浄化の代償 2
「披露パーティー? 先日のではなくて?」
朝の準備の途中。
フリーダから披露パーティーがあると聞かされて首を傾げる。
「先日のは結婚の儀。結婚の手続きと、国民へのお披露目です。ですが今回は貴族向けで……その、ノエル皇妃殿下への風当たりが強いことが予想されるので、先延ばしにしていたそうです」
「あ、あぁ~」
寝落ちしたときに聞いた気がするわ。
これは完全に私の落ち度だ。
「それが、いつだと言ったかしら」
「三日後です」
「……マズいわ」
親から見放され、聖女としても忌み嫌われていた私は、滅多に祝典の類いに出ることがなかった。最近まで成長期だったこともあり、パーティー用のドレスは一着しか持っていない。
そんな事情を打ち明けると、フリーダはその場で泣き始めた。
「王女でありながら、ドレスすら自由に手にできなかったなんて。苦労なさっていたのですね。やはり、私はあの王太子が許せません。国ごと滅ぼしてくるので、その許可をください」
「落ち着きなさい。ハウス、ハウスよ、フリーダ」
忠誠心が限界突破してしまった。
フリーダに待てをさせる。
たしかにレイヴェル皇国の軍は強い。それこそ、アシュタル国を滅ぼせるだけの兵力が揃っている。だけど、その兵力の大半は瘴気由来の魔物の対応に使われている。
実際に滅ぼすのは不可能だろう。
……あら? だとしたら、私が六芒殿を浄化して回った後なら可能だったりするのかしら? いや、出来るかどうかはともかく、大切な人達がいる国を滅ぼしたいとは思わないけど。
でも、アシュタル国には一度戻りたい。
アルベルト陛下の呪いを解くために、禁書庫で調べ物をしたいから。
――っと、いまはそんなことを考えている場合じゃなかったわね。
「ひとまず、ドレスをどうするか考えましょう」
「はっ、そうでした。えっと……ノエル皇妃殿下の御用達は、ありませんよね?」
「ええ。だから、貴女のおすすめがあるなら、そこを紹介してくれるかしら?」
「かしこまりました。すぐに連れてまいります」
――それが午前の出来事。
そして午後になってほどなく、フリーダが呼び寄せた仕立屋が訪ねてきた。それを迎える私はソファに座り、侍女のフリーダはその後ろに立って控えている。
部屋に入ってきたのは、三十代半ばくらいの女性。派手すぎず、けれそ質素すぎない。仕立屋の矜持を身なりに感じさせる彼女は部屋の中程でかしこまった。
「フリーダ様、お呼びだていただきありがとうございます。仕立て屋のグレーテでございます」
「急な呼び立てによく応じてくれました。事前にも伝えたとおり、今日はノエル皇妃殿下のパーティー用のドレスを一着作って欲しいのです」
「うかがっております。しかし、パーティーが三日後というのは……?」
「事実です。事情があって、それまでに完成させて欲しいのですが……可能ですか?」
フリーダの問い掛けに、けれどグレーテは首を横に振る。
「残念ながら、三日でパーティー用のドレスを一から作るのは不可能でございます」
「でしょうね。では、他の方法ならばどうでしょう?」
「そうですね。既製品に手直しをするだけならばなんとかなりますが、あいにくとうちは既製品を扱っておらず……なにかあてはございますか?」
「あてですか。私のドレスは……サイズが違いすますね。そもそも、私の身に着けるドレスでは、ノエル皇妃殿下の身分にふさわしくありません。どうしたものか……」
思案顔になる。フリーダはいま、侍女という立場でグレーテに話しかけている。だから口調は丁寧なのだが、その用件はかなりの無茶ぶりだ。
「フリーダ、無理なものは無理よ。最悪は、私が結婚の儀で身に着けたドレスを使いましょう」
「恐れながら。それは他の貴族からの印象がよくないと思われます」
グレーテにやんわりと止められる。
「でも、無理なものは無理でしょう?」
「……失礼ですが、ノエル皇妃殿下はずいぶん、噂とは違う印象をお持ちですね」
「あら、私にどのような噂が?」
「それは……さすがにご容赦ください」
「いいじゃない、教えてよ。そのことで咎めたりはしないから。フリーダも、いいわよね?」
「あまりおすすめしませんが……」
フリーダが不承不承頷いて、それを見たグレーテも渋々と応じた。
「皇都の民からは、白雪の聖女様の生まれ変わりかもしれないと持て囃されています。ですが、貴族階級の方々の間では、偉大な聖女に成り代わろうとする、不吉な黒雪の聖女……と」
「なんだと!?」
「止めなさい、フリーダ。私を嘘つきにするつもり?」
私が遮ると、彼女は「ですが――っ」と怒りを滲ませ、それから葛藤を滲ませると、最後には、「ノエル皇妃殿下の仰せのままに」と従った。
うんうん、少しは融通が利くようになってきたじゃない。
「グレーテも教えてくれてありがとう」
「いえ、私はなにも。ですが……怒らないのですか?」
「その手の噂は慣れっこなの」
気にしてないと笑い飛ばす。
グレーテは「そうですか……」と物思いに耽り始めた。やはり、皇国での私の評判は悪そうだ。これを払拭するのは今後の課題になりそうね。
「ひとまず、私が先日身に着けたドレスの手直しをお願いするわ。少しアレンジを加えれば、多少の誤魔化しになるでしょう」
「それも可能ですが――少しお待ちください」
グレーテは私に断りを入れ、部下の男になにか指示を出した。
ほどなく、部下から受け取り、私のまえでゆっくりと広げたそれは――
「まあ、完成品のドレスね」
「こちらを元に、ノエル皇妃殿下向けに仕立て直すのはいかがでしょう?」
「そのドレスを? デザインは素敵だと思うけど、それは誰かが注文したものではないのかしら」
「これは、白雪の聖女様のためにご用意したドレスでございます」
私はピクリと指を震わせ――だけど、それ以上の動揺は零さない。
「……どういうことかしら? 白雪の聖女はまだ現れていないはずよ」
「むろん存じております。ですが、いつか必ず復活なさいます。そのときに真っ先に献上できるように、こうして思い描いた白雪の聖女様のドレスをご用意してあるんです」
「そんな大切なドレスをここで使ってしまってもいいのかしら? これを私が身に着ければ、デザインは既存のモノになってしまうし、新たなドレスを作るまでに、白雪の聖女が現れる可能性だってあるのよ?」
それがないと、私は知っている。けれど、彼女はそうじゃない。
それなのになぜと問えば、彼女はふっと微笑んだ。
「かまいません。正直に申し上げれば、ノエル皇妃殿下を見た瞬間に感じたんです。このドレスを身に着けるにふさわしい人間は、貴女を置いて他にいない、と」
彼女の青い瞳がまっすぐに私を見つめる。
私はその視線を受け止め、わずかに息を吐いた。
「……そう。ならばお言葉に甘えるとするわ。まずは寸法直しからかしら?」
「はい。お任せください。必ず、ご期待に応えてごらんに入れます」
彼女は自信に満ちた笑みを浮かべ、私の採寸を開始した。
こうして、私のドレスの問題は解決したのだけれど――
「ノエル皇妃殿下、私、悔しいです」
グレーテが帰った後、フリーダが肩を震わせた。その目にはわずかに涙が浮かんでいる。
「急にどうしたのよ?」
「服職人ですら、ノエル皇妃殿下が白雪の聖女だと初見で気付いたのに、私は貴女の白雪を見るまで、想像すらしていなかった。誰よりも敬愛していると思っていたのに……」
白雪の聖女だと気付いた? なんのことを言って……あぁ、そういうこと。
「グレーテなら、私が白雪の聖女だと気付いた訳じゃないわよ」
「え? でも、彼女ははっきりと言いましたよ。白雪の聖女のために作ったドレスを着るにふさわしいのは、ノエル皇妃殿下しかいないと」
「フリーダ。貴女は少し素直すぎよ。そもそも、白雪の聖女のイメージなら白でしょう。まだ、黒雪の聖女のために用意したと言われた方が信じられるわ」
既製品に価値を持たせるためのセールストークの可能性だってある。そんなふうに指摘したら、「ノエル皇妃殿下は少しひねくれすぎだと思います」と呆れられた。
ちょっと納得がいかない。
こうして慌ただしい時間は続き――そして披露パーティーの当日になった。




