが偶然で、どこからが必然かは分からないけれど……デザインの一致はきっと偶然じゃない。
グレーテはたぶん確定。あとはフリーダか、アルベルト陛下、あるいはその両方。
いずれにせよ、私の周囲には演技が得意で優秀な人間がいるらしい。
「ノエル?」
「いえ、なんでもございません」
私は澄まし顔で微笑み、アルベルト陛下の腕に掴まった。彼はかすかに目を細めた。
「この国の貴族の多くは、そなたの兄や聖女のやらかしだけでなく、そなたの二つ名のことも知っている」
皇都を浄化した件で、民は私に好意的なイメージを抱いている。
だけど、貴族はそうじゃない。貴族からは、白雪の聖女の名声を利用する悪女のように思われている。
「望むところです。私はいつか、彼らの評価を塗り替えて見せます」
「……そうか。ならば俺はそれを見守るとしよう」
「え? 見守る……ですか?」
どうしてそんなことを言うの?
まるで、いままでも見守っていたみたいじゃない。
視線で問い掛けるけど、彼は答えない。
代わりに係の者に合図を送る。直後、それを受けて会場の扉が開いた。シャンデリアで煌々と輝く魔導具の灯りが眩しい。会場内のざわめきが波のように押し寄せてくる。
私はアルベルト陛下にエスコートされ、その会場の奥にまで足を運んだ。すれ違う人々の視線が私へと注がれる。その多くには敵意が込められていた。
「……ノエル、大丈夫か?」
「ええ、とくに問題はありません」
「そうか。皇国に居場所を作れるかどうかはそなたの行動次第だ」
――え!? と、私は目を見張る。
「どうした?」
「いえ、その……居場所の話を陛下にしたかなぁと」
「なにを言う。そなたが言ったのだぞ。この国に居場所を作ると決めている、と」
「そう、でしたか?」
たしかに言ったような気がする。
でも、いまの言い方は、私が憧れたお兄さんとのやり取りに似ている。もちろん、本人だから似たようなことを言ってもおかしくはないけど……
もしかして、私があのときの女の子だって、気付いてるの?
いや、そんなはずはないわ。ただの偶然に決まってる。
と言うか、立派な聖女になって貴方のことも護ってあげるわ! みたいな啖呵を切って別れた私が、その後詫びの品として嫁いできた――なんてバレたら恥ずかしくて死んでしまう。
なにより、そんな理由で必死に隠そうとしている。なんて気付かれていたら……
あぁぁぁあぁっ、あのときの啖呵を切った自分を殴りたい!
「……ノエル?」
「――っ。いえ、なんでもありません」
「そうか。ならば気を引き締めろ。――来るぞ」
アルベルト陛下が会場の奥を見る。
そこには、こちらへと歩く六芒領主たちの姿があった。
その先頭には、金髪のツンツン頭。野性味のある青年が立っている。
ルートヴィヒ・グライフナー。フリーダと隣接する領地を治める六芒領主の一人。
事前に聞いたフリーダの忠告が脳裏をよぎる。
『ルートヴィヒは力を失った聖女の主です。自分が不用意に聖女を推薦したせいで、聖女が力を失ったと責任を感じ、その原因である王太子を強く憎んでいます』
つまり、その身内である私への敵意が最も高い人物でもある。しかも、思ったことをすぐ口にする直情的な部分もあるそうなので、いまの私にとっては天敵と言えるかもしれない。
――と、そんなことを考えていると、彼らが挨拶にやってきた。
最初に到着したのはフリーダとルートヴィヒ、それに六芒領主の中で唯一の初老の男、マティアス・ノルデンリヒトが並んで私たちのまえに立った。
「六芒領主の一人、フリーダがアルベルト陛下とノエル皇妃殿下でご挨拶を申し上げます」
フリーダが先陣を切り、残りの二人も同じように挨拶をした。
まずはアルベルト陛下が応え、その後に私が続く。
その挨拶は順調のように見えたが――
「ノエル皇妃殿下、あんたは自国で黒雪の聖女と呼ばれていたそうだな」
ルートヴィヒが真正面から切り込んできた。
フリーダが一歩を踏み出すけれど、私はそれを視線で止める。
「ええ、たしかに私は黒雪の聖女と呼ばれていました」
「そうか。だが、浄化の力を持つ聖女が、なぜ瘴気と同じ色で呼ばれている? おまえは本当に浄化が出来るのか?」
「それは……」
どう答えるのが正解かしら?
ここで力を見せるのは簡単だけど、そうしたら私の雪が白いとばれてしまう。
私は黒雪の聖女として認められると決めている。だから、白雪の聖女であるとばらすわけにはいかない。
どうしようかと悩んでいると、フリーダが一歩まえに出た。
「ルートヴィヒ、いくらなんでも無礼よ。それに、ノエル皇妃殿下は私の領地で見事に瘴気を浄化してくださいました。その力が本物なのは私が保証するわ」
「……おまえが?」
ルートヴィヒが意外そうな顔をして、同時に他の六芒領主もざわめいた。だがフリーダは「その通りですが、なにか問題がありますか?」と胸を張った。
発言内容に問題はないけれど、フリーダがそれを主張することには問題しかないわね。
いくらなんでも手のひらを返しすぎよ。同じ六芒領主なら、なおさらそう思うだろう。
でも、助かったのも事実だ。
「……はからずも、彼女が証明してくださったようですが、まだ必要ですか?」
「……いや、フリーダの言葉を疑うつもりはない」
ルートヴィヒは案外素直に引き下がった。
納得した……というよりは、思わぬ伏兵に動揺したといった感じかしら? でも理由はなんであれ、ひとまずの関門はクリアした。
そう息を吐く暇もなく、残りの三人が近付いてきた。
先頭に立つのは妙齢の女性。六芒領主のうち、フリーダ以外の女性は一人だけなので、彼女がセラフィナ・ヴァルデンシュタインだろう。彼女も、フリーダと隣接する領地の主だ。
その両隣には十代前半の少年と、三十代の男性が並んでいる。
「六芒領主の一人、セラフィナがアルベルト陛下と、黒雪の聖女にご挨拶申し上げます」
三人が続けざまに挨拶をする。
同じような文言だが、セラフィナだけが私のことを皇妃ではなく黒雪の聖女と呼んだ。
私をアルベルト陛下の奥方として認めないと、そういう意図なのでしょうね。
どう対応するのが正解かしら? アルベルト陛下が挨拶を返している間に対応を考えた私は、彼女に向かってにこりと笑みを深めた。
「ご挨拶するのは初めてですね。六芒領主の優秀さと、陛下への高い忠誠心はアシュタル国にまで響いていました。本日は私たちの結婚披露パーティーにお越しいただきありがとうございます」
「――っ」
私の迂遠な言い回しに、セラフィナは即座に反応を示した。やはり六芒領主は噂に聞いていたとおり優秀だ。だけど、彼女は優秀だからこそ窮地に陥っている。
彼女は私を皇妃と呼ばなかった。
でも、このパーティーは私を皇妃として紹介するもので、それを主催したのはアルベルト陛下だ。つまり、彼女の態度は陛下の決定に否を突きつけている。
しかも、ほかならぬ陛下の前で。
私はそれを指摘した。
だから、彼女の選べる選択は二つ。
あくまで私に反発して、陛下の決定を真っ向から否定する。あるいは、陛下への忠誠心を優先して、憎い私を相手に間違いを認めるか。
このどちらかだけである。
セラフィナの視線が、陛下へ一瞬だけ滑った。
彼女は一度唇を噛み――それからその顔に笑みを浮かべた。
「……そう言えば、お祝いの言葉がまだでしたね。このたびはご結婚おめでとうございます。アルベルト陛下、そして――ノエル皇妃殿下」
彼女は私が皇妃だと認めた。内心では、きっと腹を立てているのだろう。それでも、忠誠心を優先できる彼女を立派だと思う。
だから、挨拶を終えたセラフィナが下がる直前、私は彼女を呼び止めた。
たったそれだけで、周囲の空気が張り詰める。
「……なんでしょうか?」
「六芒領主は、私が聞いていたとおりの素晴らしい方々ですね」
「それは、どういう意味でしょう?」
あら、皮肉と思われたかしら。
「ただの本心です。私への私情ではなく、陛下への忠誠を優先する心意気が素晴らしいと思いました。だから、私もアシュタル国の王女としての言うべきことを伝えます」
兄の失態と私は関係ない。
個人的にはそう思っているけれど、私の立場はそれを許さない。
……うん、みんな私を見ているわね。
なら一度で済ませられるよう、みんなに聞こえるように声を張り上げよう。
「兄があなた方に暴言を吐いたこと、アシュタルの王族として心より謝罪いたします」
「……兄の代わりに頭を下げると?」
「いいえ、兄の代わりに頭を垂れるつもりはありません。ですが、兄が正式な国際会議の場で暴言を吐いた以上、同じ国の王族として責任があることは理解しています」
理不尽だとは思う。
けれど、世界はそうやって回っている。納得いかないと、私だけが責任から逃げるわけにはいかない。
「――とはいえ、兄と同じ立場だとは思っていません。と言うか、兄と私を同列に扱わないでください。あれと同じにされるのは不愉快です」
ついでに心の内もぶちまける。
セラフィナは軽く目を見張り、それから――わずかに口元を吊り上げた。
「あの男は民のために散っていった勇者たちを冒涜しました。ですから、謝罪などで許せることではありません。ただ……貴女があの男と同じ考えでないことは理解しました」
忘れないでねと微笑めば、忘れませんと言いたげな微笑みが返ってきた。
そうして、彼女は他の六芒領主と共に去って行った。
その後ろ姿を見送り、そっと息を吐く。
六芒領主と私のあいだにある溝は深い。
だけど、決して埋められない溝ではないと思う。そんなことを考えていると、アルベルト陛下が喉の奥で笑いながら身を震わせた。
それがエスコートで取る腕を通して伝わってくる。
「……アルベルト陛下?」
「自分でなんとかするとは思っていたが、あのように啖呵を切るのは予想外だった」
「うぐ。すみません。兄の同類にされるのが思いのほかストレスで」
「いや謝ることはない。彼らにとっても、そなたの心の内を知れたのはいいことだろう」
「……そうでしょうか?」
逆ギレしたと思われていないかしら?
なんて思ったのだけれど、アルベルト陛下はふっと笑った。
「皇国では侵食病で子供が死ぬことも珍しくない。他の国と比べると平均寿命がずいぶんと短いんだ。それゆえに、身内を大切にする傾向が強い」
それは分かる気がする。
衛生管理がいまより未熟だった頃は、六歳までに半数以上の子供が死んでいた。
そういう時代では、無事に成長した子供を殊更可愛がったと聞いたことがある。
「だから、身内が傷付けられたら自分のことのように怒り、敵がいれば当然のようにその身内までも憎む。我が国ではそれが普通なんだ」
「あぁ……そういう事情があったのですね」
国が違えば考え方も変わる。そういう意味では、私が兄と違う考え方の人間だと主張するのは、私が思う以上に、意味のある行為だったのかもしれない。
「だから、彼らに認められるのは大変だと言いたかったのだが、フリーダに認められたようだな」
「ええ、彼女の領地で働いたことが思いのほか評価されたようです」
「そうか。彼女があそこまで信頼を寄せる以上、それだけとは思えないが……」
「そこはまぁ、色々とありまして」
白雪の聖女とバレましたとは言えなくて、私は曖昧に返事する。
「そうか。ともあれ、彼女にあれだけ認められたというのなら、そなたが相応の努力をしたのだろう。俺も、そなたへの評価をあらためた方がよさそうだな」
「……光栄です」
功績を隠した以上、こんな風に言ってもらえるとは思っていなかった。がんばった甲斐があったと笑みがこぼれた。
その直後、パーティー会場が騒がしくなった。
「何事だ!?」
アルベルト陛下が声を上げると、そこに伝令の騎士が走ってきた。彼は私たちの前で倒れ込むように膝を突くと、大声で報告を始める。
「報告いたします! グライフナー領、ならびにヴァルデンシュタイン領でスタンピードが発生しました! どちらも領都に魔物の大群が押し寄せているとのことです!」
街に押し寄せたら例外なく大きな被害が発生する。スタンピードと呼ばれる現象が二カ所で同時に発生した。その報告を前に、会場は騒然となった。




