#9 誘引
「中性子星域にて、怪しげな艦隊を発見したそうだ」
ケッセルリンク大将より呼び出され、僕は本人から直接、報告を受ける。
「怪しい艦隊なら、いくらでもいるのではないですか?」
「いや、通常より船体が長い、赤褐色の艦がおよそ五百隻。この間、艦隊主力が襲われた際に報告にあった『赤い突撃竜』の艦艇の特徴によく似ている」
「確かに、あの艦隊は長い船体でしたね」
「そんな五百隻の艦隊が、敵の支配領域をうろうろしているらしい。おそらく、貴官の戦隊を誘っているのではないか?」
などと断定するケッセルリンク大将だが、なにゆえ我が戦隊を……と思ったが、おそらくは間違いないだろう。
にしても、今回は隠れ蓑なしで露骨に誘ってきたということか。どういう風の吹き回しだろう。
何か、仕掛けてるな。こういう時は動かないのが正しい対処方法なのだろうが。
「そういうわけだから、第三十五戦隊、直ちに発進せよ」
「はっ!」
大将閣下よりこういう命令が出た以上、出撃しないというわけにはいかなくなる。
「えっ、今回は私を置いていくと、そう申されるのですか!?」
で、その日僕は、エリザベスに次の戦いへは連れて行かないと宣言する。
「そうだ。どう考えても、危険すぎる」
「なぜでございます。ならばいっそ、お供させてください!」
「いや、もしかしたら我が戦隊は大打撃を受けることになるかもしれない。良くて戦隊長解任、最悪、僕自身が死んでしまうかもしれない」
そう僕は告げた。やはり連盟軍が、自身の長所である星間物質を用いた「隠れ蓑」を使わず現れるというのは、どう考えてもそれだけ自身のある罠を仕掛けているからに違いない。そんな場所にエリザベスを連れて行き、万が一にもこの令嬢の身に何かあったら、彼女にとっても僕にとっても、耐えがたい事態になる。
が、エリザベスは譲らない。
「死が互いを分かつまで、共に過ごすのが夫婦ではありませんか。それが同じ戦場で、同じ場所で死ねるならば本望でございます。第一、私は王国魔導師団の一人なのですよ。これまで、どれだけの数の戦場を潜り抜けてきたと思っているのですか?」
「いや、しかしだな……」
「エーベルハルト様の、私の身を案じるその気持ちは痛いほど理解いたしました。が、私はすでにあなた様と共に戦うと、すでに心に決めているのでございます」
「だが、またあの砲撃音を聞かされる羽目になるぞ?」
「他の方々は、すでに慣れておいでではありませんか。ということは、私もいずれ慣れるということに他なりません」
どうしてもついていくと言い張るエリザベスに、僕は根負けした。
で、赤いドレスを身に纏ったエリザベスは再び、三五〇一号艦へと乗り込む。
「戦隊長殿、そしてエリザベス様、ご夫婦の荷物の方は戦隊長室へお運びしておきますねぇ」
我が艦でも数少ない女性士官で、主計科のマンフリート少尉が、いちいち余計なことを口走りながら、二人の荷物を部屋へと運んでいく。すでに同じ部屋で過ごすことは公然化しているものの、他の士官らが立ち並ぶ前ではっきり言われると恥ずかしいだろう。おい少尉、もう少し配慮というものはしないのか。
「両舷、微速上昇! 駆逐艦三五〇一号艦、発進!」
「機関出力上昇、繋留ロック解除、駆逐艦三五〇一号艦、発進します!」
艦長の発進命令と、航海長の復唱が艦橋内に響き渡る。その脇で並び立つ僕とエリザベスには、さすがに皆も見慣れてきたようだ。いちいちこちらをチラ見する者はいない。一度の宇宙戦闘に、そして先日の隣国軍撤退作戦と、エリザベスもこの艦になじんできた。
「見てください、エーベルハルト様! ほら、ルネエーゼルの王宮があんなに小さく!」
とはいえ、エリザベスは相変わらず窓際に走り寄り、無邪気に外の風景を見て叫ぶ。そういうところは変わらないな。もしかして、この光景が見たくて乗り込んだのではあるまいな。そう勘ぐってしまうほどの喜びようだ。
さて、いつも通り規定高度からの最大加速、重力圏脱出を行い、巡航速力になった。まずは艦隊主力の集結する星系外縁部へと向かい、そこで補給を受けた後に隣の赤色矮星域へワープ、それからさらにもう一度ワームホール帯を潜り抜けて中性子星域に至る。
それにしても、あの「赤い突撃竜」はどうやって、この二つの星系にある多量のワームホール帯の中から「地球一一一三」へ続く航路を見出したのだろうか? 当然、スパイがそれをもたらしたことは間違いないが、航路データそのものにアクセスできる人員は限られている。民間船なら船長のみであり、この戦隊内では僕と艦長、航海長以外は正確な座標位置を知らないはずだ。
相当、上層部に食い込んだスパイであることは間違いない。ゆえに、用心せねばなるまいな。そう考えながら僕は、第三十五戦隊を集結させて前進を続ける。
途中、戦艦ロートリンゲンにて補給中に街へと繰り出し、エリザベスの旺盛な食欲に付き合わされる。にしても、パンケーキにアイスに分厚いステーキ肉をいくつも……なりふり構わずだなぁ、よく食べる。
「あれ、エーベルハルト様は、珈琲だけでよろしいのですか?」
そう問いかけるエリザベスだが、僕はそんなに食べられない。一軒目以外は飲み物だけだ。僕にとって、飲み物ですらも多過ぎる。
「そんなに食えるか。で、エリザベスはそろそろ満足したか?」
「はい、これだけ食い貯めしておけば、いざという時に強力な光魔導を発揮できますよ」
「強力って、今でも強力だろう」
「何をおっしゃいます、エーベルハルト様。私の光魔導は、あんなものではありませんよ」
「あんなものって言っても、光や電磁波を曲げて別の場所に幻影を作り出すだけではないのか?」
「それだけではありません。なんなら二つに分かれた幻影を作り出し、倍の軍勢に見せかけることも可能です。他にも、味方の両側の隊を敵の視覚から消し、その両側に幻影を出現させる、なんてことも可能ですよ」
「なに? それは初耳だ。どうして黙っていたんだ?」
「一応、他のことは王国魔導師団内での秘匿事項であり、それを団員以外に話すことは禁則事項ですから」
「おい、それじゃその禁則事項を破ってもいいのか?」
「何をおっしゃいます。今やエーベルハルト様は我が王国の黄金勲章持ちでございますよ。王国魔導師団以上のお方ではありませんか」
初めて明かされた、エリザベスの魔導の応用術。ただしこれら特殊な幻影出現は相当な体力を要するため、長時間の発動は難しいという。時間にして十分程度がやっとだという。やはり、限度というものはあるようだ。
が、艦隊を分散したり、倍増させたりという技は使い道がありそうだ。幸いにも、僕しか知らない。当然、スパイには伝わっていない。となれば、あの赤い突撃竜との戦闘でも役立ちそうだ。
……しかし、なんだな。当初はエリザベスを置いていくと考えていたのに、いざ連れてきたら、その力に頼ることを考えてしまうとは、つくづく僕は卑しい男だ。先のエルヘイム公国軍で僕が述べた「邪な心の持ち主のみを踏みつぶす人型重機の幻影」とやらが本当に存在したら、僕こそ真っ先に踏みつぶされる存在に違いない。
そんなことを、多段に積まれたパンケーキタワーをガツガツと食べるエリザベスの姿を眺めながら、少量の珈琲を飲みつつ思う。
そんなエリザベスを乗せ、我が艦と麾下の艦隊は、星系外縁部にあるワームホール帯に接近する。
「これよりワームホール帯へ突入、赤色矮星域へ入ります」
「ワープ先に敵がいる可能性もある。全艦、戦闘用意のまま、順次突入せよ」
「はっ! 超空間ドライブ用意、ワープ準備!」
航海長と艦長が、隣の赤色矮星域へ入るべくワープ航法のための準備に入っていた。僕は、艦橋でその瞬間まで待つ。
「ワームホール帯突入、超空間ドライブ作動、ワープ開始!」
航海長の合図とともに、ワープが開始された。大体二十秒ほどで真っ暗闇の空間を抜けると、そこは地球一一一三から三十二光年離れた、赤く小さな星が光る恒星系の残骸が残る星系だ。
が、この場所にはかつて明るい恒星が存在したが、その星が超新星爆発の際に膨大なエネルギーを放出し、残骸が集まってあの小さな星ができた。その際に放出された巨大なエネルギーによって、ワームホール帯が数多く作られたとされる。
中性子星域ほどではないが、ここにも多くのワープポイントであるワームホール帯が存在する。おそらく敵のスパイは、この数多くのワームホール帯の中で地球一一一三へつながるポイントを何らかの方法で入手したのだろう。
無論、民間船もこの航路を通るから、そのスパイが軍関係者とは限るまい。民間人である可能性もある。が、僕はスパイは軍関係者だと睨んでいる。
理由は、単純だ。我が艦隊主力の位置を把握しており、突入してきた。それももっとも油断していたタイミングで現れた。
そもそも敵が攻めてきた時にも、我が艦隊の動きを知っていたかのような動きだった。それゆえに僕は、軍内部にスパイがいると確信している。ただし、誰かまでは分からない。おそらくは士官、それも佐官以上だと思われる。
「この間も思ったのですけど、ここの星はなんだか頼りないですわね」
エリザベスからもそう言われるほど、薄暗い赤い星がポツンと光っている。他の星々に埋もれそうなほど、頼りない星、それがこの星系の中心にいる赤色矮星だ。
「あれでもかつて、太陽と同じくらいの光を発していたんだよ」
「えっ、そうなのですか? でも、信じられないほど暗いですわよ」
「燃料の大半を燃やし尽くした結果だ。いずれ、エリザベスの星の太陽もああなる運命だ」
「ええーっ、それは大変です、何とかせねば……」
「いや、大丈夫だよ、まだ数十億年先の話だから」
「す、数十億年、でございますか」
「宇宙の歴史は長い。こうした老いた星もあれば、中性子星のように数千万年程度で燃え尽きて大爆発を起こし、白く輝く星に変わり果てるものもある。それがこの先にある中性子星だ」
「それでも、数千万年もかかるものなんですね……」
宇宙のスケールから見れば、人の一生や国家の歴史など、一瞬の出来事だ。我々人類の歴史すらも、宇宙から見ればごくわずかな時間に過ぎない。
にしても、宇宙には今、その人類が住む星が一千個を超えている。それが、一万四千光年の円形に分布している。どう考えてもそれは、人為的な何かを感じる。しかし、いったい誰がどのように同じ人類を、多数の星々に分散配置させたのかまでははっきりとは分かっていない。
それを成したであろう人々のことを便宜上、「原生人類」と呼称しているが、その原生人類の痕跡を示す何かはほとんど見つかっていないため、未だに謎が多い。
とにかくこの宇宙は、謎に満ち溢れている。
そんな謎めいた宇宙では今、連合と連盟の二つの勢力に別れて、終わりのない戦争を続けている。
そして僕らはまさに、もう一方の連盟という敵方の艦隊と戦うため、この赤色矮星を通過しつつあった。
やがて、七時間後。
「まもなく、中性子星域に入ります。ワームホール帯に接近中、超空間ドライブ、作動準備よし。三分後にワープします」
「よし、全艦、砲撃準備。不意打ちに備え!」
いよいよ敵のいる中性子星域に入ろうとしている。こことは比較にならないほど多数のワームホール帯が存在する宙域であり、様々な宙域につながっている。ここからさらに七十八光年先に、ジャンプする。
「超空間ドライブ作動、ワープ開始!」
再び、真っ黒な異次元空間に突入する。飛び出した先には、ひときわ明るい白い星が見える。あれがまさに中性子星だ。
あれも星の残骸だが、先ほどの星とは比べ物にならないほど巨大な星が超新星爆発した後の残骸である。残骸といっても、太陽の数十倍以上の質量を持つ。
ワームホール帯が多数あるということは、つまりここは宇宙の「交差点」ともいうべき場所。
その支配域を巡り、何度も戦闘が行われている場所でもある。
さて、そんな場所で、ケッセルリンク大将が言っていた敵の艦隊が、すぐに見つかった。
「レーダーに感! 距離千七百キロ、連盟支配宙域内に艦影、数およそ五百!」
「光学観測、赤褐色、連盟艦隊です!」
やはりいたな。しかし連盟艦隊にしては珍しく、レーダーに引っかからないあの電波吸収材をまとっていない。
しかも、これ見よがしにこちらを誘うように、その場をぐるぐると回り続けているようだ。どう考えても、怪しい。
だが、命令が出ている以上、行かざるを得ない。たとえそこに罠の存在があるとしても、だ。
問題はその罠に引っかかる前に、どう見つけるか、だ。




