白雪の聖女 2
六芒殿から地上の城に戻った後。
フリーダはすぐに騎士と聖女を会議室に招集した。結果、この領地の立場ある騎士や聖女が集まったのだが――彼らはフリーダの言葉に困惑した表情を浮かべている。
私はそれを彼女の横で見ていた。
「フリーダ様、もう一度おっしゃっていただけますか?」
「理由は不明だが、六芒殿の瘴気がごっそりと消えていた。よって当面は浄化の必要がない。それによって生まれた聖女の余力を、いままで手が回らなかった部分に使うと言ったのだ」
彼女が同じセリフを繰り返すが、誰一人として理解した様子はない。
フリーダは「なにか問題があるか?」と尋ねた。
「……いえ、その方針自体は素晴らしいことです。家族の侵食病を憂う騎士や兵士も多くいますので、家族の救済に充てれば兵も喜ぶでしょう。ですが……その、瘴気が消えたというのは?」
「言っただろう、原因は不明だと」
「いえ、それは聞きましたが……」
騎士も聖女も困惑しきっている。
見かねた私はそこで口を開いた。
「原因究明は後でも出来ます。まずは、領民に浄化を施す計画を立てるのはいかがですか?」
私がそう提案すると、騎士の一人が目を細めた。
「ご意見には感謝いたします。しかし、皇妃殿下はこの領に来たばかりでお疲れでしょう? まずはゆっくりとお休みになられてはいかがですか?」
言い方こそ丁寧だが、要約すると邪魔だから黙っていろ。ってことよね。それに対して、複数の騎士が同調するような素振りを見せている。
次の瞬間、フリーダがテーブルを叩いた。
「彼女はレイヴェル皇国の皇妃殿下であらせられる。彼女への無礼な態度は私が許さない。むろん、意見の内容に対する反論や異論はかまわないが、正当な評価をなさい!」
彼女は厳しい口調で言い放ち、だけど次の瞬間、『これでいいのですよね、ノエル皇妃殿下!』と、ご主人様に褒められたがっているワンコのような顔を私に向けてきた。
……いや、態度が変わりすぎなのよ。
しかも、フリーダの表情は他のみんなにも見えている。……ほら、見なさいよ。騎士たちがみな、我らの領主様はどうされてしまったんだ? みたいな顔になってるじゃない!
私は咳払いを一つ、軌道修正を試みる。
「みなさんが原因を知りたがる理由はよく分かります。ですが、その原因を探るために、与えられたチャンスをふいにしてしまってもよろしいのですか?」
「……ふむ。たしかにノエル皇妃殿下のおっしゃるとおりですな」
皇国では珍しい老騎士が思案顔で呟いた。
すると、その言葉に他の騎士や聖女が興味を示す。
「ライオット殿、チャンスをふいにするというのは、どういうことでしょう?」
「わしが答えてもかまわぬが、指摘くださったのはノエル皇妃殿下である。疑問があるのならば、彼女に尋ねるのが筋であろう」
老騎士がそうやって私を立ててくれるが、騎士や聖女たちの多くはどこか不満そうだ。
これが、いまの私の正当な評価なのだろう。
ここから信頼を得るのは骨が折れそうね。
でも、それを成してこそ、この国に居場所を作れるというものだ。
その一歩を、いまここで踏み出す。
「今月の浄化をおこなう必要がなくなったため、聖力を他に回す余力が生まれました。ですが、その余力はいつまで有効ですか?」
六芒殿の瘴気がなくなったのは一時的だ。
いずれ浄化する必要がある。
そのとき、聖女に余力がなければいけない。
聖力を存分に力を使える期間は……恐らく、そう多くない。
「――っ。たしかに、ノエル皇妃殿下のおっしゃるとおりです」
聖女の一人がハッとした顔になる。
「私は毎月、六芒殿の浄化をおこなっています。でも浄化をした後は力が空っぽで、その力が完全に回復するのは、次の浄化の数日前くらいなんです」
聖女の言葉に、今度は騎士の一人がハッとした。
「つまり、そなたらの聖力を自由に使える期間は、いまから数日、ということか!?」
「そうですね。多少の融通は利きますが、最大限に活かすなら、いますぐ動かなければいけません」
思ったよりも猶予は短い。
それを理解し、騎士や聖女たちはざわつき始める。
それを見たフリーダが声を張り上げた。
「皆の者、ノエル皇妃殿下がおっしゃった通りだ! 原因を調べるのは後からでも出来る。まずはこの幸運を無駄にせぬように、各地に効率よく聖女を派遣する計画を立てろ!」
「「「――はっ!」」」
騎士たちが一斉に応じ、すぐさま様々な計画が飛び出してくる。皆が一丸となってどうすればいいかと話し合う。それは、アシュタルの会議室でも見慣れた光景だった。
違うのは、私がその輪の中にいないこと。
いつか、私も……
そんな思いを抱いてきゅっと拳を握る。
「ノエル皇妃殿下、貴方のおかげで、皆はなにが重要か気付くことが出来ました」
ライオットが感謝を示した。
「貴方たちなら、私の言葉がなくてもすぐに同じ結論に至ったはずよ。でも、そうね。……そう言ってもらえて嬉しいわ。ありがとう」
一人でも私を認めてくれた人がいて嬉しいと、私は破顔した。
結論から言って、フリーダの部下は優秀だった。わずかな時間で聖女が各街を回る計画を構築し、瘴気溜まりの浄化や、侵食病に苦しんでいる人達を救うために動く。
彼らは、数日間の奇跡を余すことなく使い切った。
すべての人を救えたわけじゃない。
全体から見ればほんの一部だろう。
それでも、先代の白雪の聖女が故人となってから十数年、緩やかに悪化する現状に訪れた希望の光となった。
そうして救われた人の中にはもちろん、フリーダの妹も含まれている。エルゼは領都で聖女の治療を受け、その日の内に快復に至ったそうだ。
だけど、めでたしめでたしとはいかなくて、ある日の昼下がり。私が中庭でティータイムを楽しんでいると、そこにカイがやってきた。
「姉上、いま少しよろしいでしょうか?」
「いいわけがあるか。見ての通り、いまはノエル皇妃殿下がティータイムをお楽しみだ」
邪魔をするなと睨み付ける。
ノエルはすっかり私の忠臣になってしまった。
私のことが気に入らなくても、侍女としての責務を果たしてくれていたので、仕事ぶりがそこまで変わったわけではないけれど、やはり態度に大きな変化がある。
それが少し寂しいと考えながら、「私ならいいから話しなさい」と助け船を出してあげた。
「……ノエル王女殿下、よろしいのですか?」
「ええ。私も気になるから」
フリーダは感謝しますと頭を下げて、それから「カイ、ノエル皇妃殿下が許可をくださった。それに心から感謝して、手短に用件を話せ」と言い放った。
いや、急にそんなに態度を変えたら怪しまれるじゃない。実際、カイもフリーダの変わりように違和感を抱いたようで、「お、おう」と動揺しつつも口を開く。
「……姉上、今回の一件、一体なにがあったのですか?」
「報告はしたはずよ。幸運にも六芒殿の瘴気を浄化する必要がなくなったの。だからその幸運に感謝しつつ、その余力を領民のために使うことにしたの」
「……そのようなことが都合よく起きたと?」
「ええ、だから幸運と言っているじゃない」
「それは、そうですが……」
カイはそこに疑いを持っているようだ。
そして、彼は私へと視線を向けた。
「ノエル皇妃殿下の噂は聞いています。聖女を弄んだ王太子の妹。不吉な黒雪の名を冠し、けれどなにもしていないお飾りの聖女。そんな貴女がなにをしにアイゼンヴァルトに?」
「カイ、ノエル皇妃殿下への無礼は許さないと言ったはずだ!」
フリーダの口調が姉のそれから領主のそれへと変わる。
殺気すら滲ませるフリーダに対して、カイは真顔のままで首を傾けた。
「おかしいですね。その情報は姉上から聞いたものだったはずですが」
「んなっ!? そ、それは……。ノエル皇妃殿下、ちちちっ違うのです! 私はただ、アシュタル国での情報を集めただけで、決していまの私がそう思っているとかではなく――っ」
「……フリーダ」
私は溜め息を吐く。
慌てふためく彼女の向こう側で、すべてを察したようにカイが笑っていたからだ。同時に、フリーダも自分がやらかしたことに気付いたのだろう。「いまのは、その……」と言葉を濁した。
その横で、カイが私に向かって片膝を突いた。
「ノエル皇妃殿下、失礼な物言いをお許しください。そして……感謝いたします」
これは……たぶん、私の反応をうかがっているわね。
フリーダの反応から予想できるのは、私が彼女の評価を塗り替えるような、なにかをしたことだけ。
だから、なんの感謝か分からないと誤魔化すことも出来る。けど、そうしたら彼は色々と調べるだろう。
それよりは、認めた上で黙っているように説得した方が、いいかな?
「秘密にしておいてくれるかしら?」
「なぜ――いえ、それが恩人の願いならむろん従いましょう」
「そうしてくれると助かるわ」
話が早くて助かる。
そう安堵するけれど、彼は続けて頭を下げた。
「それと、先日は失礼な事を申しました。どうかお許しください」
「奥さんの命が懸かっていたのだもの。必死になるのは当然よ。こうして謝ってもくれたし、私は気にしていないわ。それより、謝罪ならフリーダにするべきじゃないかしら?」
「姉上、ですか?」
「彼女は高潔な人間よ。ときに冷たく見えることもあるかもしれないけれど、優しい女性だと思うわ。本当は、貴方も分かっているんじゃない?」
私が指摘するのは違うかもしれないけれど、言わずにはいられなかった。
カイはわずかな沈黙のあと、「おっしゃるとおりです」と頷いた。そうして片膝を突いたまま一礼すると、立ち上がってフリーダへと向き直った。
「姉上、あのときの俺は感情的になっていました。申し訳ありません」
「……いや、謝罪の必要はない。私は領主として、そなたは夫として振る舞った。ただそれだけのこと。どちらが正しいという話ではないはずだ」
「だとしてもです。領主として振るまっているからといって、姉としてなにも思っていない訳ではない。それに気付くべきでした。大変申し訳ありません」
「……そうか。ならば、その謝罪は受け取っておこう」
フリーダがそう言って視線を外す。だが、その横顔はどことなく嬉しそうに見えた。
……よかったね、フリーダ。
私が心の中で祝福していると、カイが「ところで」と続けた。
「姉上、エルゼが会いたがっています。よろしければ会っていただけませんか?」
「私に? いや、だが、私は……」
「彼女は知っていますよ。貴女が聖女を派遣できないと言ったことを」
その言葉にフリーダは息を呑んだ。それから、迷子の子供のような顔で「それでも、私に会いたいと、そう言っているのか?」と、声を震わせた。
「ええ。エルゼは私を叱りつけました。姉さんは悪くないのに、と」
「エルゼが、本当にそんなことを?」
「ええ。ですから、ぜひ会ってあげてください」
「……分かった。なら、夜に見舞いに行くと伝えてくれ」
「いえ、それが――」
と、カイは私へと視線を向けた。
「なにかしら?」
「エルゼはノエル皇妃殿下とも会いたがっています。既に城にいるのですが、よろしければここに呼んでもかまいませんか?」
それはつまり、私が手を貸したと、エルゼにも伝えるという意味である。秘密にするようにと言ったばかりだけど……恐らく、既に予想を伝えているのだろう。
そうなると、会って口止めをした方がいいかしら? けど……この調子で広がっていきそうな気もするなぁと、私は小さく息を吐いた。
「……いいでしょう。でも、エルゼまでですよ」
「心得ています」
彼は一礼して、エルゼを迎えに行った。
その彼の姿が視界から消えると、フリーダがその場に跪いた。
「私のせいで申し訳ありません。この失態は死んでお詫びいたします」
「物騒な真似は止めなさいと言ったでしょう。それに、彼が気付いたのは、私が六芒殿の瘴気を浄化したことまでよ。だから大丈夫」
「え? あぁ、なるほど。おっしゃるとおりですね」
カイは、私がどれだけ六芒殿を浄化したか知らない。六芒殿を見た者は、誰かがとんでもない浄化の力を使ったと知っているけれど、それをおこなったのが私だと知らない。
いつかはバレるかもしれないけれど、それはいまではないはずだ。
と、そんな話をしているとほどなく、女性を連れたカイが戻ってきた。
ブラウンの髪に緑色の瞳。歳は二十歳くらいで、非常に愛らしい顔立ちをしている。彼女がフリーダの妹なのだろう。
彼女は私を見ると、そこで最上級の敬意を示すカーテシーをした。
「カイ・ストームの妻、エルゼがノエル皇妃殿下にご挨拶いたします」
「私はノエル。ノエル・レイヴェルよ」
皇妃として新しくなった家名を名乗る。
六芒領主の関係者に、最初から好意的な態度で接してもらったのは初めてね。
「お会いできて光栄です、ノエル皇妃殿下。今回の件、夫から貴女は無関係だと聞きました。ですが、一度だけお礼を言わせてください。――このご恩は一生忘れません」
感謝をしつつ、秘密にすることに了承したという意味。
「なんのことか分からないけれど、感謝は受け取っておくわ」
私はクスリと笑って、その場を主役に譲る。
私が背中を押せば、フリーダはよろりとエルゼのまえに立った。
「エルゼ、その……なんと言えばいいか」
「ありがとう、お姉ちゃん」
「いや、私は、おまえを……すまない」
顔をくしゃりと歪める。フリーダはいまにも泣いてしまいそうだった。
「どうして謝るの? 私、知ってるよ。お姉ちゃんがいつも私のために悩んで、こっそり手助けしてくれていたこと」
「それは、だが……今回は……」
「うん。たくさん悩んで、それでもどうしようもないと思ったんだよね? 辛かったよね。ありがとう。私のために、たくさん悩んでくれて、ありがとう」
「エルゼ……そんなふうに、思ってくれていたのか?」
「そうだよ。だから、そんなふうに辛そうな顔、しなくてもいいんだよ。私は、お姉ちゃんの優しさに触れて、ずっと幸せだったんだから」
フリーダがなにかを言いかけて、だけど口を閉じる。表情を大きく歪めた彼女はついに泣き出してしまった。そうしてエルゼにしがみつくフリーダを、エルゼが優しくあやす。
こうして見ていると、どっちが姉なのか分からなくなりそうだ。
……よかったね、フリーダ。
私とは違う結末を迎えた姉妹が羨ましい。
そんな私の視線に気付いたのか、不意にエルゼが私を見た。
「ノエル皇妃殿下、お姉ちゃんをよろしくお願いします。不器用だけど、すごく優しい人だから」
「……ええ、よく知っているわ」




