浄化の代償 1
数日が過ぎ、私たちは皇都へと帰還した。
皇宮の中庭にある転移の魔法陣を後に、私は自分の部屋へと戻る。報告はフリーダがしてくれるだろうと思っていたのだけれど、夜にアルベルト陛下が訪ねてきた。
「アルベルト陛下、こんな夜更けにどうなさったのですか?」
「こんな時間にすまない。アイゼンヴァルトから帰還したと聞いて、そなたの様子を見に来たのだ。もう少し早く来るつもりだったのだが、仕事をしていたら遅くなってしまった」
「そうだったのですね。ご配慮、ありがとうございます」
私はアルベルト陛下を部屋に招き入れる。
彼は部屋の中を見回しながら、「ところで」と口を開いた。
「あちらではずいぶんと活躍したそうだが、体調の方は大丈夫か?」
「活躍、ですか?」
「フリーダが言っていた。浄化を手伝ってくれたとな」
「そう、ですが……フリーダがそんなことを」
六芒殿のことを伏せつつ、結果を出したことだけを上手く報告してくれたのだろう。
それがちょっと嬉しい。そう意識すると口角が少し上がった。
「それで、体調に問題はないか?」
「ええ、おかげさまで」
アルベルト陛下はふっと表情を和らげた。
もしかして、心配、してくれていたのかしら? なんて、アルベルト陛下に限ってそれはないわよね。それより――と、私は彼の胸板に手の平を触れさせた。
やっぱり、少し目を離した隙に瘴気が濃くなっているわ。
「アルベルト陛下、服を脱いでください」
「――っ、いや、分かっている。浄化だな?」
「はい。それほど時間が過ぎていないはずなのに、またその身に纏う瘴気が濃くなっています。浄化した方がよろしいのではありませんか?」
「心配せずとも、この身には白雪の聖女の祝福がある。そう簡単に死ぬことはない」
「でも、お辛いのでしょう?」
それとも、私に触れられるのが嫌なのかしら?表面上は普通に振る舞っていても、その心の内では私を嫌っている。なんて可能性だってあり得るわよね。
「いや、言っておくが、嫌なわけではないぞ」
「無理はなさらずともかまいませんよ。私は、あの王太子の妹ですから」
「いや、違う。俺が気にしているのは――」
彼は悩ましげに頭を掻いた。
「……立て続けに力を使い、本当に大丈夫なのか?」
え? もしかして、私を心配して断ろうとしていたの?
「ありがとうございます。でも、少しくらいなら大丈夫です」
「……そうか。ならばその言葉に甘えるとしよう」
彼はふっと息を吐くとシャツを脱ぎ、ベッドの上でうつ伏せになった。
「……アルベルト陛下?」
「ソファよりも広くて浄化もしやすいだろう?」
「まあ……そうですね」
前回、ソファの上で彼の上に跨がるなんてはしたない真似をしたのは、魔法陣を読み解くのに集中していたから。浄化をするためじゃなかったんだけど……まあいいか。
私はベッドの上によじ登り、彼の横に膝を突いた。
「それじゃ、浄化するので振り返らないでくださいね」
アルベルト陛下に釘を刺し、彼が纏う瘴気の浄化を始める。
少し前に浄化したにもかかわらず、アルベルト陛下の纏う瘴気はずいぶんと濃くなっている。それでも、前回よりは少なく、それほど気合いを入れずとも浄化が可能だった。
「ノエル、アイゼンヴァルトはどうだった?」
「そうですね……少し驚きました。まるで要塞のようだったので」
「あぁ……外から来た者は驚くようだな」
「ええ、まさかあのような役割があるとは夢にも思いませんでした。この地は魔物の被害が多いとうかがいましたが、もしやあれが原因ですか?」
あれと言葉を濁すと、陛下は「あぁ六芒殿を見たのか」と答えた。
「魔物が六芒殿に集まる傾向があるのは事実だな」
「それは、魔王の封印を解くためでしょうか?」
「……さあな。それが理由か、あるいは単純に瘴気溜まりを目指しているのか。まだ六芒殿に侵入されたことはないから判断は付かないな」
「では、謎のままであることを願うばかりですね」
それが分かったときは、六芒殿への魔物の侵入を許したときだから。
そんな話をしながら浄化を続ける。
「そういえば、近々パーティーを開催する予定だ」
「なんのパーティー、ですか……?」
相槌を打ちながら、浄化の状態をたしかめる。既に雪の色はほとんど変わらなくなっていた。それを確認した瞬間、急激な眠気に襲われる。
「貴族向けのお披露目だ」
「あぁ……先日は平民向け、でした、ね……」
「そうだ。ゆえにそなたにも出席をして欲しいのだが……ノエル? どうした、大丈夫か?」
「え? いえ、大丈夫……です。パーティーですね、分かりました」
私は浄化を止めて、それからしぱしぱとする目を擦った。
「……本当に分かっているのか? パーティーに出れば、口さがない者にも会うことになるが」
「嬉しくは、ないです。でも私は、皇国に、居場所を、作るって……決めた、から……」
あぁダメだ。すごく眠い。このまま寝ちゃダメなのにという気持ちを、めんどくさいという感情に押し流されて――私はそのままベッドに倒れ込んだ。
「……おい、ノエル? どうした……って、寝ているのか?」
耳元で、憧れのお兄さんの声が聞こえた。
私に生きる目標を与えてくれた、憧れの存在。
私は手を伸ばし、触れたソレをきゅっと握りしめた。
「おい、なにをしている、ノエル? ……はあ、仕方ない」
なにか悪態が聞こえた気がした。だけどほどなく、「おやすみ」と優しい声が聞こえる。それに応えたのか答えなかったのか……私の意識はそこで途切れた。
――それが昨夜の出来事で、上半身裸のアルベルト陛下の腕の中で目覚めた私は声にならない悲鳴を上げた。それから考えること十数秒、浄化中に寝落ちしてしまったことを理解する。
と、とにかく、アルベルト陛下が目を覚ます前に、この状況から抜け出さないと。
「……ようやく目覚めたのか」
「――ひっ。……へ、陛下、起きてらっしゃったんですか?」
「まぁな。それより、目覚めたのならそろそろ放して欲しいのだが?」
「え、放す? なにを――っ。失礼しましたっ」
自分がアルベルト陛下の腕を掴んでいることに気付いて慌てて放した。それを確認した彼はベッドから降り立ち、素早く脱ぎ捨ててあったシャツを羽織った。
彼はそのまま部屋の扉へと向かったが、扉を開けて外に出る寸前、クルリと振り返る。
「浄化のおかげでずいぶんと楽になった、感謝する。それと……そなたは疲れているのだろう。フリーダには言っておこう。もう少し休むといい」
そんな言葉を残して去っていった。私は彼が出て行った扉を十秒ほど無言で見つめ――不意にたまらなくなってシーツを引き寄せて自分の顔を覆った。
「~~~っ」
このところ、短い期間で浄化の力を使いすぎて疲れていたのだろう。だけど、いくら疲れがたまっていたからって、陛下の前で眠るなんて、なにをやっているのよ!
あぁ、恥ずかしすぎる。
というか、陛下も陛下よ。
歪んだ関係とはいえ、仮にも伴侶――それもこんなに可愛い女の子と同じベッドで一夜を明かしたのよ? もうすこし慌てるなりしてもいいじゃない!
枕をベッドに叩きつけ、それから「……可愛いわよね?」と姿見を覗き込む。
鏡の向こう、アメシストのような瞳が不安げに私を見つめている。
プラチナブロンドの長い髪はサラサラで、顔立ちも整っている方だと思う。というか、外見しか取り柄がないという趣旨の悪口を兄から言われたことがあるので、顔だけは整っているはずだ。
……でも、アシュタルとレイヴェルでは美的感覚が違ったりとか?
私はアルベルト陛下のことを完成された芸術品レベルの美貌だと思っている。でも、そんな陛下に浮ついた話は一つもない。この国の人と美的感覚が違うのなら、私は陛下の好みではないのかもしれない。
いえ、それ以前に、王太子の妹だからという理由で嫌われていたわね。
そんなふうに考えた直後、胸がチクリと痛んだ。
「……なんだろう? やっぱり、浄化のしすぎかしら?」
最近、少し無理をしすぎたわね。しばらく休みたいなとベッドに倒れ込む。
そこにフリーダが訪ねてきた。
「ノエル皇妃殿下、お疲れだとうかがいましたが、お加減はいかがですか?」
「少し疲れただけだから大丈夫よ」
「そうですか? 顔色は……悪くありませんね。……もしや、ついにアルベルト陛下とそういう関係になられたのですか?」
「――なっ!?」
そんなわけないじゃない。そもそも、どうして陛下がこの部屋で夜を明かしたことを……って、それは知っているか。相手は陛下だし、この部屋には護衛の騎士もいる。
つまり、みんな私と陛下が――
「ご、誤解よ。昨日、話し込んでいてそのまま寝てしまったの。しかも、私が陛下の手を握ってしまっていたみたいで。だから、なにもなかったわよ」
そう口にした瞬間、再び胸がチクリと痛んだ。
「あぁ、それで陛下はあくびをなさっていらしたんですね」
「……え、アルベルト陛下が? へぇ……そう、なんだ」
アルベルト陛下があくびをしていた。つまり、寝不足ってことよね?
なぁんだ、彼もちゃんと動揺してるじゃない。
「フリーダ、朝の準備をするから手伝って」
私はベッドから降り立ち、軽やかな足取りで鏡台の前へと移動した。




